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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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療養患者

ガトレが療養室のある棟に着くと、入口でナウアが待っていた。近寄ったガトレに、ナウアは腰を曲げて謝罪から入る。


「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「いや、構わない。顔を上げてくれ。むしろ助かったくらいだ。体調はもう良いのか?」

「はい。ひとまずは大丈夫です」


腰を伸ばして直面したナウアの顔色は、ガトレから見て平常時に戻っている。だが代わりに、顔の動きは固くなり、初対面の頃に戻った様に感じられた。


「では、療養室まで案内しますね」

「よろしく頼む」


時間は十五と二十の時。先導するナウアについて、ガトレは療養室へと向かった。


* * *


療養室の内装は医務室と似ている。六床の寝台があり、それぞれが薄布の幕に覆われていた。一つを除き、患者は誰もいない様だ。


「どもども。ガトレさんっすね」


使われている寝台へガトレ達が近付くと、足音に気付いたのか白衣のヒト族が椅子から立ち上がった。


「ああ。シマバキ=ガトレだ。君は?」


軽い調子で挨拶をしたヒト族は、黄色の瞳に緑の髪を左側に括っていた。


「アタシはマエノミ=サラエでっす。五等医圏管師やってまっす」


サラエは黄色の左目を閉じ、右手の人差し指と中指を立てて自己紹介した。


「ガトレ様。覚えてるでしょうか。昨日話した、寂しがり屋の同僚です」

「……思い出した。自分の魔力と自然魔力で、婚姻魔術を試したんだったな」


フギルノ博士から話を聞いていた時に、各々が考える現種族の成り立ちを答えた。その時、ナウアが口にしていたものだ。


「だって、毎日毎日、疲れまっすよ。慰めてくれる相手が欲しいなって思いまっせん?」


一つ話すごとに身体を抱えたり、指を伸ばしてきたりと、サラエは慌ただしく体勢を変える。


「同意を求められても困るな。同僚や上官を頼れば良いんじゃないか?」

「だって、他の人達も頑張って業務してるわけでっすよ。なのに、一人だけ甘えるって、失礼じゃないっすか?」

「そこはちゃんとしてるんだな」


サラエは配慮が出来ない人間ではない様だ。しかし、自分を慰める為の相手として、子供を生み出すのは間違っている。


「なら、我慢するしかないだろう。子供だって、親の道具として生まれたいわけじゃない」

「それ、ナウアにも同じ様な事を言われたんっすよ。けど、いまいち納得いかないっていうか。だって、自分の魔力で作ったなら、魔術と変わらないっすよ? 婚姻()()って言うくらいでっすし」

「それは、そうだが……」

「ガトレ様。その話はまたの機会に。今は優先する事があるはすですよ」


ナウアが口を挟む。言葉に詰まるガトレか、あるいはこの会話自体を見かねたのか、ガトレには判断がつかなかった。


「そうだったな。それで、そこにいる栗鼠(りす)人が、救国の英雄と同じ部隊だった方なのか?」


サラエがいた椅子は、寝台の横に置かれている。その寝台には、上体を起こした栗鼠人の男性が座っていた。澄んだ黒目に、毛並みは白と黒の縞模様が入った柄だ。


「やあ。初めまして、英雄殺し。私はスソノ=イパレア。陸圏管第二小隊の小隊長だ」

「お初にお目にかかります。陸圏管第五小隊所属、シマバキ=ガトレ小隊兵であります」


ガトレは敬礼し、既に知られているであろう身分を示す。イパレアは短く高い笑い声を上げた。


「キュクルッ。堅苦しいなあ、英雄殺し。連合軍とはいえ、別の国の人同士なんだ。作戦外の雑談くらいは、規則に縛られる必要もないと思うよ」

「……わかりました。少し、崩します。それと、英雄殺しというのも辞めてくれるとありがたいです」


ガトレの要望に、イパレアは目つきを鋭くした。


「私はね、英雄殺し。これでも、怒りを覚えているんだ。ソーラは良い奴だったよ。こんな所で死んじゃいけない奴だった」

「私も同感です。だからこそ、真相を探っているのです。ソーラ殿の同期だったのであれば、恨みを持っている人を知りませんか?」

「そんなの、たくさんいるんじゃないかな」

「え?」


それは、ガトレの予想に反した回答であった。しかし、イパレアは当然の様な顔をして続ける。


「さっきも言ったけど、僕らは連合軍に所属している。複数の国の人間が協力し、複数の国が支援をしているね。それは妖魔という共通の敵に対抗する為だけど、内部での競争は戦力の誇示にもなる。なのに、英雄なんていう桁外れな存在がいると、並以上の力程度では存在感が薄れてしまうだろう?」


つまり、力自慢が自分の力を見せつけに来たものの、名声を英雄に奪われるのが快くないという話か。


「それに、ヒト族の英雄は二人目だったからね」

「あー、救済の英雄、ハルサ=キャネイス様っすね。医圏管師なら憧れまっす」

「ガトレ様はご存知ですか? 負傷者を救いながら妖魔を壊滅させた、伝説の衛生兵です」

「ああ。まあ、知っている」


キャネイスは卓越した魔力操作の力を持っている。独自に開発した魔糸(まし)魔術により、魔力を糸の様にして扱う事で有名だ。


ヒト族が胸にある魔力循環器を損傷した場合、身体から魔力が漏れて死に向かうのは常識となっている。


しかし、キャネイスは魔糸で損傷を覆うことで漏出を止め、治療魔術での蘇生を成功させたという。

また、戦闘中に兵士らが壊滅に近い状況になった時、魔糸で負傷兵を一纏めにし守り続けたという話もある。


そうした功績により、キャネイスは救済の英雄として叙勲を受けた。


「ソーラが救国の英雄になってから、キャネイス様は別の地に派遣されたから、新参兵なら会ったことはないだろうね。あの方は凄いよ。繊細な術式を描きながら、必要最低限の魔力だけで発動するんだ。だからこそ、戦場で回復のみならず、戦闘までこなせてしまう」

「一応、魔糸術式の描き方は医圏管に残ってるけど、繊細過ぎて描くのに時間が掛かりまっす。もしも英雄が撃たれた時に、キャネイス様がいたら助かったかもしれないっすね」


それにはガトレも同感だった。

もしもあの戦場に救済の英雄がいたなら、ソーラは必ず助かっていたはずだ。


しかし、連合軍としての判断は、二人の英雄が同じ場所にいる事を良しとしなかったのだろう。


「まあ、過ぎた事だよ。そうやって、戦力を(なら)そうとした結果、貴重な戦力を失ったのだから、私は上層部の判断が誤りだったと思うけどね」

「イパレア殿、あまり、そういう発言はしない方が宜しいかと」

「ああ、ごめんごめん。刺激が強かったかな?」

「いえ、誰が聞いているかわかりませんから。一応、私は英雄殺しの疑惑があるので、見張りがついているはずです」


今まで意識して来なかったが、ガトレが一時的に自由の身となる条件として、アミヤは見張りをつけると言っていた。


いつどこで、何を見たり聞いたりしているのかはわからないが、用心に越した事はないとガトレは考えた。


「おや、だとしたら、これは聞かなかった事にしてもらおう。怪我で気の弱った兵士の世迷言だよ」

「そうだ。療養室にいるという事は、どこか怪我を?」

「情けない事に、右足を失ってしまってね。魔力と食事を得つつ、回復を待っているところだよ」


イパレアは布越しに、本来なら右足があったはずのところを叩く。よく見ると、確かにそこは布が膨らんでおらず、あるはずのものがなかった。


「ヒト族と違って、多くのアビト族は欠損部位を補うのに肉も必要でっす。食べて食べて食べまくりっすね」

「栗鼠人は雑食なだけ、まだ良いさ。種類を変えれば、食べ飽きるって事がない。草食だと大変だよ。本当に」


イパレアが丸まった尻尾を左右に振る。小隊兵という立場上、話を聞いたり立ち会ったりした事があるのかもしれない。


「あら、今日は沢山いるのねえ」


不意に、ガトレの後方から女性の声がした。

振り返ると、そこには白い山羊族の女性が立っている。着ているのは、軍服でも白衣でもない。


「あなたは?」

「彼女は、ロローラ=アムアムだよ」


ガトレの質問に答えたのはイパレアだった。ロローラが白い歯茎を見せる。


「私の妻だ」


そして、イパレアはそう続けた。

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