表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/108

最後の壁

「第一発見者が間諜だと。しかし、事前の情報によれば、偶然食事を運び入れに来た糧圏管の者と聞いているが」


ナウアは、アミヤが一考に値するか判断を迷っているのが感じ取れた。それくらい、根拠が薄い事は否定できない。


「それは、本人に否定して貰えばよろしいかと。自分は間諜ではないと、そう証明して頂きましょう。出来ますか? 優秀なレシルさん」


ナウアは傍聴席へ問う。別れる間際に、レシルの座る位置は確認していた。ナウアもまさか、自分から証人として呼び出す事になるとは思ってもいなかったが。


レシルは腕を組んだまま立ち上がった。ただのヒト族では立ち姿に迫力などないが、レシルからは見下ろす立ち位置となった。


「一介の料理人を挑発したところで、何も出てきやしないぞ」

「それなら、一介の料理人である事を証明してください。そこに異論が無ければ、ただの料理人だと認めます」

「優秀な料理人と認めてもらおうか」


ただの、で収まるつもりはないらしい。

その誇示したがりさはナウアの思い浮かべる間諜の像とは程遠い。こじつけるならば、階級を上げようとしていない。その一点に尽きるだろう。


レシルが証言台へ向かい、ガトレがナウアの背後に戻った。すかさず、ナウアは助言を求める。


「ガトレ様はどう思いますか?」

「どう思う、というのは何に対してだ?」

「レシルさんが間諜であるという考えについてです」

「…………」


ガトレは瞑目して押し黙る。その反応にナウアは不安を抱いた。


「どうだろうな」

「え?」


目を開けたものの、視線は落として考え込む様子を続けるガトレに、ナウアは肩透かしな気分になった。


「俺は間諜の正体まで迫る要素を持っていなかった。考えていたのは、どうやってイパレアが殺害されたのかという点だけだ」

「なら、そっちはわかりましたか?」

「いや、わからない」


ガトレもまだ、何もわかっていない。その事実は少なからずナウアに絶望を与えた。


「とりあえず、告発した以上は責任を持って全うするしかない。ナウアだって、確信が一切ないままに挑発までした訳じゃないだろう?」

「それは、そうですが……」


ナウアは急に、法廷に一人立たされた様な孤独感を抱いた。さっきまではガトレと共に戦っている様な気がしたのに、その感覚が一気に消え失せたのだ。


ガトレ様はいつも、自分の考えの先を行っている。


そう思っていたからこそ、この様な事態に陥った。しかし、これまでのガトレにしても満遍なく全ての先行きを見通していたという様な事実はなく、ナウアの期待と妄想が肥大化した結果としか言えない。


「大丈夫だ」

「何がですか?」


そんなナウアに、ガトレの言葉は気休めに思えた。それもあって、意趣返しの様な返答をする。


ガトレは不機嫌な様子もなく、息を吐く様に笑ってから答えた。


「万事、何事も、上手くいく。だから、大丈夫だ」

「何を根拠にそんな」

「でないと、約束が果たせない」

「…………」


次は、ナウアが押し黙る番だった。


想像の中にしかない未来。それを結実させる為には、現在を未来に繋げるしかない。そのはずなのに、ガトレの言い分では、未来は決まっているから、現在はその通りに行くとでも言っている様だった。


「約束が果たされるのかは未確定です」

「いや、確定できる。諦めれば果たされず、諦めなければ果たされる。それだけの単純な話だ」


可能性、というのはナウアが何度も使ってきた言葉だ。


ガトレが犯人ではない可能性、他に犯人がいる可能性、凶器に魔術が使われた可能性。


それらの可能性は検討する限り存在を許され、否定された瞬間に存在が抹消される。


しかし、約束は違う。その効力は、守り続けようという意思によって保持され続ける。時には契約と同等の力を発揮する事だってある。商会でも重要な存在であった。


「わかりました」


単純な話だと言われれば、その通りだ。時間が許さなくとも、状況が許さなくとも、意思が失われない限り、終わる事はない。それはきっと、命ですらも。


「最良の形を目指して、私は諦めない事にします」

「それで良い。それだけで良いんだ」


ナウアは頷いて身体を前に向ける。

ガトレ様も、今まで諦めなかった。そして、アラクモさんや、私を救ってくれた。


諦めなければなんとかなる、などという曖昧で根拠のない話ではない。諦めなければ、いずれ答えに辿り着く。


それは、一つの真理と言っても良い。そこまでに掛かる距離や時間だけが問題だ。


「証人の準備が整った様だ」


悠々と証言台に立ったレシルを見届け、アミヤは木槌を鳴らすと、声が揺らめく法廷を一喝する。


「静粛に。それでは、新しい証人よ。まずは身分を明かす事」

「私は糧圏管所属、食堂係のレシル=ピントナ。今日は時間を作ってあるので、いくらでも語ってやりますよ」

「ふむ。前回の法廷では突然の要請であった。しかし、貴公の証言で真なる犯人が示された。協力に感謝する」

「別に恨んじゃいませんけどね。見返りに追加報酬でもあると嬉しいですね」

「検討はするが、証人として出廷する時間は勤務時間として扱われている。期待はしない事」

「仰せの通りに」


レシルは恭しくお辞儀する。礼節を知った上で不遜にも見える態度を取っているのだとナウアは認識した。


「では、レシル=ピントナよ。貴公に証言を求める。被害者を発見した時の話を聞く為に呼び出していたが、まずは貴公に掛けられた間諜の疑いについて証言を求める」

「間諜である事も間諜でない事も証明できないとは思いますけどね。ひとまずは、仰せの通りに答えますよ」


レシルは作業的にお辞儀をしてから語り始める。


「私が間諜です、か。そんな事はあり得ませんよ。だって、間諜ってのは、情報を盗みに来た奴の事でしょう。でも、私は食堂で料理を作っているだけ。せいぜい軍の食料事情か食文化くらいしか得られる情報なんてないですからね」

「異議あり!」


ナウアはイパレアが一呼吸入れた隙に異議を挟み込んだ。


「代弁士よ。今のどこに異議があるのか」

「証人は料理を作るのが早く、規定量を完成させた後は食堂の中で休んでいるそうです。その間に、食事中の会話から糧圏管以外の情報も盗み聞きが可能です」

「おいおい。そんな暴論ありですか?」


レシルは呆れと苛立ちが混じった表情を浮かべてアミヤに問う。


「証人よ。貴公はそれが可能であったと思うか」

「出来ますよね。優秀ですから。アラクモの裁判の時にも、鉱人と虎人の二人を覚えていたから来てくれていましたし」

「……まあ、可能ですよ」


レシルは渋々、ナウアの異議を認めた。

ナウア視点、レシルが自身の優秀さに誇りを持って見えたので利用した形になるが、不利な異議を飲み込むという事は、優秀であるという事実は余程重要らしい。


「でもまあ、それだけで間諜なんて言われたら私も困りますよ」


レシルは気を取り直したのか苛立ちを苦笑に変えて続ける。


「代弁士の話では、今回の被害者に間諜の疑いがあって、通じている間諜がいるはずだから、その間諜が怪しいって話ですよ。でも、私は糧圏管の食堂係で被害者は戦闘門の兵士。どう通じるって言うんです」

「食堂での食事時に、簡単な情報の交換は可能なはずです。紙に情報を書いて手渡しするだけなら、時間も取らず怪しまれないでしょう」

「確かに、証人は食堂で自由な時間があった事を認めている。であれば、代弁士の話を否定は出来まい」


アミヤがナウアの後ろ盾となってくれた。心の中で感謝して、ナウアは追及する。


「レシルさんは優秀です。それなのに、役職を上げる気は無さそうでした。それも、権限が必要な情報はイパレア氏を通して得られるからだったのでは。戦闘門の小隊長では、ほとんど最低限の閲覧権限しかありませんが」


英雄殺しの捜査に伴いガトレは閲覧権限と問診権限を与えられ、ナウアもその効果は実感した部分でもある。


人圏管の資料は閲覧権限がなければ多くが見られないし、問診権限はいざとなれば回答を強制することができてしまう。


ナウアの推論通りであれば、イパレアはこんな所で命を落とすも事なく、順調に役職を上げて行ったのだろう。


「こじ付けが過ぎると思うな。私はイパレアを知っている。しかし、普段からの関わりは一切ない!」


レシルが強く否定する。精神的に苦痛を与えられている実感がナウアにはあった。


「そもそも、牢屋で彼の死体を見たが、片脚がなかった。最近は食堂で見掛けなかったし、多分、療養棟で入院でもしていたんじゃないか。それなら、情報交換なんて一切出来るはずがない!」


レシルは苛立ちを隠さずに両手を縦に振りかぶった。


確かに、レシルの言う通りだ。イパレアは脚を失った後、回復の為に療養棟にいた。その事実を当てたのはおかしい、とは言えない。優秀なレシルなら、証言通りに推測も行えただろう。


であるならば、レシルは本当にイパレアと関わりがなかったのだろうか。


「被害者は昨日の裁判が始まるまでは療養棟にいた。これは事実である」

「なら、糧圏管の私よりも、療養棟の人達の方が怪しいじゃないですか。普段から被害者と接する事ができて、むしろ私なんかが入り込む余地なんて無いですよ」


入り込む余地はない。……本当に?


レシルが間諜であったなら、たとえイパレアが入院中であったとしても、やり取りはあったはずだ。


事前のやり取りなく療養棟から動けない状況であったら、間諜としての役目を果たす事が出来ず、家族に危険が及ぶかもしれないと考えるのが自然だからだ。


つまり、イパレアは療養棟にいても許される判断をされたからこそ、問題がなかった。イパレアは余裕を持って療養し、脱走の計画を企てる事すらできた。


あとは、やり取りの方法さえ示す事ができれば……。


「代弁士よ。直近で証人と被害者が連絡を取り合う事が出来なかったのであれば、やはり証人は間諜ではないと思われる。反論があれば述べる事」


ナウアは自分が被告人となったイパレアの事件を思い出していた。療養棟の部屋に侵入する方法なども、その際に検討された。


そして、ここまででレシルによって認められ、事実として使えるレシルの置かれた状況。


この二つを組み合わせる事で、ナウアは一つの可能性に至った。


「わかりました。異議ありです」

「ほう。果たして、どの様な異議か」

「レシルさん、いえ、レシル氏とイパレア氏には、やり取りが可能でした。その手法も、検討がついています」


現時点で証拠はない。証拠は後から集めれば良い。


推論だけで戦うつもりのナウアは、続けて導き出した可能性を提示した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ