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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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判決:零下の墓標

ガトレの意識が覚醒した時、最初に入ってきた情報は、柔らかい手の感触であった。


薄い魔力に阻まれ、本来なら感じるはずのない肉体の触感。それを、ガトレは前にも感じた事がある。


魔道銃を握り訓練を続ける内に無骨な変化を遂げる兵士のものでは無い。しかし、前に感じたものとも違う。


変わらないのは、その手から温かい何かが流れてくる事と、身体のうちに満たされていく様な感覚がある事。


そして、声がした。


「ガトレ様!」


己の名前を呼ぶ声が。


「……っ!」


思い出したかの様に、ガトレの身体を痛みが襲う。痛みと暖かさを感じる部位が被っている為に、ガトレは一瞬、その温もりが何らかの攻撃なのでは無いかとすら考えた。


そのまま咄嗟に振おうとした右腕を、ガトレは思い切り床に叩きつける。これは、脅威ではない。そう言い聞かせて。


「ガトレ様!?」


無駄に増えた痛みと引き換えに、ガトレは身体の動かし方を思い出す。痛みと眩む視界に耐えながら、なんとか目を開き、口を動かした。


「ナウア……なのか?」

「はい! 私です!」


ガトレの視界で朧げに映っていたナウアの顔が、声に合わせて急に鮮明になる。


「ち、近いぞ」


ガトレが首を捻ると、ナウアは微笑んでから顔を離した。亜麻色の残像が、ガトレには神々しくも思える。


「治療魔術……まさか、ナウアが?」


まだ感覚が乏しい胴体を諦めたガトレは、首を持ち上げて取り入れた情報に目を疑った。


「はい。……取り戻しました。ガトレ様のお陰です」


ガトレの胸に触れているのは、ナウアの掌であった。魔力が自然魔力に変換されている影響で、手の感触があるのだ。


次にガトレは自分の身体を見て目を見開いた。


胸から下、腰の辺りまでの左半身が欠損している。軍服ごと、そこには何もなく、白く淡い光が身体の中に見えている。アビトであれば赤い血も流れ出していた事だろう。


「驚きましたよね。でも、安心してください。ヒト族なら、これくらい。今度は絶対に助けます」


ナウアの言葉に焦りは紛れていなかった。まるで、今は自分こそが世界の主役であり、何もかもが上手くいくのだという全能感に支配されているようにガトレには思えた。


同時に、いや、それもそうかという思いもあった。失った力、医圏管師の力を取り戻し、過去の罪も無かった事になるかもしれないのだ。多少の熱に浮かされるくらいの事は、誰も咎めはしないだろう。


その熱を生んだのが自身であることを忘れて、ガトレは再び目を閉じる。

欠損した肉体は、周囲から埋める様にして範囲を狭めているところだった。あとはもう、ナウアを信用しきる以外、自分にできることはない。ガトレはそう判断した。


「ナウア。俺は、少し休ませてもらう」

「はい。ガトレ様。少しの間、おやすみなさい」


そのまま落とそうとした意識は、しかし、木槌の音に揺らされて、ほんの少しだけ邪魔されることになる。


「代弁士の無事も確認できたことから、今回の軍事法廷における判決を下す。まず、代弁士の語った恐るべき計画が真実であったなら、被害者と見られていたイパレア氏は、脱走を企てた点から死罪が妥当である。しかし、決定的な証拠はなく、計画に協力したストウ氏の証言が頼りとなっている。そこで、仮処分としてこの二名は留置場に収容する事。脱走したと見られるハロル氏を発見し裏付けが取れ次第、改めて処分を下す事とする」

「異議なし!」


豪快に響いたコゲツの声に、ガトレは微かに頬を緩めた。


「そして、被告人シラノ=ナウアについては、そもそも被害者も存在していなかった事から、当然、無罪だ」

「異議なし、じゃな」


ナウアへの判決を聞き届け、ガトレはようやく意識を手放す気になった。


「判決は以上だ。しかし、議題は尽きておらぬ」

「コンココン。魔力を通さずに他者を傷つける技術、脱走兵、二挺目の魔道銃。検討材料も問題も山積みですわね」


そこで、ガトレはイパレアの魔道銃が寝台の横で発見されていたことを思い出した。それ以降、取り戻す機会は無かったはずなのに何故。無理に思考に走ろうとしたが、ガトレの身体はそれを受け入れず、もう一度、暗闇の中に潜っていく。


ただ、そこが心地よさを感じる程度には安らげる場所であるというのは、ガトレにとって些かばかりの救いであった。




最新話にいいねをしてくれた方が増えていまして、ありがとうございました!

読者がいるというのがわかりやすいので、目に見えるものは、更にそれが前向きなものであれば何でも嬉しいです!


もうすぐ2章も終わりです。

次章の進め方を色々と迷っていたのですが、進めないと進まないので、覚悟を決めて足を踏み入れます。英雄殺しの裁判も、作中時間では翌日の昼に迫っています。

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