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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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墓荒らし

「被害者の遺体がこの場に運ばれるまで、本法廷は一時休廷とする」


アミヤが木槌を叩き宣言すると共に、法廷の中は堰を切ったかのように音が流れ出す。

ガトレの背後から届いた言葉も、声の主が声を張っていなければ聞き逃していただろう。


「ガトレ様! イパレアさんが生きているって本当ですか!?」


ガトレが振り向くと、困惑した様子のナウアが視界に映る。


「ああ、恐らくな。そうでないと、説明が付かない事がいくつかある。まあ、それは、この後で明らかになるはずだ」


イパレアが冬眠しているのであれば、気温を上げれば目を覚ますはずだ。


ただし、それが故意のものでなければの話だが。


「先ほど、抵抗されるかもしれないと仰っていましたね。まさか……」

「ああ。俺は、イパレア氏の自作自演を疑っている。ただ、俺の推測を立証するには、一つだけ問題がある。恐らく、イパレア氏も、その問題を突いてくるはずだ」


今回の事件が殺人事件として扱われた要因。それは、ストウによる死亡判断であった。これを偶然で片付けてしまえば、計画性が薄れてしまう。


ガトレ自身、イパレアに恨みがあるわけではない。ナウアの事と、結果的に英雄殺しの捜査に割く時間を奪われた事については、思うところもあるが。居もしない犯人をでっち上げたって良い。


しかし、巻き込まれてしまった以上、ガトレは自身の有用性を示す機会として、この法廷も利用しなければならないと考えていた。


それが、来る英雄殺しの裁判で有利に働くと見込んで。


「だから、ナウア。終人010の事件について教えて欲しい。今回の事件、ストウは協力者のはずなんだ。そして、今、俺が考えられる動機はこれだけなんだ」


ナウアは罪を被せられ、ストウはナウアの動機として終人010について証言を行った。ガトレの前で、これまでのストウが執着して見せたのは、いつもナウアの事だった。


「それは……ですが……」


しかし、ナウアは言い淀む。そうまでして話したくない事なのだと、ガトレは察する。それでも、閉ざされた扉はこじ開けなければならない。


でなければ、真実に辿り着く事など、出来やしないのだ。


「おうおう。だったら、ワシが話してやろうかい」


ガトレがもう一声を掛けようとしたところで、しわがれた声が飛び込んでくる。声の方向を向くと、そこには安置室の受付である亀人がいた。


「どうして、あなたが? いや……」

「おう。そりゃ、ワシが終人010で法務官をやったからだぜい」

「……やっぱり、そうだったのですね。という事は、あなたの名前はミトガメ=エルケン」


それは、終人010の法廷議事録に記載されていた法務官の名だ。


ガトレが気づいたのは、たった今、エルケンがここへ来てからだった。まさか、そんな偶然があるはずないというのと、財圏管という立場のせいで、ガトレの中でも繋がらずにいたのだ。


「辞めてください! 私は、聞いて欲しくないんです……」

「そうかい? でも、あの時の代弁士より、今の代弁士の方が頼りになりそうだぜ? もしかしたら、過去の事件すら解決するかもしれねえ」

「それは……ですが、終わった事です」


二人の口ぶりから、ガトレが一つだけ把握できたのは、終人010は本当の解決を迎えていないという事であった。


「エルケンさん。ナウアが何を言おうが、今は関係ありません。教えてください。事件の事を」

「ガトレ様!」


ナウアは前屈みになってガトレの名を呼ぶが、その場から立ち上がる事はなかった。


エルケンがナウアに視線だけ向けると、ナウアは固めた両手を机について、顔を伏せる。


「おう。話してやろう。ワシの名前を知っていた様じゃが、どこまで知っとる?」

「法廷議事録は見ました。衛生兵として戦場に出たナウアが、ストウの指示を無視して負傷者をその場で治療。しかし、回復できないまま撤退。その後、捜索するも負傷兵は見つからなかったと」


ガトレが話す度に、視界の端でナウアの首が次第に項垂れたいく。


「おう。大体は知っとるな。それで、裁判が行われたが、結果から言えば、何も明かされなかったのだ」

「何も明かされなかった? 確かに、法廷議事録でも、話し合った内容の記載もなく、医療事故と判断されただけでしたが」

「おう。話したのは、動機の有無だけ。それも雑に、被害者は医圏管への転属を希望していたが、被告人はそれを知っており、妨害したかったからなんてもんだ」

「どうして、そんな事に?」


ガトレは、あまりにも程度が低過ぎると感じた。そんな幼稚な動機を、法廷で語るなど。


しかし、その動機を用意した法務官は、納得のできる回答をしてみせた。


「おう。実は、賄賂があったもんでな」

「……賄賂?」

「…………」


ガトレは、言葉を発さないナウアが、ピクリと動いた様に感じた。


「そう、賄賂だ。本件は事件として扱わないで欲しいと、アスタバ国の商業組合からな。軍部はこれを受け入れ、終人010は事故として片付けられたわけだ」

「そんな……ですが、それで遺族は納得したんですか!?」

「おう。しちまったのさ。遺族にも賄賂があったんじゃねえか? だから、終人010は、何も解決しないまま解決した」


人の死を金で解決する。それをガトレは好ましく思わなかったが、相手がナウアの親だということを考えれば、感情を口にする事はできなかった。


「そんで、年老いたワシも、口封じの為に安置室へ転属だ。ワシに求められた本懐は、終人010という墓を守る墓守なのさ」


それも今、未達成となったわけだが。そんな事より、とガトレは未だ俯いたままのナウアを見遣る。


「ナウア……」


それは、親の愛なのだろうか。それとも、商会の名に傷をつけない為の隠蔽なのだろうか。


二つの商業組合の友好の証として生まれたナウア。ただ一つわかるのは、親は子の無実を信じていなかったという事だけ。


だからこそ、賄賂などという手に頼ったのだ。賄賂などという手を用いる、目の曇った代弁士を雇ってしまったのだ。


だから、ナウアは嫌っていた。


親である商業組合を、そして、代弁士という存在を。


「おう。ワシから話せるのはこれくらいじゃ。死体も見つからなかった以上、碌な捜査も出来やしなかったしな。後の事は、お前さんに託すとしよう。墓を荒らすも、埋めたままにするも、墓守は目を瞑って受け入れるぜい」


エルケンは言いたい事は言い切ったと、一人だけ満足そうな表情を浮かべて去っていく。心なしか、ガトレには足取りも軽く見えた。


「失望……しましたか?」


ナウアの声だ。くぐもっているその声は、怯えた様でありながら、僅かな期待を孕んでいた。


「いいや、しないさ。むしろ、希望が見えた」


ガトレの返答に、ナウアが勢いよく顔を上げる。浮かんでいたのは、驚愕だった。


「それは、一体……」

「あまりにも情報がなくて、余計な事を考える必要もなかったからな。ナウアには、一つだけ聞きたい事がある」

「……はい。なんでしょう?」

「衛生兵として治療した際、被害者はどんな体勢をしていたんだ?」

「え? ちょっと、思い出してみます。仰向けに倒れていたのですが……確か、苦しんでる様子で……左胸に右手を当てて、左手は地面を向いていたかと」


ナウアの回答は、ガトレの期待に沿うものであった。


「そうか。ありがとう。これで俺も、墓を荒らす覚悟が出来た」

「何かわかったんですか?」

「ああ。恐らく──」


コンコン!

ガトレの言葉を叩き潰すかの様に、木槌が打ち鳴らされた。


「被害者の遺体が間も無く到着する。開廷に備え、全ての者が静粛にする事」


アミヤの宣言により、先ほどまでは街の広場の様だった法廷が、徐々に静まり返っていく。


「──全ては、裁判の中で明かそう」


ガトレは安心させるつもりで、ナウアに向けて笑みを浮かべる。ナウアもまた、頷いた後で、信頼を示すかの様に笑みを返した。


「ホホーウ」


そんな二人を見ていたフギルノは、微笑みを浮かべて高い鳴き声を上げるのだった。

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