Episode.53
この施設内ではNOAHを利用することなく、特殊な脳波を検出するセンサーが随所に設置されている。しかし、研究室などではそういったセンサーが他の機器に干渉して誤反応が生じることがあるため、各部屋にはあまり設置されていなかった。
ドアが開いていることで通路のセンサーに感知される可能性はあるが、俺の能力を使い分ければ偽装は難しくない。
ただ、不用意に能力を振り撒くことは避けておく方が無難だろう。
能力に頼れば楽なのは間違いないが、その後のリスクを考えると褒められたものじゃない。
ふたりめの股間に向けて足を跳ね上げた。
相手は咄嗟に身構えて急所を防御する。
条件反射を利用したフェイント。
コツは本気で蹴るつもりでやることだ。
先ほどとは違う腕を振り上げて、ひとりめと同じように顎を打ち上げた。
その男が倒れる際に、抜き出す途中だったテーザーガンに手を添えて強引にトリガーを引かせる。
テーザーガンの前面にある射出口が開き、細い針金の先にある2本の電極が射ち出された。その正面にいた最後のひとりが反射的に腕を上げて防ごうとするが、その腕に電極が刺さって電流が流れる。
テーザーガンにも様々な種類があるが、ここの警備員が装備しているのは、小型のハンドガンタイプで海外では一般的なものだった。
通常、日本で販売されているスタンガンは電流が抑えられており、相手に激痛やショックを与えられても気絶や死に至らせることは難しい。
しかし、そもそもテーザーガンは一部の特殊な事情を除いて日本国内には流通していないため、その威力はモデルによって異なる。米国では過去にテーザーガンによる死亡例も多く、意識を失うだけでは済まない可能性すらあった。
目の前の男が白目をむいて倒れたのを見て、思わず「ヤバ⋯」とつぶやいてしまう。
想像でしかないが、このテーザーガンで撃たれたら心臓の弱い人なら死ぬんじゃないだろうか。
白眼をむいて気絶することが感電の症状としてどの程度のことなのかは知らないが、今なお瞼が開いて体をピクピクとさせている男を見て寒気を感じた。
これまでも仕方なく相手を死傷させることはあったが、それはそれ、これはこれである。
「⋯スタンガンの域を超えていないか?」
何気にファーストに話しかけてみたが、返答はなかった。
他の施設職員などに能力が察知されないよう、距離を置いたのかもしれない。警備員の動向を見ている者がいた場合、この場所はあまり安全ではないからだ。
意識だけをこちらに向けて、念視や念聴するだけでも気づかれないという保証はない。
俺のように偽装できたとしても、完璧ではないのである。




