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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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検討:火柱魔術陣の準備可否

「なんと。証人であったドリトザが真犯人だと?」


アミヤは驚きに翼を一度はためかせた。バサリと音を立てた後、何本かの羽が落ちる。


「是。ドリトザ氏は、訓練中に被害者を宿舎へ送り届けています。被害者を宿舎へ届けた後に単独で行動し、魔術陣を用意した可能性があります」

「なるほど。確かに可能に思える。そして被告人には不可能とされる魔術陣も、ドリトザには可能だな」

「是。ドリトザ氏は被告人と被害者が合流した後、シズマ小隊長の元へ報告に向かっています。その道中で灯籠を破壊する事も可能でしょう」


状況から考えて、犯人はドリトザの可能性が高い。ガトレが法廷に入る前から考慮していた仮説を、ついに立証する時が来たのだ。


「ふむ。リザルド法務官よ、反論はあるか」

「はっ。……代弁士はドリトザ氏が被害者を宿舎へ運ぶ際に、中庭で魔術陣を描いた可能性を指摘しております。しかし、訓練中という事であれば時間帯は昼間です。目撃される恐れもあるのに、その様な行為をするものでしょうか」

「一理あるが、十四時以降に魔術陣に関する情報がないという事は、運良く目撃されなかったという事」


ガトレとしても、リザルドの反論が気になる点ではあった。


最後に魔術陣がない事を確認された十四時から、灯籠の破壊が確認された十七時の間は、休憩する時間帯としては中途半端ではある。その為、中庭に滞在する様な者は少なかったと思われるが、人通りが一切無かったとも思えない。


「チュユン捜査士官の調査不足の可能性もあります。が、法務官側は一度、シズマ氏に証言を求めたく。証言内容は、訓練中のドリトザ氏の動きと、破壊された灯籠について。どちらの目撃者でもありますから」

「よろしい。代弁士の主張を検証する為に、シズマ氏は証言台に立つ事」


アミヤがそう言うと、シズマが傍聴席から立ち上がった。シズマは獅子人の雄特有の、顔を覆う鬣をたなびかせ、威風堂々と証言台に向かって行く。


「ぐゎらば!」


その途中、戦闘門頭のコゲツが、豪快な笑い声と共にシズマの背中を叩いた。


「軍人として恥じぬ姿を見せつけろ!」

「是。虎と獅子の誇りにかけて」


小隊長ともなれば、戦闘門頭に顔を覚えられているようだ。立場を上げていくなら、裁判さえも利用した方が良いのかもしれないな。ガトレはそう考えた。


「それでは証人よ。まずは身分を明かす事」

「是。私は陸圏管、第八小隊長のウラド=シズマであります」

「よろしい。証人に求める証言は二点。まずは一点目となる、ドリトザ=グレオム氏に魔術陣を用意する事が可能であったかを証言する事」

「はっ。申し上げます」


シズマが敬礼する。獅子人の威風もあって、様になっているな、とガトレは感じた。


「十三と三十の時より開始した射撃訓練は、途中で抜け出す事が不可能でありました。岩壁を挟んで小隊兵を横並びにさせ、私が監督官として背後に立ち、左右に往復し見張っていた為です」

「つまり、被害者を宿舎へ運んだドリトザ氏以外は、訓練を抜け出すのが不可能だったという事」

「是。ドリトザとノトス以外に、訓練中に離れた者はおりません」


シズマの証言から、少なくともドリトザを除く第八小隊については、訓練終了までに魔術陣を用意するのが不可能であった事は証明された。


「ふむ。それと、専門外である為に訊ねるが、岩壁というのは?」

「射撃訓練の際、流れ弾を防ぐ事と訓練者に集中させる事を目的に、的まで続く高い岩壁を立てるのです。大体の小隊長は魔力の余裕がなく訓練者に立てさせますが、私は自ら人数分の岩壁を立てております」


ガトレにも経験がある。身長よりも高いくらいの岩壁を立てる為、そこそこの魔力を持っていかれた覚えがあった。


魔力総量が多い程、射撃回数も増やせる為に訓練は有利だったが、ガトレは量より質と割り切り、少ない射撃回数で精度を上げていった。


「チュユン捜査士官が聴取内容から書き起こした上面図がありますので提出致します。想像の一助になるでしょう」


リザルドがデュアリアを操作し、法務官側の机にデュアリアの画面を触れさせる。すると、法廷内に対象の上面図が大きく投影された。


挿絵(By みてみん)


「デュアリアはこんな事もできるのですね」


ナウアが感嘆の声を上げるが、ガトレも驚いていた。前回の法廷でも使用されなかった機能だ。


「私も初めて知った。法廷に関する動き方では、やはり法務官に分があるな」

「デュアリアに記録しているものならば、魔力を消費し続ける代わりにこの様な事が可能だ。ふん。覚えておくんだな」

「あ、ああ。覚えておく」


ナウアと話していたつもりが、リザルドからの補足も入り、ガトレは動揺しながらも返事をする。まさか、敵が有利になるかもしれない事を教えてくれるとは、ガトレも思っていなかった。


「あ、ガトレ様。でしたら、私も噴水で見つけた魔術陣は記録してありますので、必要になれば教えてください。映せるか試してみますから」

「わかった。必要になったら頼む」


ナウアが見つけた魔術陣は発動前だったとの事から、使う機会があるかはわからないが。


「この上面図は訓練時の様子を聴取したものであり、被害者の位置はドリトザ氏が発見した時のものとの事です。各自ご確認頂けたかと思われますので、そろそろ取り下げます」


リザルドがデュアリアを机から離し、法廷に映し出されていた上面図が消えた。


「ふむ。出入口も一つであり、シズマ氏の証言通り、訓練中に抜け出す事は不可能であろう。ドリトザ氏が訓練に戻るまでの時間はいかほどか」

「ノトスが倒れた頃が、大体十五時でありました。そして、ドリトザがノトスを連れて行ってから、訓練に戻るまでの時間は、およそ三十分程だったかと思われます」


三十分。訓練場から宿舎までの距離は離れているが、走れば片道でも十分程度で移動は可能だろう。能力適性の資料によれば、ドリトザの術式描画速度は並以下だが、今回使用されたのは軍式魔術であり、軍人なら使い慣れたものでもある。


「代弁士側は、三十分ほどあれば往復と魔術陣の用意は可能だったと考えます」


ガトレは挙手をして自身の説を推していく。

アミヤは考え込んだが、やがて頷いた。


「可能性は高い。念の為、検証は必要であろう。手の空いている捜査士官に検証と、昨日の十五時から十五と三十の時に掛けて、ドリトザ氏の目撃証言がないか、聞き込みの手配を進める」


そう言ってアミヤはデュアリアを操作する。恐らく、デュアリアの文書機能で、捜査士官に指示を送っているのだろうとガトレは判断した。


「法務官側にも反論はありません。検証の結果次第と言えるでしょう。しかしながら、灯籠を破壊した事の説明がつきません。自然に考えれば、魔術陣を描く姿が目撃されない様に、灯籠を破壊したものと思われます」

「異議あり。灯籠を破壊した目的として、魔術陣に気づかれない様にする意図があったとも考えられます。よって、目的は必ずしも、魔術陣を描く瞬間を隠す為ではなかったのではないでしょうか」


ガトレにはアラクモから聴取した情報がある。被害者のノトスは、火柱が上がる直前にアラクモを突き飛ばした。

つまり、直前で魔術陣に気付いたという事だ。言い換えれば、直前まで気付かなかった。


だとすれば、残る問題は被害者を魔術陣まで誘導した方法と、魔術陣を発動した方法の二点に絞られる。


しかし、このままでも裁判に勝てる可能性はあるのだ。二つの問題を解決せずとも、犯行を実行できた可能性が高いという事さえ証明できれば、少なくともアラクモの罪は晴れるだろう。


加えて、ガトレにはまだ、ドリトザを追い詰める切り札が残っている。


「法務官と代弁士の主張から、議題を灯籠に変える必要があると判断する。証人は灯籠について証言を行う事」


アミヤが灯籠の目撃証言を促す。シズマは頷き、証言を始めた。


「私は倉庫がある方面に向かう途中でした。倉庫でアラクモとノトスが来るのを待とうとしたからです」

「理由は指示がこなされたかの確認と、ノトスの体調を確認する為と聴取しております」


リザルドがシズマの証言を補足する。それはガトレも昨夜、聞いていた部分であった。


「是。空は暗転し辺りも暗くなっており、石灯籠や置き灯籠の灯りが頼りでした。しかし、中庭で一箇所だけ暗いままの場所があり、違和感を覚えたのです。獅子人は夜目が利くものですから。虎人もですが」


シズマは自慢する様にニヤリと笑みを浮かべた。

途端にナウアがガトレの方を向く。表情には嫌悪感を露わにしていた。


「ガトレ様。私はあの人を好きになれそうにありません。さっきの岩壁の時もそうですが、何かと自身の能力を誇っている様な気がしませんか?」

「まあ、誇るだけの能力を持っているのは確かだ。羨ましい限りだな」


シズマが誇っているほとんどの点は、獅子人として生まれ持った能力であったが、それが逆に、ガトレからすると恨めしく思えた。


「チュユン捜査士官の聞き込みによれば、十七と二十の時にも、究謀門へ向かう途中だったヒト族が気づいている。ちなみにこの目撃者は、シラノ医圏官師に人手として駆り出された者だ」


という事は、火柱の消火時に集まった者の一人か。しかし、その一人だけとなると、やはり人通りは少なかった様だ。


「ナウアが連れて来たのは五人だったな。その内の二人はドリトザとシズマだが」

「二人くらいは寝起きみたいでしたし、アビト族だったので夜行性でしょうね。なので、残った一人のヒト族だと思います」


遅い時間に究謀門へ向かったとなると、振り回されている系統の者かもしれないな。そんなところで事件にも巻き込まれたとあっては災難な事だ。


「代弁士側から証人に質問はないか?」


ガトレには、特に得られる情報はない様に思えた。一つ、確認しておくならば程度に、ガトレは訊ねる。


「念の為、十七時以降のシズマ氏の動きを教えてくれませんか? 事件が発生する一時間後まで、周辺にいた様ですから」

「……動きという程ではない。私は倉庫の近くで、ずっとドリトザが来るのを待っていたのだ。……しかし、奴は現れなかった」

「なんですって!?」


ガトレは思わぬ証言を引き出せた事に驚く。思い返せば、シズマはそもそもドリトザに指示を出していたのだ。ノトスの体調を報告せよと。


しかし、ドリトザからの報告はなかった。


「ふむ。という事は、被告人と被害者の合流後、離脱したドリトザ氏には自由な時間があったという事」

「アミヤ卿! 代弁士側はドリトザ氏への尋問を要求致します! 内容は被告人らと別れた後の行動についてです!」


ガトレはここぞとばかりに要求を畳み掛けた。

ここで決定打を与えてドリトザ犯人説を立証する。そして、チュユン捜査士官が連れて来た証人の証言により、アラクモには灯籠が破壊できなかったと証明できれば、アラクモの疑いは拭えるはずだ。


「よろしい。ここまで来ては、ドリトザ氏を疑う他あるまい。ドリトザ=グレオムよ。証言台に立つのだ」


見えなかった道が見えて来た。

そう、ガトレには、確かな感覚があった。アラクモを救う為に伸ばした手が、真実を掴んだ様な感覚が。

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