Episode.60
容器が破裂して破片と消火薬剤が飛散する。
俺はこのタイミングに合わせて踵を返し、来た道を戻った。
「!?」
想定外にも消火薬剤を被った奴らは、視界不良のくせに銃を盲射し始めた。
咄嗟に近くのドアへと飛び込んで難を逃れる。
拳銃による発砲で単発ばかりだが、狙いはそれほど悪くなかった。
視界を遮られてすぐに何らかの措置を行ったのだ。
考えられるのはサーモグラフィースコープの使用だろうか。赤外線で対象の位置を察知するもので、拳銃に搭載しているかヘルメットに内蔵されているかだ。
どちらにせよ、消火器の破裂で咄嗟に応戦したというわけではないように思う。
俺たち能力者はモルモットや道具のように扱われているが、研究資料としては希少であることに変わりはない。
死後に解剖して活用されるにしても、銃撃によって脳に著しい損傷を受ければ意味を成さないのである。
念の為、着弾点を思い返した。
「············」
ああ、そうか。
能力を使わなくともある程度の狙いがわかった。
奴らは胸から下を狙っている。
俺がいた地点とおおよその着弾点で想像したが、大きく外れてはいないだろう。
反乱分子としてみなされたのか。
俺が甘かったのかもしれない。
可能性としていくつか考えられるが、反乱分子として俺という人間が特定されて排除の対象になったのかもしれない。
その場合、肉体的に死亡しても脳死状態にならなければ、研究資材として活用できると聞いたことがある。
もちろん、それが実際に行われているかはわからない。
都市伝説のようなものだが、脳だけを培養槽のようなものに入れて脳脊髄液の代替液で満たし、脳死に至らないよう酸素や栄養素などをチューブで供給するといったものだ。
その状態でどの程度生きながらえるかはわからない。それに、それを生存している状態といっていいのかも疑問だった。
もし、その脳に考える意思があるなら、亡くなるまで地獄のような時間が続くに違いない。
肉体的な苦痛はなくとも、実験体として行われている措置はこれ以上にない鬱屈とした気分でしかないだろう。自殺もできず、ただそれが繰り返されることを思えば、頭を吹っ飛ばされて死ぬ方がマシである。
まあ、それが現実的にありうる話なのかは確証がない。
以前にアメリカの大学が豚の脳だけを延命させる研究を行い、36時間に渡って生存させたそうだ。
SFの創作物であれば、よく目にする題材かもしれない。しかし、現実では倫理の問題で人間の脳ではまだ試されたことはないはずだ─表立っては。
そう、この世には裏と表が存在する。
だから可能性としてはゼロではないのである。
先ほど奪ったFN Five-seveNのスライドを引いて安全装置を外す。
スライドは弾薬を発射できるように装填する作業だが、この銃の特性なのか思っていたよりも重い感じだった。
安全装置のセーフティレバーは引き金の上にあり、右人差し指で操作する。こちらも少し固い印象を受けた。引き金を引く指でセーフティレバーを操作する仕様は珍しい。クィックな対応が必要な緊急事態にはタイムラグにつながってしまうため、採用例は少なかった。
拳銃はやはり両手でしっかりとホールドし、セーフティレバーは左手で外すのが主流だ。
少ないながらも、これまで使用したことのある銃は誰もが知るようなメジャーモデルばかりだった。操作に関してもオーソドックスな感じで、FN Five-seveNよりも口径は大きい。
廊下にFN Five-seveNだけを出すようにして右腕を伸ばし、牽制のために連射する。
パンパンパンパンパンッと小気味いい音がした。
反動は少なく、22口径の拳銃を撃った感覚に近いかもしれない。
22口径はストッピングパワーが小さく、敵を倒すという意味では比較的難しい銃とされている。
それでも熟練の腕があれば一発で急所に当てて行動不能にすることができ、さらにコンパクトで銃声も消しやすいため暗殺用の銃として好まれやすかった。
FN Five-seveNは、その22口径と同様の長所と貫通力の高さを備えた銃だ。
ただ、ほとんど盲射で撃ったため、命中精度などはわからない。
片腕で撃っても反動が小さかったのが救いである。
大口径銃なら、不用意な体勢で撃つと肩や腕を痛めることがあるのだ。




