軍式魔術総覧
『ガトレ様、第一療養室に来て頂けませんか?』
英雄が所属していた第二小隊をどう探していくものか、と考えていたところ、ガトレのデュアリアが文書を受信した。
『何かあったのか?』
『救国の英雄が所属していた部隊の方が療養室にいます』
『わかった。すぐに行く』
ガトレはナウアが自室で休んでいるものと思っていたが、どうやら違うらしい。
それにしても、本当に優秀な助手だな。治療魔術が使えないのも気にならないくらいだ。
今の時間は十四と三十の時か。
アラクモの事件で時系列が重要になった事もあり、ガトレは気がつくと時間を確認する様になっていた。
療養室は少し距離があるが、妨害さえ無ければ問題ないだろう。そう考えて歩いていると、訓練兵に向けた講義の声が聞こえてきた。
短期間で講義内容に変化があるとは思わなかったが、最新の情報が聞けるかもしれないと考え、ガトレは足を止めて耳を傾ける。
「究謀門で発明された軍式魔術は無数にある。しかし、数を増やし過ぎては覚えられず、筆記訓練の効率に影響を及ぼす為、戦闘門では戦闘作戦時に使用する軍式魔術のみを教える事とする」
「教官、私は他の軍式魔術にも興味があります。どの様に学べば良いのでしょう」
「図書館の軍式魔術総覧を読み込め。常に最新の魔術を知りたくば、究謀門への転属を希望する事だな」
「是。ありがとうございます」
軍式魔術総覧か。確か、閲覧には権限が必要だったはずだが、今の俺の権限なら可能だろうか。一度、見ておくべきかもしれない。
「他に質問が無ければ講義を進める。これから伝える軍式魔術は、いずれも三分以内に描ける様にならなければ、訓練兵から卒業は出来ないぞ。心して学べ」
優秀な者であれば、種類によるが軍式魔術の描画は二分を切る。中隊長以上になると、片手ではなく両手で描くような者もいるとガトレは聞いた事があった。
敵の攻撃を避ける際に術式が途切れた場合、繋ぎ直す事は難しい。攻撃が来る前に描き切るか、攻撃を魔弾で牽制して描き切るかのどちらかになる以上、描画速度は重要な素養だ。
ただ、この教官の教えは脅しも入っている。ピューアリアが開発した魔道銃での戦闘が可能になってから、術式に関する評価は緩和されたからだ。
「まずは火系統、火柱魔術だな。この魔術は湿気のあるところでも発動が可能であり、安定した射程を持つ。しかし、その真価は敵の行動を阻害する事にある為、魔術陣を設置し対空攻撃として使うのが基本だ」
アラクモの事件でも使われた、ガトレにとって記憶に苦い魔術である。
発動を維持するには術式に魔力を込め続けなければいけないが、混戦時は側面や背後などの隙が増えてしまう為、対空攻撃としての設置が主だ。
「次に氷系統、冷却魔術だ。これは周囲の気温を下げる効果を持つ。作戦場所が水場の場合や、酷暑の場合に使用する。術式を一部書き換えると温暖魔術になり、逆の効果を得るぞ。しかし、周囲にアビト族がいる場合は注意しろ。気温の変化に影響される者がいるからな」
温度変化の魔術は、氷系統とはなっているが、どちらかといえば気温系統の様なものだ。
気温の変化に影響される者というのは、変温動物の性質を受け継いだアビト族達の事だろう。
「次は雷系統、雷撃魔術だ。これは単に放射状の電撃を放つ魔術だが、雷系統の術式は自身の身体に刻み込む事ができる」
自身の身体というよりは、魔力に対してだ。シズマが法廷で電撃を放った際も、掌に術式を描くことで、手から電撃を放った様に見えたのだろう。威力は落ちるが、小さく描けば描画速度の短縮にはなる。
「これを応用して、肉体の強化も可能だ。かの有名なコゲツ門頭も、千体殺しの際は肉体強化魔術を使用したと聞く。だが、加減が難しい為、軍式魔術には組み込まれていない。頑強な肉体あってこそだな」
加減というのは、肉体に掛かる負荷もそうだが、魔力総量の点もあるだろう。肉体を強化する為、常に魔力を消費しなければならないという事は、魔力欠乏を引き起こす危険性も高い。
コゲツ門頭は一体どのようにして千体殺しを成し遂げたのか、いつか聞いてみたいところだ。
「続いて土系統、土爪魔術。これは術式を通して、物質に影響を与えて爪のように尖らせる魔術だ。物理的な障壁を作る為の魔術だが、攻撃的に用いるのなら岩場で使い、岩の爪で敵を串刺しにするのが推奨される」
これは英雄が使っていた。爆発や収束など術式が追加されてはいたが。それと、シズマが灯籠を破壊する際にも、この魔術を使ったのだろう。
ただし、灯籠に刺さっているのが岩片に見える様、術式の発動前か発動後に調整して偽装したのだとガトレは考えていた。
「最後に空気系統は二種ある。軍式拘束魔術と飛行魔術だ。軍式拘束魔術については、空気を環状に固める効果を持つ。大きさを調整することで、対個人ならば両手の手首を拘束し、対複数ならば複数人の胴体をまとめて拘束する事が可能だ」
ガトレが使われ、シズマが連行される時にも使われていたものだ。妖魔に対して使う事は少ない。動き続ける相手に当てるのは難しいからだ。
「ただし、拘束の際は指も拘束する事だ。術式を描かれる余地があるからな。過去、脱走を企てた兵士を捕らえた後、指先が自由だったせいで無駄に多くの兵士が負傷した。その様な事がないように、いや、そもそも脱走は死罪だ。正規の手続きを踏んで脱隊する事だな」
正規の手続きというのは、金銭の支払だ。
法外とまではいかないが、持ち金がなく兵となった者には払うのが厳しい額であり、当事者の能力によっては追加の金銭を要求されると聞く。
この仕組みは、連合軍内の技術を盗み悪用される事を防ぐ目的もあるという。だからこそ、対象者を軍の管理下に置けない脱走は、重罪であり死罪とされる。
「そして、空気系統のもう一種が、飛行魔術だ。鳥人には不要と思われがちだが、翼の負傷時には有用だぞ。飛行魔術の仕組みは、最初に足元から空高く打ち上がる風を放ち、その後、固めた空気が上空で足場となる。利点は陸上型の妖魔を高所から狙い撃ち出来る点だな」
作戦の際、英雄が上空にいられたのは、この飛行魔術によるものだ。ヒト族の視力は取り立てて良い訳でもない為、英雄は肉体強化魔術を使用して視力も強化していたのだろうとガトレは考える。
「ただし、翼が無ければ人は飛べぬ。故に空圏管に所属するのは殆どが鳥人であるが、翼型の魔道具を使用する事で自在に空を飛んだり、軍式拘束魔術を応用して足場を作る事で空中戦を行う事は可能だ。それだけの技術があれば、鳥人でなくとも空圏管に配属されるだろうな」
英雄は魔道具を使用しなかった。ガトレの射線に飛び込んできた時も、頭から落ちてきたという印象だ。
丁度よくガトレの弾が当たった事で、英雄は地上に頭から突っ込む事なく、妖魔の方へ吹き飛んだのだが……英雄の狙いは何だったのだろう。
あのままだと地面に突き刺さっていた。ガトレの魔弾がなければ、魔力以外の物理的な力が働いていた為、地面に衝突し頭を大きく損傷していた事だろう。
何か、着地する術を用意していたのか?
「それでは、口頭研修は以上だ。これから実技に移る。まずは、それぞれの術式を教えるぞ」
「是! よろしくお願いします!」
講義の内容が実技に移った為、ガトレはその場を離れる事にした。
内容は、俺が訓練兵だった時と変わらなかったな。それに、英雄について触れられる事もなかった。
ガトレは溜息を吐くと、少し身を屈めながら、療養室に向けて歩みを進める。




