被害者の行動
「まず私は、今回の事件が計画的なものであったと考えています。あなたは殺された事になり、その罪を誰かに被せる事で殺人事件に目を向けさせる事が目的だったのでしょう」
「ふっ。そんな事をして、何の意味があるというのかな」
「意味はあります。既に死んだとされる人間は、決められた軍の動きから外れる。つまり、自由な時間を確保できる」
それは、今のガトレと同じだ。しかし、生きた人間と死んだ人間では、扱いに明確な違いがある。
「その上で、死者は最終的にどうなるか。事件性がある場合、遺族が納得すれば解剖され、納得せずに要望があれば、遺族の元へ帰る事になるでしょう」
そして、遺族は死を惜しみ、悲しみに暮れるのだ。届いたのが、死者であるのなら。
「そこまで言われたら、モー分かりましたよ。つまり、イパレア氏は脱走を企てていたという事ですな」
「はい。私はそう考えています」
通常、脱走というのは分かりやすく行われるものだ。それが計画的なものであったとしても、大抵は不在を理由に怪しまれ、捕まる事となる。
しかし、不在である事が正であり、誰にも疑われなかった上、脱走に至る道筋すらも用意されたものならどうか。
「妻を作っておきながら、その妻にも脱走の意思を告げなかった以上、目的は軍部内で得た技術や情報を持ち帰る事でしょうね。私はこれが、イパレア氏が今回の事件を企てた動機だと考えています」
イパレアはそもそも、ロローラに対して愛情を向けてはいなかったのだ。ただ、利用する為だけに、関係性を構築したに違いない。
ガトレは、ロローラも薄々それを感じ取っていたのではないかと思った。
「ちょっと待って欲しい。急にそれが動機だと言われても、まだ私が今回の事件を起こしたなんて証拠は何もないよ?」
「では、一つずつ振り返りましょうか。まずは、イパレア氏を襲ったとされる犯人。イパレア氏の目撃情報しかなく、現場は窓からの脱出も扉からの脱出も不可能でした」
イパレアとしては、このままナウアが犯人となって終わる予定だったのだろう。
「犯人となり得る者はナウアだけ。そして、そうなるはずだった。私が抗わず、イパレア氏の冬眠に気付くことが無ければ、ですが」
犯人が存在しない事件で、真犯人を指摘する事など出来るわけがないのだ。証拠のでっち上げか、賄賂で買収でもしない限りは。
しかし、被害者が生きていたとなれば、話は変わってくる。
「イパレア氏は法廷に連れて来られた事で、計画の失敗を悟ったはずです。そして、被告人に罪を被せる為に言い争うよりも、存在しない犯人に罪を被せる事でこの場を逃れようとしたのでしょう」
イパレアとナウアが対立したとして、どちらも証明に足る証拠は存在しない。議論は平行線を辿り、永遠に決着もつかない。それどころか、捜査を進める中でイパレアの嘘が露呈する可能性もある。
「いいや、犯人は存在するよ。だって、私は見たのだからね」
「それを証明する事はできないはずです。さっき、魔弾を撃たれて意識を失ったと言っていましたが、どこを撃たれたのですか? その傷は残っていますか?」
「撃たれたのは右手だ。弾かれた魔道銃が、寝台の脇に落ちていなかったかな。ただ、傷は消えてしまってるようだ。意識を失っている間に、治療されたのかもね」
元から傷なんて無かっただろうに、とガトレは素面で毒付いた。ただし、イパレアが寝台で発見された直後、ストウによって治療魔術を受けたのは事実であり、その瞬間に治癒されたという言い分は通る。
「確かに、寝台の横に魔道銃が落ちていましたなあ。上面図にも記載の通りです」
ミルモウも魔道銃の位置について納得する。
イパレアは仮に死の偽装を剥がされても、抗う為の用意はしていた様だ。
だが、どこまで計画していようと、必ず追いつくぞ。ガトレはそう決意すると、息を吐き、一度目を瞬かせた。
「確かに争った痕跡と言えるものはあります。しかし、仮に犯人がいたとして、その目的が不明なのです。イパレア氏は死んでおらず、ナウアも意識を失っただけでした」
「そうですなあ。ただ、部屋からなくなったモノはありましたな」
「部屋からなくなったモノ? それは一体?」
イパレアがミルモウに便乗する。自ら粗を出す様な真似はしないつもりらしい。
「ロローラ氏が二階へ運んだという酒と、サラエ氏の赤子ですよ。取り合わせとしては奇妙ですが、これら、あるいはどちらかを盗む事が犯人の目的だった可能性モーあります」
「可能性だけならあり得る話です。事実、療養室から消えたモノはありますから。次は、それらに対する憶測を話しましょう」
部屋から消えた赤子と酒。ガトレは赤子について、既に語った答えで間違いないと考えていた。
考え直さなければいけないのは、酒の方だ。
「私は犯人が赤子を焼き殺し、イパレア氏の口に入れて酒で流し込んだと考えました。しかし、イパレア氏が生きていた以上、自ら飲み込めば良いのですから、酒は不要となります。もしも犯人がいたとしても、眠っているところに酒を注がれたなら、目を覚ますでしょうしね」
「ならば、やはり酒は盗まれたという事では?」
「いえ、私はそうではなかったと考えています。……本当に、ロローラ氏が部屋へ運んだのは酒だったのでしょうか」
「何ですと?」
今回の事件では、不確かな情報が多かった。
イパレアが見たという犯人、木箱に入れられていたという酒、どちらも、イパレアの発言のみで存在が形作られていた。
犯人は存在しない。木箱の中身を見た者も存在しない。ならば、その木箱に入っていたものは何だったのか。
「恐らく、木箱に入っていたのは酒ではなく、イパレア氏が失った右足だったのではないでしょうか」
「そんな!?」
ロローラが、頬を両手で挟み悲鳴を上げる。
「ロローラ氏の証言によれば、イパレア氏は黒い木箱について、足を欠損した際に友人から貰ったと話したらしいですね。それ以来、木箱は魔冷庫で保管されてきた。死体が安置所で冷やされているのと同じです」
足を欠損したところから、イパレアの計画は始まったのかもしれない。いや、それとも、足を欠損するところからが、イパレアの計画だったのだろうか。
ガトレは、何も言わずに話を聞くだけのイパレアをじっと見る。イパレアは目を伏せており、何を考えているのか読み取る事はできなかった。
「イパレアさん。友人というのは誰ですか?」
「……さあ、忘れてしまったな。それより、続きを聞かせて欲しい。酒だと証明する事もできないし、仮に足だとして、何かが変わるのかい?」
「ええ、変わりますよ。最初は、赤い酒を使ったのかと思いましたが、それでは偽装に気付かれてしまう。だからこそあなたは、腹部に傷がある様に見せる為に、保管していた自身の足を解凍し、腹部に血液を垂らしたんです」
それこそが、イパレアの腹部を濡らしていた血液の正体。腹部の傷は、偽装されたものだったのだ。
そうでなければ、おかしな点がいくつかある。
「もしも本当に腹部を負傷していたのなら、痛みで冬眠なんてできるはずがありません。しかし、冬眠していなければ、脈拍を測られた際に死んでいない事を察知されてしまう。だからこそ、あなたは傷自体を偽装したのです」
「だが、話の流れから察するに、私の足は現場になかった様だが?」
「赤子と同じです。焼いて食べたのでしょう。……解剖しなければ、証明はできませんがね」
ただ、状況からして、ガトレにはそうとしか考えられなかった。イパレアの口内に残っていた煤以外、手掛かりはないのだ。
「しかし、杖が深く刺さっていなかった事は、捜査士官が証言可能です。部屋を暖めているうちに、杖が落ちたと話していましたから。恐らく、血液で濡れた毛が凍りつき、杖を固定していたのでしょう」
気温が低下した影響で水分は凍りついていた。そして、腹部の傷も毛で隠れて見る事はできなかった。毛を掻き分けようにも、凍っていて容易では無かったはずだ。
死んでいるというストウの言葉を信じたからこそ、確認がおざなりになっていたというのもある。
「ガッカリだ。君の話しは証拠も何もない上に、賭けが過ぎる話だと思うね。ここまでの話は、私が自身の死を偽装したという君の推測、ただ一点を元に進められている。しかし、それは偶然にも医圏管師が誤診をしたからこそ成立している話だ。あまりにも、医圏管師を軽く見た賭けじゃないかな」
「そうですね。しかし、偶然を必然とすれば、話は変わってくるはずです」
そう返してガトレは、傍聴席にいるストウを指差す。
「代弁士側は、ストウ=ザナトリクス医圏管師を、この事件における協力者として告発します!」
突然の流れ弾を食らったストウは、銃口を突きつけられたかの様に身を固くさせていた。




