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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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検討:療養室から消えたモノ

「療養室には、我々以外にもう一人、サラエ氏とイパレア氏の子供がいた。この事実は、一つの謎を解決する手立てとなります」


それは、ミルモウが不具合だと切り捨てた、ある証拠の事だ。


「療養室の魔術陣から採取された魔力紋は、誰のものとも一致しなかった。それも当然の事だったのです。何故なら、魔術陣を発動したのが、存在すら認知されていない子供だったのだから!」


ガトレの放った言葉に、法廷がどよめく。

ただ一人、証言台のサラエだけが顔を上げ、ガトレに向かって叫ぶ。


「だったら、アタシの子供がイパレアさんを殺したって言うんでっすか!?」

「いや、それは違う。あくまでも、魔術陣を発動したのがサラエの子供だと考えられるだけだ」

「じゃあ犯人は!? アタシの子供はどこに!?」

「残念ながら、犯人はまだわかっていない。ただ、子供は──」


それこそが、ガトレにとって最も言い出しにくく、かつ、犯人を恐ろしく感じる部分であった。


「──恐らく……焼かれて、イパレア氏の胃の中だ」

「…………え?」


ガトレには、まるで法廷の時間が止まった様に思えた。訪れた静寂は、衣擦れの音一つさえ許さず、サラエが疑問符を発してさえ、時間を取り戻すには数拍を要した。


「それ……どういう……」

「私は被害者の口内を確認しました。毒を懸念しての事でしたが、何故か残っていたのは煤でした。犯人は、サラエ氏の子供に冷却魔術陣を発動させた後、火系統の魔術を用いて炭化させる勢いで焼殺。死体をイパレア氏の口内に押し込み、更に、酒で流し込んだのだと考えられます」


理解するよりも早く、ただ情報として受け入れさせるつもりで、ガトレは一息に憶測を話した。


そして、犯人の行った悍ましい所業に、胸が苦しくなった。


ガトレは子供という発想が湧いた当初、サラエが犯人だと考えていた。友好の証として生まれたナウアの様に、サラエも子供を利用して、この犯行を起こしたのではないかと、そう考えたのだ。


しかし、見ていられない程に取り乱すサラエを目の当たりにすれば、その考えは間違っていたのだと撤回するしか無かった。ガトレは、演技だと疑う事すら嫌だった。


「なんという……なんという、恐ろしき事。それが事実であれば、犯人には人が生まれ持つべき心も、心に宿すべき正義も、何一つ持ち得ていないのだろう」


流石のアミヤも、ガトレの推理には参ったらしい。あるいは、悪しき事を許さぬ正透門の門頭だからこそ、理外の理に恐怖を感じてさえいるのかもしれない。


「一体、誰だと言うのだ! その様な所業に手を染めた悪党は!」


アミヤが拳で机を叩くが、ガトレにもわからない。ナウアはもちろん、ロローラだって、こんな事はしないだろう。


唯一、隣の部屋にいたストウは怪しいが、肝心の密室を解き明かさなければ、容疑の目を向ける事が難しい。


この事件の犯人は狡猾だ。死体を焼くのに火系統の魔術を使えば、室内の温度も不自然に上がってしまう。その不自然さを冷却魔術陣で隠蔽し、更には魔術陣の発動も他者の力を使い、発動者も消し去った。


犯人はただ、目的の完遂に向けて、淡々と実行したとしか思えない。時間だって、そう多くはなかったのだ。ガトレが療養室へ向かうまでに、時間は二十分から三十分程度しかない。


「ガトレくん、一つ、良いですかな」

「フギルノ博士? なんですか?」


フギルノは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「被害者の栗鼠人ですが、分類は分かりますかな。例えば、私は梟。アミヤ門頭は鷲。法務官席にいる捜査士官は雀ですが」

「え? いや、すみません。私もそこまではあまり見分けが付かなくて」


鳥人は翼や嘴など、特徴の違いがわかりやすいが、他のアビト族となると、毛並みの模様など、知識がなければわかりにくい者が多い。


「わかるのはせいぜい、目元に縞模様のある毛並みがあったくらいで」

「ホホーウ! ならば一つ、お伝えしたい事があります」


フギルノは顔を寄せると、嘴をガトレの耳に当てて囁く。フギルノから齎された情報は、ガトレに少なくない衝撃を与え、思わずその場から飛び退かせた。


「……まさか、それならっ! でも、どうして……」


ガトレの反応に、フギルノは首を振る。それを考えるのは、ガトレの役目だとでも言う様に。


ガトレはそれに不満はなく、自身の役割として受け入れる。そして、覆る大きな事実を元に、推理を再構築する。


やがて、思ったよりもすんなりと、ガトレは一つの答えを見つける。既に、ほとんど答えに辿り着いていたのだと、そう気付く程に。


これで、密室の謎、真犯人、動機、その全てに説明が付く。相変わらず、犯人の事は許せないが。


イパレアが最初に放った流れ弾。それがナウアに命中してしまった事が、唯一の間違いだったと思わせてやる。


「アミヤ卿。代弁士より、犯人に繋がる手掛かりとして、一つ要請したい事があります」

「よろしい。どの様な事か」

「イパレア氏の遺体を、この場に持って来て欲しいのです」

「遺体を? どうするつもりだ?」


もう、隠す必要などない。ガトレはそう判断し、前提を覆す情報を明らかにする。


「目を覚ましてもらうのです。日は変わって、既に朝ですからね」

「まさか、死体が目覚めるとでも? 代弁士よ。正気を失ったか?」

「否。正気であります。正気ではないのは、この事件の犯人ただ一人です。そして、その犯人も、イパレア氏の口から聞けば明白です」


そう。イパレアは、そもそも死んではいなかったのだ。フギルノからの助言が、ガトレに確信を与えていた。


「被害者のイパレア氏は栗鼠人ですが、縞模様のある毛並みは、縞栗鼠(しまりす)の特徴です。そして、縞栗鼠は栗鼠の中でも唯一、冬眠を行うのです」

「なんと! 捜査士官よ、急ぎ被害者を安置所から連れてくるのだ! 目を覚まさなければそのままでも良い!」

「念の為、何人かで迎えに行く事をお勧めします。もしかしたら、抵抗されるかもしれませんからね」


慌ただしく飛び去って行ったチュユン捜査士官が扉の外へ出た瞬間、法廷は今日の裁判中、最も大きな喧騒に飲まれる。


事件の終わりが見えて来たガトレは、英雄の死も、こんな真実であれば良かったのに、と自嘲気味に笑った。



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