終人010
人圏管に訪れたガトレは、いつもの兎人が対応している受付の前に立った。
「あら。裁判に勝利したそうですね。おめでとうございます」
「耳が早いな」
「だって兎人ですもの」
兎人の受付は耳をヒョコヒョコと動かしてみせる。ガトレは懐から第八小隊の記録を取り出し、兎人に返却しながら真顔で返答した。
「跡書管の筆が早いんだろう」
「仰る通り。耳に早いも遅いもありませんわね」
兎人はぶっきらぼうに言う。ガトレの返しが気に入らなかったらしい。
「それで、次は何をお望みですか?」
「救国の英雄と同期だった者を知りたい。正確には、よく知る者を知りたいところだが」
「英雄殺しの調査に戻るんですね。わかりました」
「ああ。それと……」
「それと?」
「……患者を死なせてしまった医圏管師の法廷議事録があれば、それも欲しい。医圏管師の名は、シラノ=ナウアだ」
「あら、それって……いえ、わかりました」
兎人は深入りする事なく、資料を取りに奥へ向かった。
この受付の前でナウアの名を読んだ事もある。恐らく、あの兎人はそれに気づいたのだろう。
出した要望が多かった為か、ガトレは兎人が戻ってくるのに、いつもより時間が掛かった様に感じた。
「お待たせしました。まずは、いわゆる第七期として括られている新兵の一覧です。紐付けが追いついていない様で、最新の役職が記載されているかは不明ですが、ご了承ください」
「わかった。そこは直接確かめてみるとしよう」
ガトレは見慣れた封筒に入った資料を受け取り、懐に仕舞い込んだ。
「お願いします。ちなみに複製ですので、返却は不要です。それと、もう一つ。こちらは終人010の法廷議事録です。持ち出しは禁止されておりますので、この場でご確認ください」
兎人が出した資料をさっと確認する。被告人はシラノ=ナウア。探していたもので間違いなかった。扱いは殺人事件ではなく、医療事故の様だ。
ナウアはその時、衛生兵として戦場に出ており、負傷した兵士を救護した。その際、ナウアは本部に送ってから治療するべきだという上官の指示に反して、その場で治療魔術を使用。
しかし、怪我人は原因不明の死を遂げる。これが故意の殺人であったかを問う為に、軍事法廷が開かれたらしい。
結果として、事態は事故として片付けられたらしい。だが、事故と判断されるまでの過程が、記録からは読み取れなかった。どういう議論が交わされ、どういった証拠で証明されたのか、そういったものが一切記録されていないのだ。
「すまないが、この法廷議事録は不完全なものではないのか? 証拠品は何か無かったのか?」
「被害者が医圏管師への転属を希望していたという届出はありましたが、そのくらいですね。詳しくお知りになりたいのなら、当事者に聞くべきかと」
「当事者か」
代弁士は外部から雇われた者の様だ。法務官もリザルドではない。裁判長や裁判官は門頭だが、英雄殺しとは直接の関係がない事件について、詳細を教えてくれはしないだろう。
ナウアの事件ではある為、サジならばもしかしたら、とは思うが、そこまでするなら、ナウアから直接聞くべきだろう。
やはり、英雄殺しを解決するのが先決だ。
「法廷議事録はもう十分だ。また何かあれば頼む」
「構いませんけど、もうすぐ冬眠するアビト族もいますから、人手不足で忙しくなるかもしれません」
「ああ、もうそんな時期か。しかし、冬眠する様な地域と違って、軍の施設内は温かいだろう」
連合軍という特性上、色々な地域から人が集まっているが、軍施設は世界の中心に近い位置にあり、一年を通して寒暖差が激しいわけではない。
日照時間の長短はあるものの、雪が降るほどではない場所である。
「寒くなくても冬眠しないと身体の調子が整わないって言い分です。勝手ですよね。冬眠しないアビト族にも、冬眠分の休暇を頂かないと不公平ですよ」
「冬眠の間、給料が出るわけじゃないんだから平等じゃないか」
「冬眠を理由に休むのは仕方ないですけど、休みたいから休むと印象が悪いじゃないですか。不平等です」
「それは……まあ、上申してくれ」
言いたい事はわからないでもないが、生理現象に近いのだから仕方ないだろう。
「ただ、欠点しかない人間なんていないはずだ。良いところを見つけて、妥協していけば良いんじゃないか?」
ドリトザがアラクモの良いところに気づいて認めた様に、長所と短所を合わせて相殺していくのが、疲れない付き合い方なのではないだろうか。
「上申はしています。私だって性格の悪い事を言っているとは思いますが、こういう事を言うと性格が悪いと感じる事すらも気に入りません」
「悪いが、私から示せる解決策はないぞ」
「すみません。ただの愚痴ですから」
兎人は緩く首を振って溜息を吐いた。それからガトレを見上げて、事務的な笑みを浮かべる。
「聞いてくれたお礼にお伝えしますが、過去に救国の英雄が所属していた陸圏管の第二小隊は、作戦を終えて戻っているはずです。同期が残っているかもしれません。お探しになってみては?」
「そうか、助かるよ。……私は何もできないが、君が評価される事を願っておく」
「ありがとうございます」
兎人は貼り付けた笑みを崩さないまま、礼を言う。ガトレはお世辞に聞こえてしまっただろうかと考えた。
「本気でそう思っているよ。では、これで失礼する」
「当たり前じゃないですか」
ガトレが身体の向きを変えたところで、兎人は小さく呟いた。振り向くと、兎人は身体で隠しながら、ガトレに向かって手を振っている。
評価はしているが、どうも彼女自身の自己評価も高過ぎるのではないかとガトレは苦笑した。
その強かさには学ぶところがあるなと思いつつ、ガトレは人圏管を後にした。




