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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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鳥人は語り始める

ナウアとドリトザの目的地が自分達の輪にあると気づいた途端、鳥人の集団は僅かに警戒心を露わにした。


「訓練中なんだが、何か用事があるのか?」


輪の中から一人が出てきてナウア達に問う。軍帽に縫い付けられた徽章が小隊長の位を示していた。


「英雄殺しの目撃者と話がしたいのであります。隣の医圏管師が興味を抱いております故」

「ああ、なんだ。その事か」


ドリトザが事情を説明すると、小隊長は相好を崩したが、すぐに見咎める表情を浮かべる。


「しかし、どういう取り合わせだ? 医圏管師と小隊兵とは」

「些細な偶然であります。御歓談中の様でしたが、スワローテから話を聞いてもよろしいでしょうか?」

「構わないわ!」


小隊長の代わりに声高に返答したのは、女性の鳥人であった。光沢のある毛で覆われた黒い翼に手、顔は赤い毛並みで覆われておりヒト族であるナウアよりも小柄。ナウアの知る限り、燕の特徴を有していた。


「どうせ訓練は中断中だもの! 小隊長も構わないでしょう?」

「まあ、な。良いだろう。ただし、話はこの場で済ませる事だ」

「私もそれで構いません。ありがとうございます」


話がまとまりそうだったので、ナウアも条件に承知しておく。英雄殺しの手先だと思われて情報を得られなくなるよりは、少しでも話を聞けた方が良い。


「でも意外ね! よりによってドリトザが連れてくるとは思わなかったわ!」

「世話になった礼がある。礼を尽くすのは軍人ならば当然だ」

「あらまあ! ワタシの知るアナタと何にも変わりなかったわ!」


ナウアも同期というのは聞いていたが、二人は旧知の中ではあったらしい。もっとも、訓練兵の期間だけの短いものではあろうが、ナウアは小隊長の視線に湿気が混じった様に感じた。


ナウアが視線をずらして見たところ、胸の膨らみから判断するに、この隊の中で女性はスワローテ一人のみの様だ。


「それじゃあ、初めましてお客様! ワタシは空圏管所属、鳥人のスワローテ=イルミアよ! ただし、ただの鳥人じゃないわ。鳥人の中でも、ワタシは誰もを虜にする人と書いて虜人(とりびと)だから、忘れないでね!」

「……あ、はい。よろしくお願いします。スワローテさん」


ナウアは困った様な笑みを浮かべながら、横目にドリトザを伺う。ドリトザはナウアに気付くと小さく首を横に振った。


スワローテは、ナウアが今までに関わった事がない種の人間であり、ドリトザが苦言を呈していたのにも納得がいった。


「早速なのですが、スワローテさんは英雄殺しの瞬間を目撃したと聞きました。私にもお話を聞かせてくれませんか?」

「良いわ! だって、ワタシ見たもの! 虜人(とりびと)はね、鳥人(とりびと)の中でも動体視力に優れているのよ!」


ナウアは束の間、スワローテの言葉に混乱したが、恐らくは燕種の特徴として、動体視力に優れているのだろうと、憶測により事実のみを選び取った。


「英雄が亡くなったあの作戦、ワタシももちろん参加していたわ! 英雄が急に叫んだの! 辞めろーって! ワタシ、自分が呼ばれたのかと思ったわ。ほら、だって、スワローテだから!」


それが本当ならあまりにも自意識過剰だと感じながらも、ナウアは笑みを浮かべて頷き、先を促す。スワローテは気をよくした様子で話を続けた。


「そうしたら、英雄が地に向かって飛び込んでいたわ! あれだけは、ワタシの直滑降よりも美しかったと認めるわ。だけど、着地には失敗したのね。英雄は体勢を崩して、離れたところに落ちたわ」

「体勢を崩して、というのはどういう事でしょうか」


ナウアの質問を受けて、スワローテは待っていたとばかりに早口になる。


「それよ! それこそが、恐ろしき魔弾によるものよ! 直滑降をしたなら、地面に近しいところで身体の動きを変えなければ飛べないわ! 英雄もきっと、地面の近くでそうするはずだったのよ! でないと、頭から地面に埋まってしまうだけだもの! なのに、あの英雄殺しが魔弾なんかを撃ってしまうから、英雄は姿勢を崩して飛べなくなったのよ!」

「あー、そうですか。いや、そうですね。全て英雄殺しのせいですね」


ナウアは一つずつ指摘したい気持ちを抑えて、最低限の体裁を保った相槌を返す。


まず、英雄は空を飛べない。ヒト族だからだ。直滑降をしたところで、そこから滑空に移ることはできない。魔装具を身につけていなければの話だが。


そして、魔弾により姿勢を崩したから、飛べなかった訳でもない。魔弾による衝撃で、吹き飛ばされてしまっただけ……。


そこで、ナウアは一つの違和感を得る。


「あの、スワローテさん。英雄は、魔装具を身につけていましたか?」

「いいえ? でも、英雄だもの。ヒト族だろうと、飛ぶ事くらい造作もないはずよ?」

「そうですね。英雄ですからね。それと、英雄殺しが撃った魔弾は、英雄を突き飛ばしたという事ですか? 英雄は直滑降のまま、地面に衝突したのではなく」

「ええ、そうよ。英雄殺しに直滑降を邪魔されて、本当に可哀想な話よね」


英雄は、ガトレ様の魔弾によって、着地点が変わっていた。それも、吹き飛ばされる様に。


これが事実なら、ガトレ様の魔弾は英雄を貫通していなかったという事になるかもしれない。


「あの、スワローテさん。目撃者は他にもいるんですよね? 他の目撃者の事も教えてくれませんか?」

「残念ね。教えられないわ。こんな大変な情報を持っていると知れたら、アナタみたいに話を聞きに来る輩が絶えなくなるもの! 唯一、ワタシだけはそんな状況を絶えられるからこそ、目撃者として話しているのよ!」


胸元に右腕を寄せ、上向きに語るスワローテが、自分自身に酔っているのは明らかだった。


他の目撃者が、話を聞きに来る者を避けたいからという理由で隠れているのは事実だとしても。


「ですが、スワローテさん。私、この事件に並々ならぬ興味を持っていまして、スワローテさん以外の方からも話を聞きたいんです! お願いします! 他の目撃者を教えてください!」


ナウアは諦める訳にはいかなかった。掴んだ手掛かりを証明する為には、それを証明できるより多くの人間が必要だと考えたからだ。


スワローテだけでは、法廷での証人として頼りない。人間性からナウアはそう判断した。


「できないわ。だって、ワタシだけの問題じゃないもの! 噂では英雄殺しの処刑はまだされていないそうだけど、どうせ真実もすぐにわかるわ! それまで我慢する事ね!」

「お願いです! そこをなんとか」

「悪いが、そこまでだ」


スワローテに一歩にじり寄ったナウアは、横から現れた小隊長に腕を掴み上げられる。


「お前のそれは、話を聞かせてもらう態度ではないな。それに、時間の様だ」

「時間?」


小隊長は疎ましげに睨むナウアの腕を解放する。それから、小隊長が親指で指す方向にナウアは顔を向けた。


「チュユン捜査士官?」


そこには、チュユン捜査士官ともう一人の鳥人がいた。大きさはチュユン捜査士官と同じくらいで小柄。身体は全体的に黒っぽい灰色で、ナウアには種がわからなかった。


「どうも、部隊の三人が、今日起きたとある事件との関わりを疑われているみたいでな」


小隊長はそう言って溜息を吐いたが、対照的にナウアは地面を向いて息を吸った。


とある事件。それも、今日起きたもの。だとしたら、ナウアには一つ心当たりがあった。明日になるまで、調べる事を諦めていたのが、思わぬところで繋がるかもしれない。


半ば確信を持って、ナウアは訊ねる。


「それって、もしかすると栗鼠人が殺された事件の事じゃないでしょうか。被害者の名前は、スソノ=イパレア。今日、起きたばかりの事件です」

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