収集終了
「レシル氏が被害者と連絡を取り合う事が出来たのは、むしろ糧圏管だからこそだと私は考えています」
「それはどういう意味か」
「入院している患者にも食事が必要です。昨日の裁判では、療養棟の見取り図も提示されていましたね。療養棟には調理室があるのです」
患者が食堂まで自ら訪れる事ができないとの判断から、ほとんど入院食の提供の為だけに調理室は存在する。
しかし、入院食とは言っても、魔力を補給するのみ。食事に支障を来たす負傷でもない限りは、通常と変わらない食事の提供となっただろう。
それは、脚を欠損しただけのイパレアも同様だ。
「患者の不在時には療養棟の職員も食堂に行くだけですから、調理室は常時稼働している訳ではありません。患者の入院時かつ、調理時のみ、糧圏管の料理人が来れば良いのです」
「各門の棟に食堂は置くべきだと打診はしたんじゃがのう」
「運搬と人材により発生する費用面から断りましたの。今のところ不便との報告は概ね出ておりませんわ。ただ、個別に対処が必要な案件は対処しておりますの」
衛生門の門頭でありヒト族のサジ=レイカンと、会計門の門頭である狐人のコクコ=リンが補足する。
「つまり、被害者の療養中も、証人は療養棟に訪れる機会があったという事です。時間を持て余す様な方ですから、自ら志願しなくとも頼まれるくらいだったのではないでしょうか」
「なるほど。その際に、被害者とやり取りを行ったという事か」
ナウアの結論をアミヤが代わりに示す。そのままアミヤはレシルに問う。
「証人よ。代弁士の論を否定するか? 必要であれば事実確認の為に捜査士官を動員するが」
「不要です。確かに、私は療養棟に料理人として赴く事もありましたよ」
レシルは諦めた様子でナウアの推論を認めた。
「ならば、実際に被害者とやり取りを行なったのか」
「いいえ。そちらは否定します」
しかし、認めたのはその一部であった。
「私は直近で被害者と一切の関わりを持っていないと言いましたよ。療養棟には行っていました。料理も作りました。でも料理は療養棟の人が運んで行ったので、私が被害者と会う事はありませんでした。何なら、こちらは事実確認してもらっても良いですよ」
レシルは自信ありげな様子だ。それなら、実際に調べてみても語った通りの結果になるのだろう。ナウアはそう考えて、別の方法を検討する。
「代弁士よ。捜査士官は手配するが、証人の証言通りであれば、やはり間諜であるとの告発は無効になる。反論があれば述べる事」
「わかりました。それなら、被害者と会わずしてやり取りを行う方法を示しましょう」
ここは可能性を示す事ができればそれで良い。重要なのは、ガトレ様以外にも犯人になり得る存在がいたという事の証明だ。
証拠という考えは切り捨ててナウアは続ける。
「説明は簡単です。ここでも、証人は料理人の立場を利用したのです。恐らく、料理の中に文字を書いた紙を仕込んだのではないでしょうか」
「代弁士よ。流石にそれは他の者に気付かれるのではないか」
アミヤが誰でも思う懸念点を代表して指摘する。もちろん、ナウアもそこまで検討済みだ。
「紙が外から見えれば仰る通りです。しかし、被害者は雑食の栗鼠人でした。肉でも魚でも草でも食べられます。材料に制限がなければ尚のこと、練り物など、中に丸めた紙や平たい紙を隠せる様な料理は幾らでもあるはずです。証人、被害者に提供される料理の品目は決まっていたのですか?」
「いや、補給できる魔力量には一定以上という条件があるが、提供の仕方は料理人の裁量次第だ」
レシルも証拠を持っていない為か、先程の自信は失われ観念した様に見受けられた。ナウアはレシルの様子を良いことに、追加の状況証拠をぶつける。
「被害者は自死を装う際、木箱と……赤子を、焼いて食すという行為も行なっていました。この時に使う魔術も、軍式火柱魔術では多少不便だったはずです。しかし、普段から紙を魔術で焼いていたのであれば、証拠隠滅用のより利便性の高い火系統の魔術を行使できたと考えられます」
あるいは、普段から食事と証拠の隠滅という動作が日常で紐づいていたからこそ、前回の事件ではその方法に思い至ったのかもしれない。
でないと、普通に生きていたら、赤子を焼いて食べるなどというのは、思いつかないはずだ。……いや、でも、他の理由もあったなら。それも、今となってはわからないが。
他者の魔力を内部に取り入れると、変換の為に自身の魔力が不安定になる。赤子を食したのは証拠隠滅だけではなく、自身の魔力を利用できない状況にする為というのもあったのかもしれない。
そこまでやってから冬眠も加える事で、ようやく死の偽装は完成したのだ。
「ここまでの話の通りに進めれば、証人から被害者に伝えたい事は伝えられる。それでは、被害者から証人にはどうしたのだ」
「証人は料理を作った後、窓の下で待てば良いのです。被害者は書き物を落とすだけで十分です。やり取りが同日中に行われたか、返信だけは事前に用意して次の機会に渡されたのかは定かではありません」
同日中にやり取りを交わすなら、イパレアは受け取った紙を焼かずに、そのままそこに返信を書いて窓から落とすだけでも良い。
しかし、その内容が誰かに見られでもすれば危険だ。それなら、白紙に返信のみを記載して、その目的が何だったのかは読み取れない状況の方が安心感はある。
一方で、情報は鮮度が命だという考え方だってある。故に、二人が連絡時にどちらを優先したとしても違和感はない。
「現時点、証拠がないので証明はできません。ただ、療養棟の職員であれば、料理人が料理後にどういう行動を取ったかも覚えているのではないでしょうか。被害者の窓の下は、他にも利用者がいた事ですし」
特にそこで不倫をしていた立場の人間にとっては、その場所に立ち入りする者を気にしてしまうのではないかとナウアは考えた。
「捜査士官を手配して頂ければ、ここまでの話の説得力はある程度、保たれると思われます。それでも証人はまだ、被害者と共に間諜であった事実を否定しますか?」
ここで否定されるのであれば、それもナウアの望む所ではあった。裁判の決着をつけられない様にする事で、再度法廷を先延ばしにするという戦略を思いついたからだ。
その出来た時間でガトレと話し合い、真実に向かう答えを見つける。それもまた、一つの作戦だ。
しかし、妄想に過ぎないものであったと理解させられる。
「あー、いいよ。もう。はい、じゃあ、認めます。私は間諜です。イパレアも仲間でした。……これで満足か?」
「証人よ! 今のは極めて重要な証言である! 貴公は自身が間諜であると言うのか!」
「そうです。ここまで疑われたら、もうこの先の自由も無いでしょう? なら、ここで認めておいた方が色々と楽だ」
その開き直り方にはイパレアと重なる部分をナウアは感じた。ただ、罪が罪だ。死罪になる可能性だってあるというのに、どうしてここまで余裕なのかは疑問であった。
「間諜であるならば、どこからの手先であり、どの様な情報を集めていたのか。そして他に仲間がいるならその情報も開示する事」
「俺も主人なんてものはわかりませんよ。金払いが良かったので、まあ、大方の検討はつきます。ただ、金も埋めてあるのを回収する感じだったので、特定は難しいかと。俺の役割はイパレアの監視が主業務だったので、他の仲間は知りません」
「ぐぉらら! わからんばかりではないか!」
腕を組んだ戦闘門の門頭、コゲツが吠える。身体を震わせる様な声にも、レシルは微風が吹いた様に取り合わない。
「事実ですから。確実に回答できるのは一点。収集していた情報が、敵対者はいないかってところです」
「敵対者だと?」
アミヤが眉をぴくりと動かした。
「これだけの技術や知識を詰め合わせた組織ですから、妖魔と敵対している今は良くても、将来は敵同士になる可能性もあります。そうした不穏な動きが内部にないかというのを探っていたわけです」
「ぐゎらば! まさか、その様なものがあるはずもない! お前の雇い主は我々の団結を愚弄している様だな!」
「まあ、そうですね。俺調べでも、表立って不穏な動きというのは見られませんでしたよ。本当に表層しか撫でられていませんけど、今のところは問題無さそうです」
ナウアには、レシルが本当の事を言っているのか判断できなかった。どこまでが本当で、どこからが嘘なのかもわからなければ、何も信用する事など出来やしない。
ただ、素直に間諜だという大きな事実を認めた。その一点だけで信用を得ている。不自然でいて、成立してしまっている状況に、ナウアは危機感を覚えた。
しかし、今この法廷において重要なのは、ただ一点のみである。アミヤも先に至ったらしく、その点を問う。
「では、今回の被害者であるスソノ=イパレアの殺害。これも、口封じを動機にしたものであると認めるか?」
既にナウアは考えを切り替えていた。その方針に従う様に、レシルは答えを返す。
「もちろん、否定します。俺はイパレアを殺していません」
まだ、壁が一つ取り払われただけに過ぎない。レシルを間諜と示す為の最後の壁は、イパレアの殺人事件を解決するた為の最初の壁でしかなかったのだ。
その事を一足先に理解していたナウアは、場を置き去りにして既に次の思考に耽っていた。




