英雄被弾における第二仮説
シズマは軍式拘束術式を掛けた上で牢へ連れられて行き、軍事法廷は閉廷を待つのみとなった。
交報門の記者と、ドリトザ、アラクモを除く第八小隊は既に退廷していたが、ドリトザの処分を決める為に、門頭達による話し合いが行われていた。
そしてそれも、ようやく終わった様だった。
アミヤは裁判長の席に戻り、門頭は傍聴席へ戻る。
「さて、シマバキ=ガトレ小隊兵よ。よくぞ犯人を追い詰めた。その功績は評価に値する事」
「ありがとうございます」
第一声はアミヤからの労いであった。ガトレはそれを素直に受け取る。
「そして、ドリトザ=グレオム小隊兵よ」
「どの様な処分でも覚悟しております」
「ふむ。貴公については、行き過ぎた忠誠心が利用された形となった。しかし、まだ更生の余地はあると判断した」
アミヤはそこまで言うと、コゲツの方に視線を移した。先程まで笑い声を上げていた虎人は、満足そうに頷いた。
「よって、継続して第八小隊に所属する事。鉱人が活躍できる事を証明するのが罰とする」
「是! 一層励んで参ります!」
ドリトザが敬礼を返した。実質、何の罰も無いという事だ。恐らく、アミヤ卿の厳罰主義からコゲツ卿が擁護したのだろうとガトレは考えた。
「ふむ。二度目は無い。猛省せよ。これにて閉廷と言いたいが、シマバキ=ガトレ小隊兵。貴公の英雄殺しの罪は、未だ晴れておらぬ。この度の功績は評価するが、それとはまた別の問題である」
「是。心得ております」
「よろしい。先ほどその件についても話し合い、再度の開廷は二日後、十二の時となった。心せよ」
「是。承知致しました」
元々、与えられた猶予は三日間であった。
最初の裁判は昨日の十二と三十の時。ほぼ三日間そのままの猶予という事だ。ガトレに不満はなかった。
「被告人が同期であったとはいえ、自身とは無関係の裁判で代弁士を務める程だ。調査に進展はあったのだろうな。この機会に、英雄殺しにおける新しい仮説を打ち立てる事」
「それは……是。新しい仮説を提示致します」
ガトレは急な問い掛けに無茶だと思いつつも、法廷が再び開かれる前に仮説を話す良い機会だとも考えた。門頭には知識がある。仮説を検討してもらうのに適した相手だ。
「私が提示するのは、未知の術式による英雄殺しです」
ガトレには具体的に示す事ができない。だが、可能性は証明できる。
「人は生まれ持った魔力紋に、術式を持っている事があります。例えば、今回の法廷で犯人になりかけたドリトザ氏も、破砕の術式を持っていました」
魔力を込めたものが壊れてしまう。とても不便な術式だ。だが、ガトレには一つ疑問があった。
「しかし、ドリトザ氏は射撃訓練が出来ている。つまり、破砕の術式があるにも関わらず、魔道銃を使えているのです。これは一体、どういう事なのでしょうか」
ガトレの問いはピューアリアに向けたものだった。むしろ、他の者には回答できないだろう。
「あー、簡単な事だニー。魔力紋による術式が、魔弾に込められる様に回路を組んでるからだニー。つまり、破砕の術式を持っていれば破砕の魔弾が撃てるわけだニー」
その答えは、ガトレが期待していた以上のものだった。
「であれば、生まれ持った特殊な術式が込められた魔弾であれば、英雄を殺す事ができたかもしれません。例えば、透明な魔弾が撃ち込まれた可能性や、魔力を無効化する魔弾が撃ち込まれた可能性もあります。これなら、気付かれず、あるいは魔力が弱くとも撃ち抜く事が可能でしょう」
そのようなものが存在するのかはわからない。だが、門頭の記憶に思い当たる様な人物がいれば、犯人の可能性を訴える事はできる。
しかし、そう甘くは行かない様だった。
「確かにそうした魔力紋を持つ者がいれば可能だろう。であれば、貴公がこの場に連れてくる事だ。少なくとも、私が記憶している範囲ではその様な者はいない。貴重な術式を持つ者がいれば、門頭の間でも話題に上るはずだがな」
アミヤは真っ当にガトレの仮説を切り捨てた。しかし、まだ死んではいない。
「仮説は棄却せず保留とするが、今のままでは妄言だ。進展に期待する」
「是。必ずや次の裁判までに、証拠を見つけます」
「よろしい。本法廷にこれ以上の時間を消費する事は不可能だ。よって、本法廷は閉廷とする」
コンコン!
アミヤが打ち鳴らす木槌の音と共に、火柱と鉱人を取り巻く一つの事件は終わりを告げた。




