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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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命終えし者の願い

「二つの遺書を見比べると様式は変わらない。暗号として読み取るのであれば読み方を変える事。この遺書は二つの段落で分かれている。一文を一行に収めた上段と、家族に宛てたと思われる文面の下段。ここから──いや、考え方まで共有する必要もあるまい」


教師が解説するかの様に流暢であったが、アミヤは途中でその姿勢が誤りだと感じたらしい。


「簡潔に読み方を伝えれば、上段の最初の文字を縦読みしたものと、下段の最初の文字を交互に組み合わせる事。さすれば、不恰好だがどちらも文章が浮かび上がる」


ナウアはアミヤが言う通りに遺書を読み直す。


まず、差し替え前の遺書では「英雄が助け手く礼留」。読み替えると「英雄が助けてくれる」と読めた。


そして、差し替え後の遺書では「僕我助気二い苦世」。読み替えると「僕が助けに行くよ」とも読める。


それぞれ声に出したナウアは、続けて疑問を呈する。


「しかし、これは何を意味しているのでしょうか」

「思い当たる解き方を試したところこの文章が出てきたのみ。思考過程から家族に宛てたものと判断したが、先述の通り意図までは読み解けぬ」


いち早く解読したアミヤの回答も、ナウアの疑問までは解消できない。


ここからどうにかしてガトレの容疑を否定する材料に出来ないかと考えだしたところで、ナウアの背後から声が上がる。


「アミヤ卿。発言をしてもよろしいでしょうか」

「許可する」


イパレアの遺書を探す様に指示を出した本人。ガトレが、この裁判で初めて公的に話し出す。


「私は被害者と最後に会話を交わしたと認識しています。その際、遺書についても言及がありました。その内容について証言してもよろしいでしょうか」

「良かろう。現時点、被害者と最後に会ったのは被告人であり、疑われる要因ともなっている。遺書について証言を求める」

「是。証言致します」


ガトレが証言台に立つ。

ナウアには、自ら証言を行う事で場の主導権も握ろうとしている様に見えた。ただ、ピューアリアとデリラには身構える様子はない。


「被告人は証言を行う事」


アミヤが促すと、ガトレも語り始めた。


「昨日、私が被害者であるイパレアの元へ訪れた理由は、救国の英雄を害する者への心当たりと、間諜であるかを聞き出す為でした」


ナウアはそれに伴う事がなかった為、その詳細は未だ把握できていない。しかし、同行していれば自身も容疑者となり代弁士にはなれなかっただろうと考えれば、結果的には正解だったと捉えている。


「答えは頗る良いものではありませんでした。英雄は人の覚えも人当たりも良く、簡単に嫌われる者ではない。間諜についても、肯定したり証拠を示したりはなく。しかしながら、もしも自分が殺される様な事があれば、遺書を公開して欲しいと、まるで遺言の様に託されました。証言としては以上です」


ナウアが一度聞いた限りでは、ガトレの発言に意味はない様に思えた。


意味がないというのは、この法廷を有利に進められる様な効果を見込めないという事であり、ガトレの発言が全くの無駄だったのではないかという認識の事である。


証言を真に受ければ、イパレアは自身の遺書を公開されたがっていた。それ以上に読み取れるものはない。


だけど、それだけの為にガトレ様が証言を行うだろうか。ナウアはガトレの真意を読み取ろうとしていた。


「正直に言えば、証言の内容は期待外れと言わざるを得ない事。被害者は何故、遺書の公開を求めたのか」

「わかりません。ですが、理由はあったはずです」


ナウアと同じ壁にぶつかったらしいアミヤの問いに、ガトレは当然の事を返答した。


理由。確かに、不思議だ。遺書は遺族に宛てて書いたもののはずで、わざわざ公開なんて言い方でお願いする必要はないのに。


「異議あり。被告人は、被害者から遺言を託されたと証言する事で、自身が犯人ではないのだと印象付けようとしています」


デリラがガトレの証言に妥当な異議を申し立てる。妥当とは言っても、そう考える事もできるというだけで、ナウアはそれが適切な異議だとは思わない。


「ふむ。現時点では、この裁判において有用性は認められない。デリラ卿の異議に反論がなければ、この証言は無いものとする」


有用性。それこそ、ナウアの感じた意味がないというのと同じだ。


このままではガトレ様の印象が悪くなるだけ。どうして、こんな証言を。いや、考えないといけない。


流れを思い出すんだ。話題は遺書にあって、遺書の解読が行われた。それによれば、イパレアの隠された遺言は家族に宛てたものだと思われた。内容は、差し替え前は英雄が助けてくれる。差し替え後は、僕が助けに行くよ。


どちらも、助けるというのが共通している。だけど、何から? 普通に考えれば妖魔だ。でも、差し替え後はどうなる。死んだ後は、助ける事などできない。


そして、ガトレ様の証言によれば、イパレアは遺書を公開されたがっていた。わざわざ暗号と思われる文章を隠したのに、公開されては意味がない。


これらの事実に整合性をつけるにはどうすれば良い。


ナウアは考えて、考えて、考えて──


「どうやら、反論はないらしい。よって」

「異議あり!」


──一つの答えを導き出した。


「代弁士よ。一体、どこに異議があるというのか」

「被告人の証言は非常に重要なものです。法務官の手法と違い、決して、印象を傾ける為だけの発言ではありません」

「たはは……。言ってくれちゃいますね」


デリラは苦笑しつつも受け入れる姿勢を見せた。それから、ナウアに向けて手を差し出す。


「では、どうぞご説明ください。さっきの証言が、どの様に重要だって言うんです?」


ナウアは頷き、息を整えてから説明を始める。


「結論から申し上げれば、先ほどの証言により、私はやはりイパレアが間諜であったと確信することができました」

「ほう。それはどの様に」


アミヤが惹かれたようで興味深そうな声を出す。


「被告人の証言によれば、被害者は遺書の公開を求めました。それは何故でしょうか。実際の流れを想像してみましょう。遺書が人目に触れ、間諜の疑いを持つ者が書いたものだと分かれば、隠れた暗号がないかと疑念を持つのは自然な流れです」

「であろうな。暗号が隠されていると先入観を持っていた事は認めざるを得ない」


ほとんど時間を使わずに解読したアミヤが頷く。


「今回はアミヤ門頭が読み解きましたが、いずれ誰かが解くことでしょう。しかし、実際に解読された内容は、家族に宛てたと思われるもので、僕が助けに行くよ、と読み取れるものでした」

「差し替え前は英雄が助けてくれると読めた。つまり、英雄が死んだ事により、内容が差し替えられたと考えられる」


そこまではアミヤも共通認識であったらしい。ナウアは首肯し話を続ける。


「ですが、不自然なのは、僕が助けに行くという内容です。本来、遺書とは死後に読まれるもの。死んでしまえば、家族を助ける事もできません」

「……いや、そうか。一つだけ、納得の行く答えがある」


ナウアに不自然な事として指摘された事で、アミヤは答えに辿り着いたらしく、そのまま思いついた答えも続けた。


「これは、脱走の意思を示しているのか」

「私もその様に考えました。イパレアは自身の死を偽装し脱走する。その間に、遺書も家族の元へ届くでしょう。遺書が先か、イパレアが先かは状況次第ですが、どちらにせよイパレアは家族の元へ帰ったはずです」

「たはは……。どうして間諜ではなく家族の元だなんて言えます?」

「差し替え前の文書と助けるという意味が共通している点からです。変わった情報は、誰が助けるかの違いのみ。間諜に有用な情報とは思えません」


そして、そこから推測される事もある。


「しかし、助けるとは何からでしょう。妖魔であったなら時を急ぎます。悠長に遺書で知らせる必要もありません。だとしたら、猶予があり、かつ英雄か自身の力が必要な状況」


救国の英雄が持っている力とは、圧倒的な戦闘力だ。だとしたら、その状況というのも一つ。


「イパレアは、家族を人質に取られていたと予想されます!」


そう。それなら色々な事に納得がいくのだ。

恐らく、ガトレ様も同じ結論に達していたはず。だからこそ、証言の権利を求めた。


「私が推測する背景を説明致します。まず、イパレアは家族を人質に取られ間諜として軍に潜入した。あるいは、軍へ入った後に人質を取られた可能性もあります」


だとしたら不運な話だと、ナウアはイパレアに同情しそうになる。


「そして、脱走も容易ではなく自由に身動きを取れない立場となった。その為、家族を救って欲しいと救国の英雄に頼んだのです」


小隊兵や小隊長では与えられた作戦の通りにしか動く事ができない。しかし、救国の英雄であれば、作戦を終えた後に少しばかり独断で行動を取ったとしても咎められはしないだろう。


戦力的に抑えられる者はいないし、人間的にも信用されていたからだ。


「しかし、救国の英雄は亡くなってしまった。その為、自分が救うしかないと考えて脱走を企てたのです」


ガトレの推理ではイパレアの脱走は全て計画的であったとされる。しかし、その準備はしていたとしても、実際に行動を移す事に決めたのは英雄の死後なのではないかとナウアは考える。


だから、きっと、ロローラと結ばれたのだって、全てが嘘ではなかったのだ。ナウアは、自分がそう思いたいだけなのかもしれないとも思った。


「死を偽装しての脱走を選んだのも、生きていると判明した状態で脱走しては、先に家族の身に危険が及ぶからだと考えられます。しかし、計画は失敗してしまった」


その一因となったのは自分だ。

ナウアは、同じ罪を背負ったガトレを見る。ガトレは目を閉じ、小さく頷き返した。


「だから、ここまで想定して、イパレアは遺書の公開を求めたのです。つまり、被告人へ残した遺言とも言える願い、その本来の意味するところは、家族を救って欲しいというものに違いありません」


ナウアは二通の遺書の末文を思い出す。

その短い一文が脳内で読み上げられる。聞いた事もない様なイパレアの声がした。それは、とても穏やかで、染み渡る様な声だった。


君達の幸せをただ願う。

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