法廷への道中
「それでは、法廷へ向かいながら話をしましょう」
ナウアはそう提案し、レシルを伴って部屋から出ると、歩調を合わせて歩き始めた。
「まず、あなたがイパレアの所へ向かったのは偶然ですか?」
そう問いながら、ナウアはレシルが第一発見者であるという話を、留置所でガトレから聞いていた事を思い出した。
イパレアの遺書と英雄殺しに意識を向け過ぎていたと気付き、ガトレの全ての言葉を覚えていられなかった事に愕然としてもいた。
「なんか急に刺々しいな」
自責が異なる形で現れた為か、イパレアがナウアの内情を読み取ったかの様な感想を返す。
「すみません。疑っているわけでは無いので、気を悪くしないでください。ただの確認ですから」
ナウアはイパレアの感じ取り方に原因を転嫁した。
「そうは言っても、食事を届けたのが偶然かどうかなんて、捜査士官にも聞かれちゃいない」
「そうなのですか?」
「ああ。前も思ったけど、慌ただしい鳥人だよな」
「ああ……」
恐らくチュユン捜査士官の事だろうとナウアは納得した。この数日間で豊富な経験を積んでいる事だろう。他に人手はいないのだろうかと、ナウアはチュユンを憐んだ。
「で、これが理由の一部だな」
「理由? 何のですか?」
「俺が飯を届けに行った理由。前も法廷まで行ってるんだから、留置所もそう変わんないってな」
「なるほど。押し付けられたのですね」
「優秀だから、引き受ける余裕があったんだよ」
ナウアの得心にレシルは苦笑する。
「前に法廷へ呼び出されたのも、俺以外に事件の日を覚えてる奴がいなかったからだし、ほら、英雄殺しの日の事も、さっき話してやっただろ?」
「確かに、記憶力には目を見張るものがありますね」
食堂は職員と顔馴染みになりやすい。しかし調理場の職員とは、通常そんな関係には至らない。何故なら、料理を作っている時間がほとんどで、料理を受け渡す時くらいしか接触はないからだ。
だから料理人が食堂の様子を把握しているというのも、基本的にはないはずだが。
「俺は調理をこなしたら休んでるって言ったよな。前の鉱人の時も、規定量はこなしたから食堂の様子を眺めてたわけ」
「レシルさんが優秀だというのはよく分かりました」
自惚れているのか、能力を誇示したいのか、ナウアには判然としなかったが、事実としてレシルが職務放棄をしている訳ではないという事を理解した。
であれば、イパレアのところへ食事を運ぶ事になったのも偶然ではなく、必然と考えることもできる。容疑者の候補からは外さない方が良いだろうとナウアは判断した。
「では、イパレアの死体を発見した時の話を聞かせてもらえますか?」
「それはやめておく。どうせ、裁判中に証言するだろ。捜査士官にも話してんだから三度手間だよ」
ナウアはちょっと話すだけではないかとも思うが、証人の信用を後で落とさなければならなくなる事も考慮して追及は控えた。どう影響するかはわからない。
「あと、それなら、被害者のイパレアの事は前から知っていましたか?」
「知ってる」
「どういう経緯ででしょうか」
「理由の一部が二回目だ。俺は顔見知りが多い方だと思ってるぜ」
明言はなかったが、さっきの理由の一部というのと照らし合わせれば、優秀だったから。食堂で顔を合わせる機会が何度かあったのかもしれない。
「ついでに、その質問も捜査士官からは無かった。やっぱり疑ってるんだろ」
「……そうですね。正直に言えば、その通りです。最初に死体を発見した貴方が犯人だと考えるのが、最もわかりやすく、説得力もありますから」
「だと思った。別に隠さなくても、隠しきれてないぜ」
「警戒されると話して頂けないかと思いましたので。ただ、可能性を否定出来ないだけで、積極的に疑っているつもりはありません」
容疑者の候補から外せないのを事実として疑うに足る状況ではあれど、証拠が全くない。だからこそ、何かを引っ張り出す事ができればとナウアは思っていたが、それも困難に感じられた。
「なので、犯人でないという証拠があればと思っています。イパレアに届けた食事は溢したりしましたか?」
「食事? いや、溢してないな。床に置いて、最終的には看守に振る舞ってから食器と盆だけ持ち帰ったよ。イパレアは一切触れてないぜ」
「品目はどの様なものでしょうか」
「囚人に軍人と同じものを食べさせるわけにはいかないから、廃棄物になる肉の筋とか葉物の硬い部分とか、そういうのをまとめたものになる。それらをクタクタになるまで煮た上で、寒くなってきたから持って来れるだろうと煮凝りにした」
煮凝りというと、流体固形食に似たものであったとナウアは記憶している。比較するなら、柔らかい食感の塊であるか、水分であるが故にそのまま飲み下せるかの違いくらいだろうか。
「煮凝りだけだったのですか?」
「それで十分だろ。流体固形食だけで飯を終わらせる奴もいるのに不満か?」
「いえ、仰る通りです」
ナウアは主食とも副菜とも言い難いものだけを出された気がしたのだが、言われてみれば不自然ではなかった。
囚人の食事は楽しませるものではなく、魔力を補給して生き存えさせる事が目的でしかない。食事を拒否しても無理やり口に押し込める煮凝りは、その点で合理的にも思えた。
「まあ、流体固形食よりもまともな食事だ。出汁で味はついてる分、そう思わないか?」
「流体固形食が囚人向けの食事以下と認めるのは、私としては頷きにくいです」
結局は食事に何を求めているか、という問題でしかないのだが、ナウアはそう答える事にした。
「ふん。世の中には、虫を食う奴もいれば果実を食う奴もいる。草を食む奴も肉を食う奴も、鉱石だって食べられるそうだ。頂点を決めると余計な波風が立っちまうか」
「料理人であれば、注意しておくべきでしょうね。ちなみに、鉱人が鉱石を食べるというのは出鱈目ですよ」
レシルは驚いた表情を浮かべた。
「食堂で普通の食事をしているでしょう。ヒト族と変わりませんよ」
「なら、何でも食えるな。ヒト族に毒は効かない」
食べられる事とそれを主食にする事は繋がらないとナウアは思ったが、料理人であるレシルの中だとそうではないのかもしれないと思い直した。
「食べても吐きますけどね。消化できないので」
その点で流体固形食は良い。吐いても喉に詰まらせる事はないし、液体ごと飲み込むので水分と一緒に吐き出す事ができる。
ヒト族が食べ物を喉に詰まらせた時は悲惨だ。死にはしないが喉の閉塞感から来る苦痛に襲われ、常に嘔吐感に苛まれる。
迅速に腕を突っ込んで異物を取り出すか、魔術で対処するのが常道となっているが、ヒト族なら誰もが一度は経験した事がある。そして、一度経験すれば、大抵二度目は起こさない。
「ちゃんと考えりゃ、鉱石なんて噛み砕くのも大変なもんは食わないか。喉に詰まるに決まってる」
「魔晶石なら魔力効率は高そうですけどね」
だからと言ってデュアリアを食べようとは思わないし、アラクモに腕を齧らせてほしいとも言う気がない。前にも考えたけど、共食いに感じるのかもしれない。魔晶石を食べる事は、鉱人を食べる様な気がして。
「魔晶石を美味しく調理する方法はわからないな。煮ても焼いても食えなさそうだ」
「誰も食べた事はないでしょうね」
究謀門なら魔晶石を食べた者だって探せばいるかもしれない。その味の感想には興味がある。ただ、それを知るのはいつでも良い。
ふと、ナウアとレシルが足を止める。もう、法廷はすぐそこだった。
「聞きたい事は聞けたか?」
レシルが口元を歪めながら首を傾げてナウアに問う。
「これからもっと聞かせてもらいます」
法廷からは逃れられない。嘘が許されない唯一の空間。だからこそ、全てを明らかにする事ができる。白日の元に明かす事ができる。
「覚悟してくださいね」
その相手はレシルだけではない。覚悟を求めている様で、ナウアは自分の覚悟を問うている。
「飲み物を持ってきた方が良かったかな」
肩を落としてそう言ったレシルに、ナウアは笑みを返し先を行く。
準備が万全とは言えないが、それはいつもの事だった。ただ、やるべき事だけが決まっている。
冷たい法廷への扉に手を触れる。ナウアは扉から緊張感が伝わってくる様な気がした。
これが、最後の裁判だ。ガトレ様にとっての最後の裁判にしないといけないんだ。もう、これ以上は引き延ばせない。
対価は命か誉となるか。ガトレ様の三日間が、この裁判に掛かっている。
ナウアは扉を開いた。電光の眩い光からも目を逸らさずに、法廷の中を見回した。
見覚えのある人々。守らなければいけない人。そして、戦いの相手。
気怠げな表情で欠伸をするピューアリアを一瞥してから、ナウアは代弁士側の席へと向かうのだった。




