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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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二人の生まれ

法廷での活躍が認められたものの、英雄殺しの汚名は晴れていない。閉廷に際し理解したはずのことを、ガトレはその身を持ってわからされていた。


向けられる好奇や悪意の視線、向けられる声。それらは一日経っても変わっていない。


しかし、ただ一つ、変わった事があるとすれば──


「言いたい事があるなら堂々と言え! 英雄殺しの罪はまだ確定していないぞ!」


──頼もしい味方が一人、増えた事だろうか。


虎人の中でも恵まれた体格をしているドリトザが近くにいる事で、ガトレに足を掛けてくる様な者や、肩をぶつけてくる様な者はいなくなった。


「いや、ドリトザ。ありがたいが、俺は構わない。あまり気を張らないでくれ」


ただ、ドリトザを利用している様な気がして、ガトレには気が引けた。つい先日、都合よく利用されたばかりのドリトザを、そのつもりはなくとも自分まで利用してしまう形になるのが嫌だった。


「気にするな。友を信じるとは、お前の言った事だ。まだ、友になれたとは思わないが、アラクモの信じるお前を信じる」

「そ、それは……そうか。……ありがとう」


ガトレもまた、アラクモが信じるドリトザを信じて真実に立ち向かった以上、ドリトザの真摯な姿勢に対する抗弁が思いつかなかった。


「ドートーはいー奴!」

「ああ、本当に、その通りだ」


アラクモの人を見る目は確かだ。あるいは、アラクモの周りには良い奴が集まるのか。いや、考えるのは辞めよう。


価値を見つけた瞬間、ガトレはアラクモの側を離れなければならない気がして、それ以上考えるのを辞める。


そして、視線に晒されながら取り留めのない会話を交わしつつ、四人は食堂に辿り着いた。


* * *


食堂に入ると香草の香りがガトレ達を包み込む。人が多い時間帯の様で、厨房が忙しなくしている様子が見て取れた。


軍内には、毛繕いで体毛に唾液が付着したままのアビト族や、身体を洗う文化が根付いていない地域出身のアビト族もいる。その為、軍施設内において、閉鎖的な空間は独特な獣臭がする事が多い。


しかし、それが食事時ともなれば、耐えられないヒト族も多く、食材の臭み消し目的で使われる香草の匂いが漂う食堂は、憩いの間よりもヒト族にとって憩いの間と呼ぶべき空間であった。


恐らく今も、食事をするでもなく、休憩のつもりでこの空間に滞在するヒト族も紛れている事だろう。


「俺もすっかりこの匂いに慣れたもんだ」

「慣れると悪くないんじゃないですか?」

「まあ、そうだな。猪肉も美味く感じる」


アビト族によっては香草を嫌がる種族もいる様だが、概ね受け入れられている。軍内で香草が配布される機会もある程だ。交報門が進める異文化交流の一つなのだろうとガトレは捉えていた。


「ドリトザは今日も紅猪の肉を食うのか?」

「ああ。あれが一番美味いからな。この世から消えるんじゃないかってくらい食ってるが」

「それを言うなら俺だって、この世から植物が無くなるんじゃないかってくらい、流体固形食を食べてるさ」


食料が無くなるのではないかというのを冗談で言えるのは、とても恵まれた事だとガトレは感じる。


ガトレの故郷は小さな村であり、狩猟や採取が食料調達の主な手段である。しかし、それも妖魔がこの世界に現れてからは難易度が上がってしまった。


「まあ、無くなりませんけどね。各地で養殖や栽培が進んでますから。防衛の見返りに、軍には食料が入ってくるわけですよ」


連合軍化した際、究謀門のピューアリアと、交報門のエインダッハを中心に、農作物の栽培や生物の飼育方法に関する技術交流が行われた。


そして、得られた知識や技術は、各国に伝えられる事となり、軍が防衛を務めた際には、報酬を金銭ではなく成果物と引き換えにする事が可能となった。


ガトレの故郷も、そうした活動によって救われた地域の一つであり、今では、守られる側だったガトレも守る側の軍にいる。


「連合軍ができた事で争いも減った。……なのに、どうして英雄が殺されるなんて事が起きるんだ」

「本当に不思議です。そもそも、殺人事件なんてほとんど起こらなかったんですよ? 今回のアラクモさんの事件だって、終人014です。人が殺された事件は十四回目なんです」


それが多いのか少ないのかは、ガトレの中でも微妙な判断だったが、軍にいる人間の規模を思えば、少なくは思えた。


「魔術で人を害すには術式を描かなければなりません。ですが、用意している間に冷静になりますよ」


術式の規模によるが、相手の魔力総量が多ければ、魔力を込める余地のない魔術攻撃は防がれてしまう。


熟達した魔力操作能力があれば、限られた術式の中により多くの魔力を込めて威力を増す事は可能である。


「英雄くらいの能力がなければ、揉み合いの最中に、魔術で人を殺す事なんてできませんよ」


殺害方法を魔術に限定して、同程度の魔力を持つ相手に力押しをするのであれば、術式の中に込められる魔力の余地を増やすしかない。つまり、術式を長く、複雑に描くのが基本だ。


それは救国の英雄が用いた戦術であったが、術式描画速度も並外れていたからこそ、戦闘中に成立させる事が可能であった。


「もしも短慮に自身の爪や牙で襲い掛かれば、犯人なんてすぐにわかります。それに、半端な傷なら回復だってできてしまいます。だから、殺し切らないと殺せないんですよ」

「つまり、誰かを殺すということは、それだけの理由がなければやらないという事だな」


ガトレが遭遇した殺人犯は、シズマただ一人である。シズマは自身の強い思想に基づいてノトスを殺害した。ガトレには、理解する事ができない理由でだ。


「難しー話してるなー? みんなのご飯貰おうかー?」

「ああ、悪いなアラクモ。皆で注文しに行こう」

「いや、ここは俺とアラクモに任せろ。戻ってきたら席がない、なんて事になると困るだろ?」


ドリトザがそう言って周囲を見回す。席には空きもあるが、四人一緒に座れる席となると限りがあった。一人で座っている者を追い出すわけにもいかない。


「わかった。なら、ありがたく。俺は流体固形食で頼む」

「では、私も同じもので」

「頼まれた。行くぞ、アラクモ」

「おー、ドートーと行くー」


アラクモとドリトザは手を繋いで注文場へと向かう。身長差のせいで、二人の姿は親子に見えた。


「……ナウアの親は、良い人だったか?」

「急にどうしました?」


ガトレの唐突な質問に、ナウアは気を悪くしたというよりは、訝しげな表情を浮かべていた。


「ああ、いや。あの二人が親子みたいだなと思ってな。ナウアは、商会の友好の証として生まれたんだろう? なら、大切にはされただろうな」

「ええ、まあ。……いっそ、箱の中に閉じ込めたいくらいでしょうね」

「箱の中?」

「モノの例えです。それ程に大切だという事ですよ」


そう言うナウアの目は冷たかった。何かが悪かったのだとガトレは察したが、背景が分からず、気遣いの言葉が出てこない。


その代わりとでも言う様に、ガトレの口から出たのは自身の話であった。


「私は、そんなに大切にはされなかったんだ。右親は研究者で、左親はわからない。ただ、幼い時に村へ預けられて、そこで育った。右親とは時々会ったが、途中から会わなくなったな」


子は婚姻魔術によって生まれ、術式の右側にいる者を右親、左側にいる者を左親と呼ぶ。しかし、ガトレは片親しか知らない。


「だから、婚姻魔術という存在が好きじゃないんだ。望まずに作ったのなら、そもそも作るなと言いたい。両親がいないと、子供はそれこそ、右も左も分からなくなるんだ」


ガトレは幼い頃の自身を思い出す。

生まれた時から欠陥を抱えていたガトレは、この世界における日常生活にかなりの苦労を要した。


今では克服したと言っても差し支えないが、その欠陥は解消されたわけではない。


「私は、ガトレ様とは違うでしょうね。生まれは望まれていました。希望なんていう綺麗なものじゃなく、金に塗れた欲望ですが」


ナウアは吐き捨てる様に言った。

ガトレも同情を買おうとしたわけじゃない。そして、ナウアを気遣いはするが、同情するつもりはなかった。


ただ、ナウアがそこから続けた言葉は、ガトレの頭に刻まれた。


「それでも、私たちは私たちでしかありません。親と子は別人です。だから私たちは、私たちの人生を生きるべきです」


それは、ナウアなりの生まれに対する向き合い方なのだろうとガトレは感じた。


ガトレとは違う。ガトレはむしろ、生まれに引き摺られている。だが、ナウアの言葉を聞いて、いつか、身の振り方を考え直すのも良いかもしれないと、そう思えた。


「ああ、そうだな」


そして、今はまだ、共感の乗っていない空虚な同意を返すのだった。

久々にちゃんと連載できているので、カクヨムの登録と本作の転載を始めてみました。転載を機に改稿しているので、過去話が順次、改稿したものに更新されていくかと思います。


話の大筋は変わりませんのでご安心ください。

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