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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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聴取:零下の墓標3

居住区の入口を守っていた兵士に用件を伝え、ミルモウとガトレはロローラの住居へ向かった。


居住区の中は既に暗く、石燈籠はあるものの酒場の様な場所もなく、活気は感じられない。度々見かける夜行性のアビト族は、光る瞳孔を物珍しそうにガトレとミルモウに向けてくる。


家と呼ぶには些か粗雑な造りに見受けられる建物や天幕をいくつか過ぎ去り、ガトレとミルモウは木でできた小屋の前に着いた。


既にロローラが就寝している可能性もあったが、ミルモウが扉を叩くと、大して時間を置かずにロローラが出てきた。


「メェ? あの、どなたですか?」


すんなりと扉を開けた割に、ロローラは驚いた表情を浮かべる。誰か顔見知りが来たとでも思ったのだろうかとガトレは考えた。


「法務官のミルモウとモーします、イパレア氏についてお伝えしたい事と、お伺いしたい事がありまして、中に入ってモー宜しいですか?」

「メェ。どうぞ、中へ」


ロローラが話している時は、ガトレが酷い匂いを感じる事はなかった。山羊人だから、という訳でもなく、あの受付が特別だった様だ。


一体何を食べたのかも気になるところだが、ガトレはそれを思考の隅に追いやり、部屋の中を見回す。


モノはあまり無く、最低限といったところだ。机と椅子に衣装棚、食器棚もあるが、皿は数枚程度。


寝具の上に包まれた布からは、微かに寝息が聞こえてきた。


「大したもてなしはできませんが、お掛けになってください」

「では、遠慮なく。立ち話モーなんですからな」


ミルモウが椅子に腰掛けたのを見て、ガトレも椅子に座る。


「丁度、魔冷庫(まれいこ)が空いたところだったんですが、まだ何も買っていなくて」


二人を見届けてから、最後にロローラも椅子に腰を下ろした。魔冷庫というのは、中に気温を下げる魔術陣を描いて飲食物を長期保管する為の箱だ。


「それで、お話って何ですか?」

「モーし訳ありませんが、単刀直入に。実は、貴女の夫であるイパレア氏が、療養室で亡くなっていたのです」

「そんなっ!? 違います! 私は犯人じゃありません!」

「いやいや、貴女を疑ってここへ来たのではありません。まずは、お悔やみモーし上げます」

「……そう、でしたか。……とても、残念です」


ロローラの反応は、ガトレの予想とは異なっていた。もっと深い悲しみと、犯人への怒り。それこそが、ロローラの胸中に渦巻くのだと、ガトレはそう予想していた。


しかし、実際には、第一声では自分が疑われていると思い、イパレアの死を改めて認識した上でも、見かけ上は冷静だ。


ただ、その違和感を追及できるほどの無神経さを、ガトレには持つことができなかった。


「既に容疑者は確保しましたが、怪しい人物や物音を見たり聞いたりしていないか、貴女にモーお伺いしたいのです」

「私は、特に、何も」

「イパレア氏を見舞った後、薬草園に行ったそうですね?」

「え!? そ、そうですけど、それが何か?」


薬草園。ミルモウが出したこの単語に、ロローラは甚く取り乱した。


「いえ、薬草園側の出口は、イパレア氏の部屋の真下じゃないかと思いまして」

「た、確かにそうかもしれませんが、私は何も」

「ふむう、そうですか。窓から外に出て行く人物もいませんでしたかな?」

「は、はい! いませんでした!」


不自然に大きな声を上げてから、ロローラは寝台の方を振り向いた。聞こえる寝息は穏やかなままで、ロローラはほっと胸を撫で下ろした。


それから、ロローラは探る様にミルモウへ訊ねる。


「……あの、今更ですが、夫はどうして亡くなったのでしょうか」

「刺殺です。杖に刺されていたのです」

「メェ……。毒とかでは、ないんですね」

「何故、毒だとお思いに?」

「あ、いえ、医圏管師の方が付いているはずなので、まさか、そんな殺され方だなんて思わなくて」


ロローラは焦った様子を見せるが、確かに近くに人がいる状況が常なのだから、毒の様に陰湿な殺害方法だと思うのも自然だろうとガトレは考えた。


「ふむぅ。まあ、良いでしょう。因みに、薬草園で何をしていらっしゃったのですか?」

「メェ。何をって、どういう意味です?」


ロローラは不快そうに声音を尖らせる。ミルモウの態度は変わらず、落ち着いたものだった。


「そのままの意味です。薬草に興味が?」

「メェ……。まあ、そうですね。あまり娯楽も無いものですから」


居住区と言えど、軍の施設内である事には変わりない。元軍人でありながら、一人で子供を育てているロローラには、丁度いい心労の排出先が見つからないのかもしれない。


「なるほど。……私からはこんな所ですな」


ミルモウはガトレに目配せする。ガトレは首を振って応えた。今、この場において聞きたい事はない。


「では最後に、真相解明のため、必要であれば医圏管師の手でイパレア氏の死体を解剖させて頂きたいのですが、よろしいですかな? こちら、遺族の同意が必要となっておりまして」


ミルモウは手帳と筆記具を軍服に仕舞うと、両手を組んでロローラに意思を問う。しかし、ロローラは困惑した風な表情を浮かべた。


「遺族の、ですか? だとしたら、私にはお答えする権利がありません」

「ん? どういう事ですか?」

「私と夫は、まだお互いの両親にご挨拶も出来ていません。子は出来ましたが、正式な夫婦関係ではないのです」

「なる、ほど……。となると、イパレア氏のご両親でなければ、許可は出来ないと」

「はい。そうなるかと思います」


これまで、食肉を目的とした解体は行われてきたが、医学の発展を目指した解剖については、連合軍が組織されてから浸透した。


故に、解剖への協力自体は自然な事だったが、当然、遺族の許可が必要だと義務付けられている。


「わかりました。まあ、今回は解剖も不要でしょう」


ミルモウの考えにガトレも同意だった。死因は刺殺で間違いない。それに、裁判を明日中に起こすには、解剖の許可を得ている時間の猶予もない。


「お辛い中、ありがとうございました。それでは、私達はこれで。早ければ明日、裁判が開かれた際には、ご協力をお願いします」

「メェ。わかりました」


ミルモウとガトレの二人は立ち上がり、ロローラに見送られて小屋の外に出た。


居住区の出入り口の方へ向かい歩く二人だったが、少ししてミルモウが口を開く。


「まあ、怪しかったですな」

「私もそう思いました」

「具体的にどの点が?」

「まず、亡くなったと伝えただけなのに、殺されたと認識していましたよね。何か、心当たりがあるんじゃないでしょうか」


ミルモウがイパレアの死を伝えた後、ロローラは直ぐに私は犯人じゃありませんと、容疑を否定した。負傷で療養していたのだから、悪化して亡くなった可能性もあるのにだ。


「ただ、心当たりがあるとして、犯人ではない様にも思えました。毒で殺されたと思っていた様でしたね」

「ええ。そんな口ぶりでしたな」


だとしたら、大きな誤解だ。今回の事件に毒は関係ない。あの場に飲食物はなかったし、ナウアの話によれば、何者かに直接襲われた可能性が高いからだ。


「あとは、薬草園に対しての反応が過敏でした」

「その割に、薬草に興味があるのかという質問には、生返事でしたな」

「私は逆に、本当に娯楽のつもりなのかと思いましたが」

「まあ、その可能性モーあります」


ロローラは怪しいが、なんとも確信が持てない様な状態だ。ガトレは、ロローラが何か勘違いをしているのではないかと考えていた。


「私はモー遅い時間ですが、薬草園を見に行こうか思います。どうしますか?」

「私は、薬草園は翌朝に回します。今日のところは、他に寄るところがあるので。後ほど、現場には行くかもしれませんが」


まだ遅い時間だが、夜行性ならば起きているはずだ。ガトレはこれから向かう予定の訪問相手に、勝手な推測を押し付ける。


「ならば、ここで別れましょう。法廷で会うのを楽しみにしていますよ」

「はい。よろしくお願いします」


握手を交わす様な事は無かったが、ガトレはリザルドに比べれば、ミルモウに対して好意的な印象を抱いていた。


「はあ。早く妻の乳が飲みたい」


時折漏れる発言だけは、ガトレに理解できないものであったが。


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