検討:二発目の魔弾はいつ放たれたのか
ナウアが水人形を運び終わったドリトザと再び合流した頃、時間は十三の時を過ぎていた。
兎人の受付に謝罪後、ナウアはドリトザと言葉も交わさずに、ただ後ろについていく。関係性が構築されていないというのもあったが、ナウアがドリトザの呼びかけに対し気もそぞろであったからだ。
ナウアが考えていたのは一点。英雄はいつ、二発目の弾丸を撃たれたのかである。
作戦書の内容から、英雄を撃つ機会は限られている。その上で、ガトレが聞いた「やめろ」という声から、ガトレの魔弾に撃たれた後だろうとナウアは予想した。
「ドリトザさん」
「……お? おう。なんだ」
「どうかしましたか?」
「それはこっちが言いたい。急に呼ばれて驚いたんだよ」
「ああ、すみません。あの、ドリトザさんは英雄殺しが発生した時の作戦にも参加していましたよね?」
ナウアが見た資料によれば、ドリトザが所属する第八部隊は衛生兵がいる後方に配置されていた。
「間違いない。対空火柱魔術陣の発動に人員を割いていた部隊が後方にいたんだ。あれも、火柱を魔力の塊としか認識できない妖魔だからこそ有効な作戦だな」
納得した様に頷くドリトザに、ナウアは質問を重ねる。
「後方にいたなら、流石に英雄が撃たれた瞬間は見られなかったと思いますが、何か気づいた事はありませんか?」
「気づいた事か。……いや、英雄が運ばれて来たのには驚いたがな。それに、珍しく空圏隊が人を連れて飛んでいたが、あれがガトレだったのだろう」
ヒト一人を連れて飛ぶ事は、いかに鳥人と言えども難しいはずだ。恐らく、ガトレが運ばれた時には、最低でも二人は必要だったろうとナウアは想像する。
しかし、重要なのは英雄の方だ。
「英雄が運ばれた時、不審な動きはありませんでしたか? 間違いなく、英雄は意識を失っていたのでしょうか」
「俺も間近で見れた訳じゃないが、意識は失っている様に見えたな。背が高いから目に入っただけだったが。軍務を放棄する訳にもいかないからな。ただ、衛生兵が魔力中枢を負傷しているという声を発するのは聞こえた。少なからず動揺する兵士がいたから、よく覚えている」
「そうですか……」
衛生兵の元に運ばれた時点では、魔力中枢を負傷していた。それは間違いない様にナウアには思えた。
だとしたら、やはりガトレ様の魔弾が直撃した後に二発目の魔弾は撃たれている。
ただ、とナウアの中には一つの懸念が浮かぶ。
英雄を撃ち抜いた魔弾は二発あった。だとしても、ガトレ様の魔弾が英雄の魔力中枢を撃ち抜いていたのなら、それは既に致命傷たり得たのではないだろうか。
つまり、この状況それ自体に希望があるわけではない。この状況から導かれる理想的な真実は、一発目の魔弾が英雄に致命傷を与えており、ガトレ様の流れ弾は二発目かつ決定打にはならなかったというものだ。
例えば、二発目の魔弾は一発目の魔弾で欠損していた部位を貫通しただけで、英雄には一切の損傷を与えていなかったとか。
……あまりにも、苦しいのではないか。
英雄が声を挙げている時には、叫ぶだけの体力があった。その直後に、ガトレ様の魔弾は放たれたと考えるのが自然だ。でも、だとしたら、仮に何者かによる二発目が存在したとして、ガトレ様の放った一発目が致命傷ではなかったと証明する手立てがない。
何故なら、二発目の魔弾により、ガトレ様が与えた傷の程度が証明出来ない状態にあるからだ。
二発の魔弾を見分ける要素は貫通の角度のみ。どちらが魔力中枢を傷つけたのかは判別できない。
それどころか、最初に二発目が存在する可能性へ至ったのはガトレ様だという点から、ガトレ様による偽装工作とも疑われかねない。
二発目の魔弾を放った者、放った瞬間を特定し、証言でもさせない限り。
……そんな事ができるのだろうか。
いや、しないといけない。
そうしないと、ガトレ様を救う事ができない。
その為には、やはり目撃者の情報が肝要だ。その中に、二発目の魔弾を思わせる話が混じっていれば、明日の裁判に繋げられるから。
「もう少しで着くぞ。窓から見えるが、休憩中の様だな。あの真ん中にいるのがそうだ」
ドリトザが指差した窓の外を、ナウアも視線で追う。何人かの鳥人達がいたが、若い雌の鳥人が囲まれている。
「まるで発情期だな」
「聞いた事があります。アビト族の中には、繁殖の為に交尾をしたくなる時期があるとか」
「所詮は獣の習性だ。野生の獣であれば春から夏になりがちだが、アビト族なら理性があれば抑えられる。……ただ、冬が近付くと抑えられんやつも出てくる」
「冬眠みたいにですか?」
冬眠の性質を利用して殺人に偽装したイパレアを思い出し、ナウアが苦いものを食べた様な顔をする。そんなナウアの表情を、ドリトザはナウアが冬眠を疎んでいるのだと捉えた様だった。
「気持ちはわかる。俺も冬眠は怠慢だと思うぞ。しかしだ、抑えられんものは抑えられんらしい。発情期も似た様なもので、寒いと人肌も恋しくなるらしいな」
「ドリトザさんもですか?」
「……俺には頼もしい毛皮がある。……ただ、毛繕いを我慢しろと言われると、多少困る」
少しだけ考える様な間を置いて答えたドリトザに、ナウアは笑いかける。
「なら、私には毛皮がありませんから」
だから、人肌でも恋しくなったのかもしれない。そして、我慢もできなくなったのだ。
「寒いなら貸してやろうか?」
ナウアとガトレの法廷でのやり取りを知らないドリトザは、軍服の袖に手を掛ける。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
ナウアは笑みを深めながら、開いた両手を差し出してドリトザの親切を断る。
「間に合っていますから。間に合えば、ですけど」
そして、刻々と近づいている期限を実感し、ナウアは顔から笑みを無くした。
「さ、皆さんの休憩が終わる前に行きましょう」
ナウアの呼び掛けを受けたドリトザは軍服を正す。そして、二人は鳥人達の元へ歩み寄って行った。
3章で突然発生した事件がそろそろ(頭の中で)解決できそうです。作中ではイパレアが死んだ事しか情報が出ていませんが。更新頑張ります。
また、前話で初めて誤字報告を頂いたのですが、とても便利な機能ですね。ご報告ありがとうございました。




