聴取:零下の墓標2
断食中(飴を数粒は食べてる)は筆が遅くなる傾向にあります。断食は趣味の一つです。
「歓談中にモーしわけないが、容疑者を連れて行かせてモーらうぞ」
「はい。拘束も、ちゃんとし直して頂いて大丈夫です」
ナウアが指先を組んだり離したりして動かす。
そういえば、ミルモウに拘束魔術を使われていたはずなのに、ナウアは袖を掴んできていたな。いつの間にか、拘束が解かれていたのか。
「抵抗の意思が無ければ不要なモーのですから。それに窮屈でしょう? まあ、万が一の時に捜査士官の責任になっては問題がありますから、失礼させてモーらいます」
ミルモウは再びナウアに拘束魔術を掛け、捜査士官に引き渡す。ナウアは振り返ってガトレの方を向く。
「それでは、ガトレ様。今回は助手として力になれず、それどころか手を煩わせてしまい──」
「言わなくて良い。もう十分だ」
「──はい。すみませんが、よろしくお願いします」
ナウアは微笑みながら頭を下げる。それから、捜査士官について行ってしまった。
「じゃあ、俺も戻りますね。アリアが何もやらかしてないと良いんですけど」
デリラもヒラヒラと手を振ってから歩いていく。事件との遭遇に堪えた様子は無さそうだった。
思い返すと、イパレアを発見した後も冷静に通報していた。副門頭だからか、ピューアリアの下に就いているからか、そのどちらもかもしれないが、厄介事には慣れているのだろうな。
自然と湧いてくる敬意を持って、ガトレはデリラを見送った。
「では、我々モー聴取に行きましょうか。モー遅い時間ですから」
ミルモウに声を掛けられ、ガトレはデュアリアで時間を確かめる。今は十七と二十の時だ。
「はい。そうしましょう」
窓の外から入る光は既に弱々しくなっていた。今いる療養棟の二階廊下は、壁に灯籠が設置されているが、まだ灯火はしていない。
捜査士官の役に立つだろうと、ミルモウの後に付いていきながら、ガトレは灯籠に魔力を込めて火を灯した。
「おや、それはモー助かりますね」
「なら良かったです」
気づいたミルモウが振り返り、ガトレはまた一つ灯籠に火を灯す。
冷気も多少は収まるような気がしたが、そもそも何故、犯人は気温を下げる魔術陣を使ったのだろうか。
ストウの話によれば、イパレアの死因は腹部に刺さった杖にあり、凍死したわけではない。ならば、わざわざそんな事をする必要はないはずだ。
扉が開かなかったのも鍵が掛かっていたからであり、俺は冷気によって異常に気づいたのだから、むしろ余計な事でしかなかったと思うが。
そうした不可解な点も全て、ナウアが犯人という結論を先に置けば、法務官側が考える必要は無くなるのだろうな。
「あまり人を睨みつけるモーのではないですよ」
「ああ、すみません。気をつけます」
階段の途中、先に踊り場を降りていたミルモウに嗜められ、ガトレは左手を顎元から離して眉間の皺を緩めた。
一気に階段を降り、ガトレはミルモウの横に並ぶ。階段は南東と南西にあったようだ。
医療棟の一階は北側と東側に入り口があり、ガトレは最初、ナウアに連れられ東側から入ってきた。
また、ガトレが見渡した範囲だと北東に受付、南に療養室、北西には扉がない謎の一角がある。
受付の前には、北側のみだが長椅子が置かれており、待機が必要なら座る事ができる様だ。
天井を見上げると、既に光を放出している黄晶石が眩しい。目を細めてから、ガトレは前を行くミルモウを追いかけた。
「申し訳ありませんが、お話を伺っても良いですか?」
「問題ありませんが、どうでしたか?」
受付には二名のアビト族がいた。南側を向いた者が一名と、西側を向いた者が一名だ。
応対してくれたのは南側を向いている、黄色い目に黒い体毛を持った山羊人の男性であった。
「残念ながら通報通り、二階でイパレア氏が亡くなっていました。殺害されたモーのと思われます」
「そんなっ!? ……ロローラさんには、辛いだろうな」
「同感ですな。そこで、容疑者は確保しましたが、他に犯人と考えられる人物がいないか、お話を伺いたいのです」
「わかりました! 協力させてください!」
山羊人が意気込み、口を大きく開けて声を出す。ガトレはその呼気から不思議と、他のアビト族よりも野生味の強い不快な臭いを感じた。
草食の山羊人であれば、普通ここまで酷い口臭になる事はないはずだが。
「では、二階へ行った、あるいは二階から降りてきた怪しい人物を見ませんでしたか?」
「私は今日、十三時から二十時までの当番なのですが、受付をした人物以外は見ていませんね。途中、一時間ほど休憩していましたが、その間の事はもう一人に」
「お前の休憩中には誰も来なかったよ」
受付にいるもう一人の鹿人は、無愛想に言葉を挟んだ。山羊人は一瞬だけ振り返った後に、ガトレらに苦笑を向ける。
「あはは……。との事です。なので、二階へ行ったのはストウさん、サラエさん、ナウアさん、ガトレさん、ロローラさん、デリラさん。次に来たのが法務官の皆さんですね」
山羊人が名前を挙げたのは、ガトレがイパレアの療養室付近で会った面々のみであった。
「逆に降りてきたのは誰ですか?」
「ロローラさんくらいですね。さっき、サラエさんとデリラさんが降りてきましたけど」
「そうですか」
つまり、この山羊人が名前を挙げた以外の者が犯人である場合は、受付の目を掻い潜ったという事になる。
またも安置室で聞いた声の主が思い返されたが、ガトレは後頭部を叩いてそれを追い払った。
「例えば、二階の窓から降りる事も出来ると思うのですが、それは可能ですか?」
切り替えて、ガトレは北側の扉を見ながら尋ねる。あの扉の先には、二階の窓から降りた際の着地先となるはずだ。
「ああ、薬草園ですから、可能といえば可能ですけど、今日に限っては無理だったと思いますよ」
「それはどうしてです?」
「二階から降りてきたロローラさんが、しばらく薬草園にいたはずです。窓から誰か降りてくれば、見ていると思います」
「ついでに言っておくが、北側の入口を出入りしたのはロローラとかいう山羊人の女だけだ」
ガトレとミルモウが質問を重ねる前に、鹿人が先んじて口を開いた。
これは、ロローラにも話を聞かなければならないか。
「なるほど。ありがとうございます。ではモー一つ私から。二階の療養室の鍵ですが、外から掛けることは出来るのですか?」
「可能です。ただ、唯一の鍵は私達の後ろに今もあります。ですが、しばらく使われていませんし、誰にも持ち去られてはいませんよ」
「ふむう。後ほど、試させてモーらいます」
鍵のすり替えがあったり、合鍵を無断で作られていたりすれば、鍵の管理状況はほとんど意味がない。仮にその説を使う場合、使われた現物が手元に無ければ、証明するのも難しいところだ。
「他に何か聞きたい事は?」
ミルモウがガトレの方を見る。
一通り、聞けそうな事は聞いたと思いつつ、ガトレは一つ、気になった事を訊ねる。
「そういえば、療養室はあまり使われていないみたいですが、どうしてイパレア氏は二階の部屋へ?」
受付の前から見回すと、南側、階段の隣もまた療養室の様だった。扉の上に貼られた札にそう書いてある。
「それは、私にもわかりませんね。担当の医圏管師に聞けばわかると思います」
「そうですか」
「その質問は重要なのですかな?」
「いや、多分、大した事じゃありません」
ガトレ自身、そこまで重要な質問だとは思っていなかった。ただ、一階にも空いている療養室がありながら、二階の療養室を選んだのが不可解だっただけだ。
ただでさえ、イパレアは右足を欠損している状態なのに。
「では、質問はモー無いようなのでこの辺で。薬草園についてモー、夜目が利く者に調べさせます。また何かあればよろしくお願いします」
「はい。あまり力になれず、すみません」
「いえいえ。十分です。では」
ミルモウが丁寧に一礼した為、ガトレも倣う。そのまま、療養棟の入口に向かって歩いていくミルモウとガトレは足を並べた。
「モー次はロローラ氏を探します。居住区へ向かいますよ」
「わかりました」
落ちてきた黒に塗り潰された様な暗闇の中、点々と灯る石燈籠の灯りを頼りに、ガトレとミルモウは会話もなく、ただただ歩みを進める。




