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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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階下の行動

「ふむ。ロローラ=アムアムよ。代弁士へ反論もあろう。証人として証言台に立つ事」


アミヤに呼ばれ、ロローラは足下を確かめながらゆっくりと証言台へ向かった。


証言台に立ったロローラは、ゆったりとした私服で身を包んでいた。決まりきった服装が多い法廷では異質に見える。


「それでは証人よ。まずは身分を明かす事」

「メェ……。ロローラ=アムアムです。も、元は陸圏管第二小隊所属の小隊兵でしたが、お、夫との間に子を授かり、今は休隊しております」

「よろしい。それでは、事件当日の行動について証言する事」

「メ、是ェ。しょ、承知致しました」


証言台に引き摺り出されたロローラは、震える声でアミヤに回答していく。


「いつもの事ですが、私はほとんど家事をして過ごしていて、昨日も子供を寝かしつけた後に夫の見舞いへ行きました。その後、ナウアさんと話したいからと言われて療養室を出まして、療養棟の薬草園へ行きました」

「ふむ。証人よ。なぜ薬草園に?」


アミヤが追及すると、ロローラは表情に陰を落としながら、身体を捩らせつつ答える。


「メェ。私、香草や薬草の匂いが好きなんです。あ、た、食べるのも、好きなんですけど。ただ、妊娠中は、香草が良くないと聞いてしばらく離れていたので、今は夫を見舞うついでの日課に」


ガトレには理解できない感覚と知識だったが、山羊人は草食動物であった事を思い出す。


「ホホーウ。私も聞いた事がありますな。妊婦に良い香草と悪い香草があるらしく、販売には注意が必要だと言っていました」


隣からフギルノの補足も入った。


「ふむ。では、薬草園へ向かった後の行動を述べる事」

「メェ。薬草園で薬草や香草を見て満足してから帰りました。お、夫がいたのは二階で、私は一階の外でしたので、会う事も無かったです。窓から出てくる人もいませんでした」

「よろしい。上面図からも、窓が確認できる位置であるのは確かな事。では、代弁士よ。証人がいかにして犯行に及んだのかを述べる事」


ガトレは頷き、自身のデュアリアを机に当てる。法廷に薬草園から見た療養棟の壁が映った。


「これは今朝、私が実際に薬草園で見た光景です。二階の窓と地面に桶があるのが見えるかと思われます。そして、この桶の下では、地面に魔術陣が掘られており、なぞるだけで、とある魔術陣を作る事が可能です」


ガトレは映す映像を、地面の魔術陣に切り替える。


「この魔術陣を発動すると、地面の桶が二階に登り、二階の桶が一階に降りてくる仕組みになっています。代弁士側はロローラ氏が、この魔術陣を利用したのだと考えます」


ガトレは魔術陣を発動し、桶ではなく自分自身が二階まで行ける事を確認済みだ。この事から、ガトレはロローラにも同様の事が可能だと考えていた。


「モー言うが、桶の代わりにロローラ氏が二階に向かい、被害者を殺害したと?」


ミルモウがガトレから結論を先取りする。ガトレは頷いて話を続ける。


「その通りです。被告人によると、被害者と被告人が二人きりで話していた時、被害者は入口の方を見て危険に気づき、魔道銃を撃ったとの事です」


イパレアは療養室で何かに気づいた。その何かは、考えるまでもなく犯人のはずだ。


ガトレは続いて、先ほどまでアミヤが映していた上面図を映す。


「上面図を見てわかる通り、療養室の入口付近には姿見があります。被害者は鏡を見て窓際から近づいてきたロローラ氏に気付き、入口側にいると勘違いした結果、魔道銃を撃ってしまったのではないでしょうか」


これが、ガトレなりに考えた一つの犯行方法だった。


療養室の入口を使うには、多くの目撃者を掻い潜らなければならないが、窓側であれば話は別だ。


「モー、本当に期待外れですなあ」

「何ですって?」


ミルモウの呆れ声にガトレが突っかかる。


「失礼。喉が渇いたので一服」


ミルモウは意に介した様子もなく、懐から白い液体で満たされた瓶を取り出すと、蓋を開けて液体を口の中に流し込む。


「ふむう。やはり妻の乳は最高だ」

「乳? あれが?」


ガトレの怪訝な声に、フギルノが反応する。


「乳と言っても、胸の事ではなく母乳の事ですよ。牛や山羊の母乳は栄養価が高く、売りに出される事もあるのです。最も、懐に閉まっているというのは、保存状態が気になるところですが」

「そうなんですね。初めて知りました」


中性のヒト族は母乳を必要としない。何かを口にしても魔力のみを取り込み、それ以外は吐き出すだけであり、生まれつきの雑食だ。


「私のだって最高です! あの人だっていつも褒めてくれます!」

「証人。不要な発言は慎む事」

「メェ。し、失礼しました……」


何故か張り合うロローラをアミヤが諫める。フギルノはガトレに苦笑を向けた。


「牛人や山羊人は愛情表現として、子供だけでなく愛する者に乳を飲ませるらしいですな。それ故か、味で競う事もあるのだとか」

「なんというか、私には何とも言えませんが」

「そうでしょう、そうでしょう。ただ、山羊人の方が不利になりがちですな。山羊の乳は周囲の不快な臭いを吸収してしまいますから」


フギルノの話が、ガトレの脳裏にある何かに引っ掛かる。なんだ、何が引っ掛かっているんだ?


「さて、一服しましたので、話の続きと参りましょう」


答えが出ないまま、考える時間は過ぎてしまった。空っぽになった瓶を懐にしまい直して、ミルモウが座った目をガトレに向ける。


「要点は三つ。一つ目に、窓から中へ入ったのなら、窓が開く音がしたはず。被告人も被害者も、それに気づかなかったと?」

「会話に夢中になっていれば、あり得る話です」

「二つ目に、部屋へ入った時は窓の鍵が開いていたとして、出る時はどうしたのです?」

「それは本人に聞くべき事でしょう」

「……最後に、なぜ被害者は妻の姿を見て危機を感じたのです?」

「それは……」


一つ目も二つ目も、ガトレ自身、万全な回答ができているとは感じていなかった。


動機が明確でなくとも、ナウアが犯人としか考えられない状況である以上、新たに犯人を指摘するのなら、ガトレは動機から手段まで全てを明かさなければならないのだ。


そして今、最も重要なのは動機だ。


妻が夫を殺すはずがない。その考えが翻る動機を用意出来なければ、このツギハギな犯行方法を認めさせる事もできない。


ロローラが反応を見せたのはどこだった。何が怪しかった。俺は、一体何が引っ掛かったんだ?


もう一度、フギルノの話を思い返し、聴取の時を振り返り、そして、ガトレは見つけた。ツギハギな答えを紡ぐ糸の終端を。


「それは、ロローラ氏が浮気をしていたからです」

「なっ!?」

「なんですと?」


ロローラの悲鳴と、訝しげな声を出すミルモウ。ガトレは隙を突く為に、もう一手を繰り出す。


「先ほど、ロローラ氏は自身の母乳を、あの人が褒めてくれると言いましたね。あの人とは赤子ではなく、恐らくイパレア氏でもない」


ガトレには一人だけ、心当たりがあった。記憶の中に残った違和感の主は、ただ一人、異臭を漂わせていた。


「療養棟で受付をしている、黒い山羊人の男性。貴女は、彼に母乳を飲ませていたのではないですか!?」

「メェエエェェエエエ!?」


ロローラは両手を頬に当てて高い悲鳴を上げる。ガトレは思わず、自分の耳を両手で隠した。


「ミルモウ法務官も覚えているはずです。昨夜、受付で聴取を行った黒い山羊人は、失礼ながら酷い口臭をしていました。あれは山羊の乳を口にした影響かと思われます」

「つまり、浮気していた事で、夫が邪魔になってしまったと。……些か短絡的ではありますが」


顔を歪ませながら、ミルモウは手で顎を支える。しかし、どちらに乗るかは、すんなりと決まったらしい。


「これはモー隠しきれませんなあ。素直にお話ししてはどうですかな。この際、隠していた事は全て」


両手を広げて、ミルモウはロローラに促す。その様子を見て、ガトレもようやく安心できた。


あくまでも、ナウアを犯人にする事が目的ではないのだと。


「……わかりました」


ロローラは頬に当てた両手をそのままに、覚悟を決めた様に目を閉じる。そして、頬を乱雑にこねくり回してから、手を離して目を見開く。


「全てお話しましょう。ですが、答えは変わりません。私は、それにきっと彼も、決して犯人ではないのですから」


頑なな声が証言台から響く。ロローラからは既に、弱々しい姿が消え失せていた。

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