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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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犯人の証明

「私が共犯者だと? 馬鹿な」

「この犯行は計画的に行われていますが、アラクモの特徴を知らない者には考える事が不可能です。そして、第八小隊の動きを制限できる立場になければ、被害者と接触する人間はもっと増えていたはず。動きを誘導されていたからこそ、計画が実行できたに違いありません」


訓練中に体調不良になった後、ノトスと接触した者はドリトザとアラクモとシズマに限られる。別の人間が目撃していない事が不自然なのだ。


そして、その不自然な状況が意図的に作られたものだとガトレは考えていた。勢いに任せガトレが推論を畳み掛ける。


「私が考えたシズマ氏の行動を述べます。まず、訓練終了後、宿舎へ戻りノトス氏を背負う。そのまま中庭にノトス氏を置き、灯籠を破壊する。その後、食堂へ指示を出しに行き、終わった後は魔術陣を用意し、倉庫付近で事件の発生を待った。違いますか?」


今回の事件は、ドリトザが一人で引き起こすのは不可能であった。また、犯行は計画的なものであり、アラクモの特性と第八小隊の行動を把握している者でなければ実行は不可能でもある。


「その論には急所しかあるまい。ノトスを背負う? ノトスを中庭に置いた? その様な訳の分からない事をされては、ノトスも抵抗するだろう!」

「ええ、その通りです。その前提こそが、この事件において異なる事実を見せる流れ弾の発射地点となっていました。……つまり、火柱の発生前から、ノトス氏は死亡していたのです!」

「なっ!?」


コンッ! コンッ! バサバサっ! 木槌が荒々しく叩きつけられ、アミヤの大翼が荒々しく空気を薙ぐ。


「シズマ氏は証言台に立つ事! 代弁士はそれまで発言を控える事!」


法廷に好奇の波が寄せ始めていた。

英雄殺しの汚名を被った一兵卒が、鉱人の代弁士として法廷に立ち、見事に真犯人を突き止め鉱人を救って見せた。


そこで終わりを迎えるはずだった。熱は収まるはずだった。しかし、まだ裁判は続いている。

法廷に今一度噴き上げた火柱は、絶えずとぐろを巻いているのだ。


シズマが再び証言台に向かう。傍聴席から見送る者達の視線は温度感が変わっていた。


一度目は背中を押したコゲツも、今は黙して座っている。しかし、閉じていた瞼は開かれ、険しい目つきへと化していた。


多くの視線に曝され、刺されながらも、威風堂々とシズマは証言台に向かい、その場に立つ。

コンコン! 些か落ち着きを取り戻した木槌の音が響いた。


「先に言っておこう。昨日の十五時から十五と三十の時に掛けて、ドリトザ氏を目撃した証言がないかの聞き込みを手配していたが、現時点で目撃者はなし。代わりに中庭で休んでいた人物は見つかった。よって、魔術陣が用意されたのは、灯籠を破壊した前後である可能性が高い」


アミヤを通して捜査の報告が語られる。

可能性の段階ではあるが、ドリトザがノトスを宿舎へ連れて行った時には、魔術陣を用意していなかったという事だ。


結果論だが、ドリトザが犯人であるという説を取り下げたのは良かった。いや、まだ途中ではあるか。

ガトレはアミヤに頷き返して、疲労から途切れそうになる集中力をなんとか維持させる。


「さて、これを踏まえて、代弁士が口走ったのは恐ろしき事。被害者は火柱が発生する前から死んでいたと言う。代弁士よ。まずは、そう考えた根拠から述べる事」

「是。根拠として、死体の不自然な状況があげられます。魔術陣を発動したのはドリトザ氏であるのは間違いありませんが、だとすれば火柱に巻き込まれた被害者は、火柱から逃げようとするはずです。しかし、死体は仰向けに倒れて炭化していました」


この謎も一つの大きな障壁であった。被害者の魔力総量は並以上。魔術による攻撃への耐性は高いはずだった。


「魔力は勝手に身体を流れるものであり、それは意識がなくても同様です。資料によれば、被害者の魔力総量は並以上です。そして、火柱の消火は即時ではないものの、取り掛かるまでは早く、火が消えるまでに長い時間は掛かっておりません。にも関わらず被害者が炭化していたのは、火柱の威力が強いからではなく、被害者の身体に魔力が通っていなかった為だと思われます」


犯人の能力が圧倒的であったのなら、攻撃を受けた者はあっという間に炭と化していた事だろう。だが、今回に限っては、ドリトザの魔力も十全ではなかったはずだ。


「異議あり。被害者は訓練時点で体調不良であった。故に、身体を流れる魔力が弱まっており、容易に魔力を貫通できた可能性があります」


調子を取り戻したらしいリザルド法務官が異議を唱える。ガトレも普通ならそう考えていた事だろう。だからこそ、想定済みであった。


「異議あり。ドリトザ氏は魔道銃を用いた射撃訓練を行った上で、食事を途中で中断。アラクモとのやり取りでデュアリアに魔力を消費し、再度の食事では流体固形食を注文しています。魔力総量は平常時に比べて落ちていたと考えられ、火柱の威力も全力では無かったと思われます」


時系列に沿って考えてみればそうなるのだ。

訓練を終えた後、魔力は十分に補給できず、多くはないものの魔力を消費する機会が度々発生していた。


状況からして、ドリトザの魔力は万全では無かった。ガトレはそう導き出したのであった。


「異議あり。そもそも、本当にドリトザ氏は流体固形食を食べたのか? あれは植物を粉末状にしたものだろう。ヒト族以外が食べる事など滅多にない。虎人は肉食だったはずだ!」

「ドリトザ氏が流体固形食を選んだ理由は不明です。考えられるのは、中断した食事で既に充分な量を食べており、再び紅猪を頼むのに抵抗があったからでしょうか。そして、流体固形食は苦くてまずいですが、虎人であればその苦味には慣れていたはずです」

「どういう事だ?」


ガトレは一度、ピューアリアの方に目を向ける。終わりが近づいているのを察してか目覚めた彼女は、袖を捲って自身の腕を舐めていた。


ガトレの視線を追ったリザルドも、ガトレの言わんとしている事に気付いた様だった。


「気づきましたね。猫人や虎人は毛繕いをする習性があります。その際、体内に取り入れた体毛を吐き出す為に、敢えて植物を口にする事があるのです。故に、虎人であれば流体固形食を食す事は可能だと思われます」


雑食のヒト族と違って、アビト族は自然界の生物と同じく、肉食や草食といった食事の傾向がある。

ヒト族は何を食べても魔力だけ吸収し口から吐き出すが、アビト族には口から吐き出さない食べ物が存在する。


とはいえ、虎人にとって植物は、基本的に食べる目的で口に入れるものではない。つまりは──


「──後で吐き出したでしょうけど。そう、例えば、噴水の中とかに」

「チュユッ!? それで被害者は、いえ、ドリトザ氏は噴水で留まったのですね!」


跳ね上がったチュユン捜査士官にガトレは頷いた。

ドリトザの目的は、それだけではなかっただろうが。


「私も噴水の仕組みはわかっていませんが、吐き出したとしても植物の粉末ですから、水に溶けた後で見つけるのは難しいでしょうね。体毛なら残っているかもしれません」

「……念の為、捜査を手配しよう」


アミヤがデュアリアの操作を始める。

ドリトザの目撃情報を聞き込み終わったと思えば、次は噴水を調べなければならない。ガトレは自分のせいである事を理解しつつ、法廷の外にいる捜査士官に申し訳なく思った。


「本当なら、噴水の水はそのまま、火柱の消火に使う予定だったのだと思われます。ナウアが噴水の中に、未使用の魔術陣を発見しました。私とナウアが現場に通りがかった事で、使う機会がなかったのでしょう」


ガトレはナウアにデュアリアの使用を促した。ガトレの意図するところを理解したナウアは、慣れない手つきでデュアリアを操作し、噴水とその中の魔術陣を法廷に映し出した。


「そちらも合わせて確認させるとしよう。もっと早く提出するべきだったがな」

「申し訳ございません。事件との関連性について、推測も立っていない段階でしたので、提出を悩んでおりました」


実際、ガトレはこの段階に到達してから初めて、噴水の魔術陣について結びついたのだった。


「アミヤ卿。私から代弁士と問答を行う許可を。このままあらぬ罪を背負わされたのでは、私とて納得がいきません」


シズマが挙手し、アミヤに心意気を訴える。どうやら、法務官を頼る事は辞めたらしい。


しかし、法務官に頼る必要がないという事は、それなりに理論の武装は固めているという事だろうと、ガトレは分析した。


「よろしい。特別に証人の要求を許可する。代弁士は、証人からの質問に答える事」

「是。答えられる問いであれば回答致します」


証人への尋問ではなく、代弁士に対して尋問とは、本当に特別な事だ。それを認めるというのなら、アミヤも代弁士が主導権を握り掛けている現在の状況を、快くは思っていないという事だろう。


有利が失われる事を承知の上で、ガトレは軍人としての立場から、アミヤの指示に従う事にした。


「ではガトレ小隊兵に質問だ。お前は私がノトスを運び、灯籠を破壊し、魔術陣を用意したと言った。そんな事が可能か?」

「是。灯籠を破壊すれば視界は悪く、被害者の死体も魔術陣を描く姿も隠しきれます。加えて、虎人と同様に獅子人も夜目が効くので、暗くても行動に支障はないでしょう」


時系列と照らし合わせて推論を語るガトレに、シズマは低い笑い声を返した。


「ガォラガォラ……。夜目が効くのは私とドリトザに限らない。獅子人や虎人もそうだが、他者族も含めればより多くいるだろう。魔術陣はまだしも、誰かが暗がりに倒れていれば気づく可能性があるのに、誰も通らない事に賭けたとでも言うのか?」


シズマの反論は理に適ったものである。どうやら、簡単には切り崩せないようだ。より隙がない筋書きでなければ、法廷において説得力を示す事は厳しい。


推論の信用を落とす事がシズマの狙いだろうと判断し、ガトレは限られた条件の中で考えた話を構築し直す。


「であれば、シズマ氏は被害者の死体を倉庫に置き、アラクモ達が来るのを待ったのではないでしょうか。噴水に魔術陣を用意したのも、事前に計画として組み込まれていたという方が自然です。噴水付近で立ち止まるアラクモ達を遠目に見てから、シズマ氏は倉庫に置いた被害者の死体を持ち運んできた。これなら違和感はありません」

「なるほどな。……まあ、いいだろう」


納得させられたか。という事は事実なのかもしれないな。


説得力のない推論だと知らしめるのが目的である以上、隙がない推論だと判断した時点で退くつもりだろう。あとは、どこまでついていけるかだな。


ガトレは気を引き締めて、シズマの次の質問に備える。


「では次だ。ノトスは火柱の発生前に死んでいた。しかし、一体いつ死んだというのだ。私はドリトザに背負われるノトスを見た。ならば、宿舎に運んだ後で殺されたのではないか? やはり、犯人はドリトザなのだ!」


白々しい。ガトレは心の中でそう毒付いた。

体調不良で死んだのではない。その体調不良の時点で、被害者は死んでいたはずだ!


「体調不良を訴えたノトスと接したのは、ドリトザ氏とシズマ氏の二人だけで、その後に生存を確認した者はいません! ならば、ノトス氏は訓練中に殺されたと考えるのが自然でしょう!」


ガトレが叫ぶ様に突き付ける。しかし、シズマはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「……証拠は?」

「え?」

「証拠はあるのかと言っているのだ! シマバキ=ガトレ小隊兵!」

「くっ!」


獅子人の声が法廷に轟く。獣の頂点と呼ぶ声もある獅子と交わったアビト族の声は、大きく発されるだけで萎縮させる迫力があった。


「全て推論だ。目撃者はなく、証拠がない。ノトスが事前に殺されていたという証拠はどこだ。私がノトスを運び、灯籠を破壊し、魔術陣を用意した瞬間を見た目撃者はいるか? 斯様な恐ろしい計画を立てたのが私だという証明はできるのか? 否。できまい。全て憶測に過ぎない。何の力も持たない推論でしかないのだ!」


シズマの言う通りであった。ガトレの手持ちには、これ以上の情報がない。証拠がない。


苦労してここまで考えて、ドリトザがノトスに成り代わっていた事までは証明できても、そこから先は絵空事になってしまう。


故に、ガトレに必要なのは、信じる事であった。


「ドリトザ! これでいいのか!?」


舌をチロチロと出しているリザルドの近くに、ドリトザは立っている。僅かに顔を俯かせているが、悩んでいる様な表情に見えた。


「お前はアラクモに罪を着せようとした! だが、アラクモはお前を庇ったんだぞ! だから俺も、ノトスを殺したのはお前じゃないと信じている! 頼む! 証言してくれ! 企てた計画について! その全てを!」


シズマの迫力ある声に対して、ガトレの声はかなり頼りなく聞こえた。情けなく、救い様のない、だが、確かに届く声。


それは指示でも命令でもなく、依頼でさえない、懇願だ。


そして、懇願を向けられた虎人は、身体を震わせる。震わせる。震わせる。震わせ、そして。


「ぐ、ぐぅ、グゥオオオオオオオオオオ」


勇ましくいて、嘆く様に吠える声が響いた。ドリトザは両手を広げ、爪を立てる。


「ドリトザ!」


ガトレから期待を抱いた声が飛び出た。期待に沿った次の声を待つ。待つ。待ったが、声はなかった。


「ペロレロペロペロレロレロペロレロ」


声の代わりにドリトザの口から出たのは舌だった。頼みの綱である虎人は、身体から火でも出そうな勢いで、必死に毛繕いを始めたのであった。

*連載開始時点よりミステリ要素が上回ってきたので、ジャンルをファンタジーから推理に変更しました。


・私信

裁判開始頃から、いいねをくださっている読者の方、ありがとうございます!良いものが出来ているはずだという自信に繋がっています!

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