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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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後ろめたい関係

「メェ……。夫が療養室に入ってからの事です。居住区で頼れる伝手もなく、私は一人で子供の世話をしながら、夫の見舞いにも行っていました。ですが、労いの言葉は一度もなかったんです! 上官の時の方が、よっぽど優しかった!」


ロローラの声は、正に訴える様であった。自身の不遇と不満を、誰かに聞き届ける為のものだ。


「メェ。そんな私に許された唯一の癒しは薬草園でした。子供の事があるから長くはいられなかったけど、来る度に少しずつ、薬草園にいる時間が伸びていったんです。そんな時に、黒毛の彼と出会いました」

「療養棟で受付をしている山羊人の男性ですね?」

「メェ。合っています」


ガトレの問い掛けにロローラは頷く。彼女が隠していたのは、彼との関係性だったのだ。


「受付の職員は休憩室に向かう途中、薬草園を通る事になるんです。その時に話す様になって、話が合う事がわかって、関係を持ちました」

「そして、イパレア氏を殺害したのですね?」

「違います! ……昨日、本当にあった事をお話します」


ここまでのロローラの話に、この場で最も関心が薄かったのはガトレであった。


ガトレは、ロローラの心情や背景に興味を抱く事ができなかった。今のガトレには、それらを情報として捉える事しかできない。


「実は、夫に酒を飲みたいから持ってきて欲しいと頼まれていたんです」

「酒、ですか?」

「メェ。療養室では飲酒を禁じられているからと。それで昨日、お酒を持って行ったのですが、気づかれてはいけないから内緒にしないといけなくて。薬草園から二階へ届けました」


薬草園から二階に。それは、おかしくないか?

ガトレは自分で記した時系列を確認する。その間に、ミルモウが話を進めていた。


「ふむう。そういえば昨夜、魔冷庫が空いたところと言っていましたな」

「メェ。それがお酒の事です。夫が足を欠損した時に友人から貰ったそうで、ずっと保管していました」

「しかし、気づかれない様にとは言うものの、受付には気づかれたのでは? そんなに小さかったのですかな?」

「メェ。大きさはそれなりに。あの杖が伸びた時よりは短いですけど、奮発したのでしょうね。黒い木箱に入っていて、どんなお酒なのかはわからないのですが。療養棟に来てすぐ、薬草園に置いて行ったので、受付のお二方には気づかれたと思います」


一度、薬草園に置いた。という事は、やはり不自然だ。ガトレは疑問を形にして、ロローラに投げかける。


「ロローラさん。薬草園から二階にお酒を届けたとの事ですが、それは見舞いに行った後の事ですね?」

「メェ。そうですが、それが何か?」

「その際、お酒を二階で受け取る必要があると思うのですが、イパレア氏が受け取ったのですか?」

「メェ。夫が窓を開けて受け取りました」


ガトレの問いに、ロローラはスラスラと答える。

ガトレには、この証言を切り崩せる可能性が見えていた。


「では、それがいつ頃の事だったか覚えていますか?」

「メェ……。正確には、覚えてないですけど」

「薬草園に行って、直ぐの事でしたか?」

「メェ。それは、そうですね。ナウアさんに会いたいと人払いをしたのは、お酒を受け取る為だと思いましたから」

「……そうですか」


ロローラの回答は、ガトレの期待から外れたものだった。


ロローラ達が部屋から出た後、ナウアが療養室へ向かいイパレアと会話を行う。その最中に酒を受け取る事はできず、それ以降ではイパレアが襲撃を受けている。


ガトレはその矛盾を突いて指摘するつもりだったが、直ぐに酒が送られたのであれば、有効打にはならない。


「そういえば昨夜、ロローラ氏は毒を疑っていましたな。解剖できていないので、死因の可能性はありますが」


黙り込んだガトレに代わり、ミルモウが口を開く。


「メ、メェ。お酒を届けた日に亡くなったので、もしかしたらそうなんじゃないかと」

「ふむう。お酒を薬草園に置いている間に、毒を入れられたという事は無いのですかな」

「な!? な、ないと思います……。私も、少し過ったのですが、彼がそんな事をするはずは」


ガトレはそこで、やっとロローラが考えていた推理に察しがついた。ロローラは恐らく、黒い山羊人が毒を仕込んだと考えたのだ。


浮気をしていて夫が邪魔だと思うのは、ロローラではなくむしろ浮気相手の方だろう。故に、浮気の関係性とお酒という存在を隠そうとして、逆に怪しくなっていたのだ。


しかも、その嘘に好都合な事実が一つある。


「ですが、そもそも療養室には、黒い木箱もお酒もありませんでしたよね」


そう。ロローラの証言が事実であれば、療養室にある筈のものがないのだ。


「メ、メェ。やっぱり、そうなのですか? 一度もお話に出て来なかったので、不思議だったのです」


消えてしまったのは犯人だけではなかった。黒い木箱と中の酒。これらも密室から失われてしまった。


酒自体は飲んでしまえば無くなるととしても、その入れ物が消えているのは不自然だ。


何か、予想の範囲外にある事が起こっているのは間違いない。


その為にも一つ、明らかにしておきたい事がある。

ガトレはそう考えて、改めてミルモウに問う。


「ミルモウ法務官。先ほど、魔力紋採取機は不具合を起こしたと仰っていましたね。部屋の中で、これだけ異常な事態が起こっているんです。どんな結果でも受け止めますから、正確な結果を教えてくれませんか?」


ミルモウが不正を行う事はない。その上で、不具合という結果にも納得はいかない。ガトレは、この問題をどうしても解決したかった。


「ふむう。仕方ありませんな。正確に述べたところで、この法廷をより困惑させるだけかとも思われましたが」

「それでも、お願いします」

「……わかりました。……魔力紋は採取できました。そこから照合を行う事になったのですが、受け取った結果は、一致なし」

「……一致なし?」

「そうです。現場の魔術陣から採取された魔力紋は、軍部に登録されている全ての魔力紋と一致しなかったのです」

「なんだと!?」


ここまで聞く側に徹していたアミヤが、翼を広げて声を上げる。それも当然の事だと、ガトレも思った。


「それはまさか、軍施設内に侵入者がいたという事か?」

「申し訳ありませんが、私から答えを一つに絞る事を出来かねます。一晩での調査となりますので、確認が漏れた可能性や、居住区の住人とモー考えられます」


以前、ナウアから聞いた話によれば、魔力紋は軍に所属する上での適正を図る為に確認するものだ。ロローラの様に元軍人ですらない居住区の住人であれば、魔力紋の記録がないのだろうとガトレは考える。


「故に、不具合と。念の為、再び照合を確かめてから結果を上申する予定でありました。確実に言えるのは、本事件の関係者らの魔力紋ではなかった事くらいですな」

「……よかろう。本件については、後ほど門頭にて預かる」


アミヤは翼を畳んで平静を取り戻した。そこへ、ガトレは揺さぶりを掛ける。


「アミヤ卿。一つ質問があります。私には見張りがついているはずですが、その者の魔力紋は軍部に登録されているのでしょうか?」

「なんだと?」


ミルモウは、採取された魔力紋がこの事件の関係者とは一致しなかった事を保証した。であれば、関係者として認識されていない者が一人いる。


そして、その者には、イパレアを殺害する動機だってある。


「イパレア氏は、私の目の前で軍の上層部に対する不満を口にしていました。英雄殺しの疑義を掛けられた私の見張りならば、門頭からの信用も厚く、その逆も然りでしょう。それ故に、イパレア氏の発言を許せず、犯行に及んだ可能性があります」

「…………」


ガトレが何度も追い出そうとした考えは、今になって最も信じるのが容易い抜け道となっていた。


黙するアミヤに対し、ガトレは畳み掛ける。


「また、私の認識が正しければ、見張りは姿を隠す魔術を使うはずです。私は一度も見張りの存在を認知していませんでしたが、他に誰もいない場所で声を聞きましたから。つまり、今回の事件において、鍵を閉じた部屋の中にいても、誰も気づくことができなかったのです」


犯人は窓と扉の鍵を閉め、部屋の中にいた。そして、扉の鍵が開いた瞬間に部屋の外へ出た。


普通なら気づかれる。しかし、姿が見えない事で、不可能を可能とした。そうとしか、考えられない。


「…………」

「アミヤよ。俺はてっきり、あの被告人が見張りかと思っていたぞ」


未だ答えを出さないアミヤに問い詰めたのは、意外にもコゲツであった。


「コゲツ卿。あの子はワシが貸し出した助手じゃよ。助手と見張りは別じゃろうて」

「サジ老。俺は、相談していたのかと。……まさか、()()()()()()か?」

「ワシもそう思っとる」


()()()()()()? ガトレも初めて聞く単語だったが、聞き馴染みのある音であった。ケンは圏、最後のカンは管だとしたら、最初のカンは……。


「コゲツ卿、サジ卿。その情報を開示するには、この場に権限不足の者が多い。口を慎む事」


アミヤが圧を感じさせる視線をコゲツとサジに向ける。二人とも臆した様子は無かったが、それ以上は何も言わなかった。


「シマバキ=ガトレよ。見張られている者に見張りの情報を開示するは愚かな事。しかし、これだけは言おう。その者は軍に所属し、魔力紋も記録されている。故に、魔力紋の一致がなかったという事は、本事件の犯人ではないだろう」

「……是。承知致しました」


ガトレには、そう答える事しかできなかった。

口では何とでも言える。そう考えながらも、この抜け道は塞ぐ事しかできないのだ。


「さて、代弁士よ。未だ、被告人による犯行としか思えない状況である。まだ言い残した事があれば発言する事」


アミヤの言葉に、ガトレは締め付けられる様な感覚を抱く。着実に、追い詰められていた。



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