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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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判決:火柱と鉱人

「シズマ氏の魔道銃ではない、だと?」

「はっ! 実はシズマ氏が近くにいる時に、シズマ氏とは別の匂いを感じていたのです。それが気になっていたのですが、出所はこの魔道銃の様です」


アミヤの問いに、舌を口の中に引っ込めて姿勢を正したリザルドが答える。


魔道銃がシズマのものではない? だとしたら、魔道銃に傷がないのは、そういう事か!


「アミヤ卿! シズマ氏が所持している魔道銃は、被害者のものかと思われます!」


やはり、シズマは魔道銃を見せられる状況ではなかったのだ。ガトレは自身の推論に確信を持つ。


「ドリトザ氏は岩壁に魔弾が当たる音がしたと証言しています! この時の魔弾は、被害者の反撃だったのではないでしょうか」

「グゥルルル……」


シズマが唸る様な声をあげ始める。推論が効いている証拠だとガトレは手応えを感じた。


この点は目撃者も証拠もない以上、推論で進めるしかない。被害者の能力と状況を想像し、思い描くだけだ!


「いかに不意打ちで、かつ被害者の魔力総量が減っていても、一発の魔弾で被害者は即死しなかったはずです。そして、命の危機を感じた被害者は、咄嗟に反撃を行った」


もしも被害者の魔力総量が少なければ、この事件はシズマの計画通りに終わっていただろう。だが、そうはならなかった。


「しかし、魔力総量が多い被害者の反撃をシズマ氏がその身に受けたなら、治療が必要な程の傷が残るはずです。アビト族の多くは、ヒト族ほどの再生能力を有していませんからね」

「一見してシズマ氏に怪我はないな。という事は、被害者の反撃が外れた、あるいは反撃などなかったという事ではないのか」

「否。私は異なる考えです。被害者の反撃は外れたのではなく、逸らされたのです。シズマ氏の魔道銃によって」


準備なく突然、強力な魔弾を放たれたらどうするか。魔弾でなくとも良い。急に攻撃を受けた時、人はどうするか。


多くの者は、防御しようとするはずだ。


「銀晶石は魔力を蓄えて硬度を上げる性質を持つ。ピューアリア究謀門頭がさっき仰った言葉です。シズマ氏は咄嗟に、自身の魔道銃に魔力を込め、盾の様に構えたのではないでしょうか」


デュアリアで防ぐ事もできたはずだが、咄嗟という事であれば、利き腕が先に動いてしまうのが自然だ。それにその手は、つい先刻まで、被害者を攻撃していた手でもある。


「しかし、魔道銃で受けた魔弾の威力を殺し切れず、魔弾は逸れてしまった。あるいは、弾く様に防御したのかもしれません。そして、その時の魔弾こそが、ドリトザ氏が聞いた音の正体。岩壁を撃ったのは、ノトス氏が放った流れ弾だったのです!」

「ギギギギギギギギィ」


シズマから大きな歯軋りの音が聞こえる。

肉を裂き、骨をも砕く口内を想像したのか、傍聴席の何人かが身体を腕で覆った。


「シズマ氏の魔道銃は、反撃を受けた際に破損してしまったと思われます。だからこそ、代わりに被害者の魔道銃を所持していた。……もしもその魔道銃が貴公の物なら、使ってみる事です」


魔道銃とデュアリアは、貸与された本人にのみ利用が可能である。妖魔に奪われたり、民間人に拾得されてしまった際の悪用を防ぐ為だ。


その仕組みも今までは理解できなかったが、恐らく術式か何かを利用して、魔力紋で管理されているのだろう。


「……わ、私の魔道銃は訓練中に手本を見せた後から、故障していて使えないのだ。近々、究謀門に見せるつもりだった」

「じゃあアリアが預かるニー。トレアリアで内部の魔力を採取すれば、持ち主の判別も出来るからニー」


ピューアリアはどうでも良さそうな表情を浮かべながら、チョイチョイと人差し指を曲げたり伸ばしたりする。


遠目でもわかるほどに、シズマは汗を掻き始めていた。フサフサの鬣がペシャリと顔に張り付いていく。


「ほら早くするニー」

「くっ、うぅ……ウオオオオオ!」

「させるか!」


シズマが右腕を振り上げ、降ろそうとした。しかし、真横のリザルドが身体ごとぶつかり、シズマをよろけさせる。


リザルドはそのまま身体を這う様にしてシズマの背中に乗り、後ろに体重を掛けた。リザルドは背中から倒れゆくシズマの身体に纏わりつき、ぬるりと正面に回る。すると、いつの間にかリザルドに馬乗りされたシズマの構図ができていた。


「シズマ氏よ。否、最も疑わしき容疑者よ。貴公は今、何をしようとした? その証拠品を破壊しようとしたのか?」

「違います、アミヤ卿! て、手が滑ったのです! ……わかりました! 全てお話します!」


シズマはとうとう観念した様だ。いや、話の内容次第か。そう考えてガトレは警戒を解かない。


「このままでは話しにくい。蜥蜴人よ、私の身体からどけ!」

「アミヤ様、いかが致しましょう」

「ふむ。最早打つ手もなし。立たせる事」

「はっ!」


リザルドがシズマの身体から降りる。シズマは血走った目で蜥蜴人を睨みつつも、大人しく立ち上がった。


「語るのならば証言台に立つ事」


アミヤの指示に応答もせずに、シズマが証言台へと向かう。


「ドリトザ! 覚えておく事だな!」


先に証言台に立っていたドリトザに、シズマが恨み言をぶつける。しかし、ドリトザは全く応えていない様子だった。


「それが命令ならば軍人として従いましょう。ただし、愚かな行動を取った私の後悔として」


あくまでも、シズマの事を覚えるつもりもなければ、報復を恐れるつもりもない。言外にそう言い放って、ドリトザは法務官ではなく代弁士の側に向かう。


「俺は、ここにいてもいいか?」

「ああ、構わないとも」

「私も気にしません」

「アーは嬉しー!」

「……そうか」


ドリトザは申し訳なさの残る笑みを浮かべてから、ガトレ達と同じ方向を向いた。シズマが何を語るのか、ガトレ達は最後の証言を待つ。


「それでは、語る事。この事件における貴公の全てを」

「是。語りましょう。語りますとも。獅子人の誇りを、絶えず胸に燃やし続ける私の生き様を」


普段の話し声でも、指示をする時の声でもなく、それはまさに聴かせる様な声。演説でもするかの様に、シズマは語り始めた。


「私は誇り高き獅子人! 恵まれた体格、雄々しき鬣、高い身体能力、威風堂々とした見目と高貴な精神を兼ね備えた獅子人の雄は、アビト族の王となるべき種族だ!」

「ここは思想を発表する場ではない」


アミヤが静かに諌めるが、シズマは止まらない。


「しかし、獅子人ですら認めざるを得ない者もいた。それが、虎人、コゲツ=アンダル。領地に妖魔が現れた折、その身を三日三晩駆け回らせ、全ての妖魔を討伐せしめた。その数およそ千体。身を挺し民を救って見せた千体殺しのコゲツの名声は、獅子人の地にも轟いた!」


コンコン! 暴走するシズマの語りに、アミヤが木槌を叩く。しかし、それでもシズマの語りは止まらない。

アミヤもとうとう、諦めて聞き入る事にした様だ。


「その強さ、そして見目もまあ、獅子人には劣るが悪くない。獅子人は虎人を称え、互いに民を守る事に誇りを持つ契りを結んだのだ。……しかし、今はどうだ」


酔う様な熱を帯びていたシズマの様子が急に変わった。酩酊感が冷め、ジリジリと焦がす様な熱へと変遷していく。


「連合軍の長ではなく一角に落ち着き、それを良しとする! 惰弱なヒト族を英雄と崇め、その力に頼っている! それが王か!? 誇り高き姿か!? 断じてあるべき姿ではない!」


シズマは肘を曲げて右手の拳を上向ける。体の中からせり出す思いを、放出するかの様に。


「しかし! 私は歓喜した! 英雄の死後、ある噂が流れ出したのだ。戦闘門頭のコゲツは、鉱人を排斥しようとしている。それで良い! 足を引っ張る劣等種族は民に相応しくない! 勇ましき虎人が、王の誇りを取り戻したのだ!」

「なんという、おぞましく自分勝手な言い分だ……」


アミヤは頭を抱えた。シズマの話を頭が受け入れる事を拒否する様に。

ガトレも耳を塞ぎたがった。自身のではなく、アラクモの耳を。


「王の意志は体現せねばならない! 私の胸に誇りがある事を示さねばならない! そして私は早速、我が部隊から鉱人を排除する計画を立てた。戦闘中に複雑な指示を出して排除するというのを思いついたが、それでは愚かなヒト族が助けに行ってしまう。どう考えてみても、アイツは邪魔だった。仲間の素質がない鉱人ですら、仲間と認め助けに行くだろう。故に、障害を取り除き、その罪を被せる事にしたのだ」


ドリトザの身体が大きく震えていた。怒りか、悔しさか、そのどちらでもあり、もっと多くの感情を孕んでいる様にもガトレには思えた。


「だから、ノトスを殺したのか……」


ドリトザの声は、感情に埋め尽くされてしまいそうな肉体から、なんとか絞り出した様に思わせた。


「そうだ。そして、お前がノトスを焼いたのだ。お前が鉱人に罪を被せようとしたのだ! 私がやったわけではない! お前がやったのだ! グヮハハハ!」


シズマがさも愉快そうに笑う。


ガトレにはそれが理解できなかった。何も愉快ではない。面白くもない。ただの悪でしかない。


そうか。……世の中には、妖魔でなくとも、これ程までに害を為す者もいるのだ。

それだけを理解した。


「ウラド=シズマ」

「……何でしょうか」


シズマを呼ぶ声。ガトレには一瞬、その声の主がわからなかった。


冷たく低い声は、ヒト族の特徴がない声でも、鉱人の石を打ち鳴らす様な声でも、蜥蜴人の乾いた声でもなかった。


その他のどんな声よりも、恐ろしい。

怒りが声の形を取ったような、獅子人でさえも身の毛がよだつ、そんな声だった。


「俺は、連合軍の中で自身とは異なる者の強さを知った。ヒト族の潜在能力、鳥人の機動力、猫人の発明力、そして鉱人の魔術強化力。単純な戦闘能力で全てを計れはしない。俺の世界は広がったが、お前の世界は閉じたままだった様だ。今回の事件がなくとも、いずれ足元を掬われていただろう」


怒りの声は次第に収まっていった。その事に安心感を覚えたのはガトレだけではないだろう。


そして、コゲツもまた、人々に恐怖を与える事を良しとしなかったのだろうとガトレは感じた。


だが一方で、シズマの受け取り方は異なったらしく、萎んでいた顔に赤みが差している。


「理解した様ですね。王たる誇りを持っていれば、他の種族など守られるばかりのか弱き者達でしかない! 小隊長が私でなければ、鉱人のいる第八小隊は致命的な損害が出ていた事だろう! 世界を広げる必要などない! 世界が獅子人の元に集うべきなのだ!」

「第八小隊を守ったのはお前ではない。さっき自分で言った事を忘れたか? 鉱人を排除しようとすれば、ヒト族が助けに行って邪魔をする。そのヒト族、ノトスこそが、第八小隊を守っていたのだ。決して、お前の成果ではない」


コゲツは断言した。確定事項であると、常識であるかの様に自然で、かつ、ブレのない物言いで。


反論しようとしたシズマが、言葉を詰まらせる程度には、声に説得力があった。


コンコン! その隙を縫って、木槌が打たれる。


「もう良いだろう。ウラド=シズマは犯行を認めた。よって、ここに判決を下す」


火柱から始まった軍事法廷が終わりを迎える。

ガトレが渦中の鉱人に振り向くと、不思議そうな表情が返ってきた。


「本事件において被告人アラクモは無罪。ウラド=シズマはロロアル=ノトス殺害の罪により死罪とする。また、計画に加担したドリトザ=グレオムは門頭による検討の後、追って処分を下す事」


遂に判決が下った。

ガトレはアラクモの無罪を勝ち取ったのだ。


「やりましたね、ガトレ様!」

「ああ。まさか、真犯人の追及までする事になるとは思わなかったが」

「ドリトザさんが犯人になって終わりかと思ったのに、それを取り下げるなんて、本当に驚きましたよ」


ガトレ達の間に安穏とした空気が広がる。ドリトザは気まずそうに二人を眺めていたが、意を決した様子でアラクモに声を掛けた。


「アラクモ、本当にすまなかった!」

「何のことかわからなーけど良いよー!」

「お前、本当に、お前っていうやつは……いてくれるだけで、助かってるよ」


アラクモの適当な返しに、ドリトザもやっと笑えた様だった。


「誰か俺を助けてくれ!」


良かったと一頻(ひとしき)り安心しようとしたガトレだったが、突然の声に振り返る。


「俺は獅子人の中でも高い地位にいる者の長男だ! 俺には価値がある! 能力も優秀だ! 陸圏管の小隊長を務めているくらいだからな!」


声の主はシズマだった。まるで、自身を売り込もうとしている様だが。


「あれは、何をしているんだ?」

「さあ、何なのでしょう」


ガトレの疑問に、ナウアも首を傾げる。アラクモはもちろん、ドリトザもわからない様だった。


コンコン! 法廷を荒らす者は許さない木槌の音が鳴り響く。


「静かにする事。価値を訴えようが無駄な事。大人しく連行されるが良い」

「なっ、バカな! 俺は知っているぞ! 俺の家にだっているのだ! だから俺は──」

「貴公が何を知っていようが無駄な事。己が価値を認める前に、認められる価値観を持つべきだったな。さあ、リザルド法務官、連行するのだ」

「はっ!」


リザルドがシズマの腕を掴み連れて行こうとする。しかし、体格差もある為か、シズマの身体はその場から動かない。それどころか──


「ヌゥン!」


──シズマは腕を振り回して、リザルドの手を振り払った。そして何やら術式を描き始める。


「止めろ!」

「遅い!」


アミヤの指示に応えてガトレとドリトザ、コゲツがすぐに動き出したが、シズマの魔術が発動する方が早かった。


シズマの手元から電撃が発生し、それは真上に伸びていく。電撃はすぐに天井の黄晶石(こうしょうせき)に到達した。


その瞬間、眩い光が法廷を包んだ。一瞬の事だったが、不意打ちの目眩しに対応できた者は、シズマを除いて存在しない。


直後、誰かの走り出す音がした。考えるまでもなく、それがシズマである事を誰もが理解した。


「誰かいないか!」


アミヤの声が法廷に響く。その声は法廷内にいる全ての者に届いたが、反応できる者は一人としていなかった。


扉の開く音がする。シズマが法廷の外に出たのだ。ガトレはそう思ったが、次に聞こえたのは予想外の声だった。


「チュン?」


灯籠に刺さった石片、そこから魔力を抽出する為に法廷の外へ出て行ったチュユン捜査士官が、調査を終えて戻ってきたのだ。


「チュユン捜査士官! シズマを止めろ!」

「チュチュチュチュチュ!?」

「こんな小雀に何が出来る!」


ガトレもシズマと同感だった。あの体格差ではどうしようもない。


間も無く、ドスンという物音が聞こえた。目が慣れてきたガトレは、扉の方に目を向ける。そして目に入ったのは──


「制圧完了チまチた!」


──床に倒されたシズマと、敬礼しているチュユンの姿であった。


「ば、バカな……」

「柔術で習った足払いが役立ちまチた! 鳥人の天下が空だけだと思ったら大間違いでチュン!」


呆気に取られた様子のシズマに、チュユンは得意げな顔で返す。


「ぐゎらば! ぐゎらば! だから言っただろう。いつか足元を掬われるとな」


その後、シズマが自ら立ち上がる事はなく、法廷にはしばらくの間、コゲツの笑い声が響き続けるであった。

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