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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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鉱人の証人

「先ほど、魔術陣は十四時頃までは無かったと伺いましたので、その付近の話をします。第八小隊は次の戦いに備え、十三と三十の時から射撃訓練を行なっておりました。終わったのは十六と三十の時。その後に夕食を摂りました」


魔力を消費した後は食事を摂る。食事は魔力に変換される為、消費に追いつかなければ魔力欠乏を引き起こしてしまう。


ガトレは昨日の昼から食事を摂っていなかった事を思い出した。

デュアリアで消費しているが、まだ問題はない。この法廷が終わったら、流石に食堂に行かなければな。いつも通り、流体固形食だ。


「夕食の途中、シズマ小隊長からアラクモに指示がありました。宿舎へノトスを迎えに行き、共に訓練に使った器具を倉庫へ片付ける様にと。また、ノトスの様子を見てからシズマ小隊長へ報告する様にと、私も指示を受け同行致しました」


夕食の途中ということは、アラクモとドリトザは部隊から孤立した事になる。行動を把握できたのはドリトザのみか。


それにしても、夕食を終えれば宿舎に戻るだけだと思うが、わざわざ夕食の途中に指示をしたのか。

ガトレはその違和感を突いてみる事にした。


「証人に質問です。小隊長からの指示は夕食の途中だったとの事ですが、夕食後でも良かったと思わなかったのですか?」

「愚問だ。上官の命令と思想は絶対である。疑問を覚えるという発想自体が私にはなかった」

「……そうですか。わかりました」


敬うどころか蔑む様な口調も相まり、まるで軍人の鑑だなと思いつつ、ガトレは法廷へ入る前に、ナウアから聞いた話を思い出した。


そういえば、ナウアの聴取によれば、小隊長のシズマも鉱人排斥に肯定的だったな。わざわざ食事中に片付けの指示をしたのは、アラクモに対する嫌がらせの一つかもしれない。


ガトレは傍聴席にいるシズマの姿を探す。見つけたが、シズマはガトレには気づかず、ドリトザを注視していた。


「それでは、証言を続ける事」

「是。宿舎に到着後、私はノトスと会い、体調に問題がない様に見受けられた為、アラクモと倉庫へ行く様に伝えました。それから私はシズマ小隊長の元へ向かった為、以降、アラクモの動向は把握しておりません」


ドリトザはアラクモとノトスと別れた。つまり、ドリトザには自由に行動できる時間があったという事だ。

ドリトザが犯人だと疑っているガトレは勝機だと判断したが、先に口を開いたのはリザルドだった。


「アミヤ様。今の証人の発言から、被告人は被害者と二人きりでいる瞬間があった事は明確です。つまり被告人は、事前に魔術陣を用意したのではなく、被告人と行動を共にしてから魔術陣を用意した可能性が考えられます」


リザルドの言い分も可能性としてはある。だが、被告人はアラクモだ。その論は通らない。ガトレはここが反撃の機と見る。


「異議あり!」


ガトレは手元から資料を取り出し見せつける。人圏管で借りたものだ。


「ここに第八小隊の戦闘適正の記録があります。記録によれば、アラクモの魔術描画速度は最低水準。魔術陣を描いている間に、被害者には逃走が可能です!」

「異議あり」


しかし、リザルドも挙手し、余裕を取り戻した表情で異議を唱える。


「代弁士の論は、被害者が被告人の殺意に気付いた場合に限る。例えば、被告人が魔術陣を描く練習をしたいと言えば、被害者も付き合っただろう。被告人の魔術描画速度が遅ければ尚更だ!」

「ぐぅっ!」


反撃として用意した証拠が上手く利用されてしまい、ガトレは思わず呻き声を上げる。


「法務官の言い分は理に適っていると言えよう。代弁士よ、反論があれば述べる事」

「…………」

「ガトレ様、なんとか立て直しましょう! まだ裁判は終わっていません!」


何も返せないガトレを、ナウアが励まそうとする。


「あ、ああ。しかし……」


一体どう反論すれば良いんだ。リザルドの論は筋が通ってしまっている。アラクモは絶対にそんな事はしない。だが、証明できる証拠がない。


「代弁士よ。反論がないなら被告人の犯行と判断する。よろしいか?」

「否。少しお待ちください」


アミヤからも追い討ちが掛けられる。


何か、突破口を見つけ出さねば。


そこで、手元の紙に何かを必死に書き込んでいたナウアが、それを掴んでガトレに押し付ける。


「ナウア?」

「……ガトレ様。一度、証言の内容から時系列をまとめてみました」


ナウアがガトレの目を見据える。救いを求める様に。


「これで何か、気づく事はできませんか?」

「ナウア……」


ナウアからすれば、アラクモは少し話しただけの知り合いでしかないはずだ。だというのに。

ガトレは流れそうになる涙を堪えて、口の端を吊り上げた。


「感謝する。任せろ!」


時間という見えない存在も、視覚化すれば何かが見えるかもしれない。ガトレはそう考えて、ナウアから渡された紙を目の前に広げる。


挿絵(By みてみん)


「……これは」


ガトレは暗闇に差す一筋の光明を見つけた気がした。しかし、その光の先までは見えない。もしかしたら、まやかしの可能性だってある。


だとしても、最早、守るだけでは戦えない。既に、アラクモが犯人ではないと否定するのが困難な状況だ。

であれば、一か八かだとしても、攻めなければ。道は切り開いてから作れば良い。そう、ガトレは決断した。


「代弁士側より反論致します」


まずは光がある方へ進む。それが最善であると信じて。


「本事件において、現場付近の灯籠が破壊されていた事は無関係ではないと考えられます。ここまでは前提としてよろしいでしょうか」

「ふむ。火柱の周囲の灯籠のみ、火柱の発生前から壊れていたというのだ。関係はあると考えるのが自然だろう」


アミヤはガトレの話を肯定した。ガトレは返答の代わりに頷くと、ナウアが用意した時系列を手に、反論を続ける。


「ここに証言を整理した時系列があります。証言によれば、十六と三十の時から第八小隊は夕食を摂りに食堂へ行き、被告人とドリトザ氏は食事の途中に小隊長から指示を受けています」

「異論はない。続けて述べる事」

「是。被告人とドリトザ氏はその後に宿舎の被害者と合流し、被告人と被害者の二人が共に行動を取りました。被告人が灯籠を破壊したとすれば、この二人で行動をしていた時となるでしょう」


ここまでガトレが話すと、リザルドが反応を見せた。二股の舌が鼻にペタリと張り付き、リザルドの目も見開かれる。

そのまま、舌が吹き飛びそうな勢いでリザルドが笑い声を張り上げた。


「ゲッゲッゲ! まさか貴様、次は被害者の目の前で灯籠を壊したのはおかしいとでも言うのか? ゲヘッゲヘッ! 鉱人が特異な行動をしても何もおかしくないだろう!」

「いかに鉱人と言えども、脈絡もなしに灯籠を壊せば違和感はあると思います」


ガトレが否定すると、リザルドは身を乗り出して揚々と声を上げる。


「鉱人がどの様に灯籠を破壊したかなど、どうでも良いことだ! 事件は起き、出来たのは被告人。ならば手段がわからずとも答えは明白だろう!」

「いいえ。実は被告人には、十七時までに灯籠を破壊する事ができなかったのです。被害者と合流するまではもちろん、被害者と合流した後もです」


ガトレがその事に気付けたのは、ナウアが整理した時系列を見たからだ。アラクモの当日の動きは今や、ほとんど明かされたといっていい。


「ゲッゲ。唯一の証人であるドリトザ氏は離脱したというのに、証拠でもあるのか?」

「リザルド法務官。あなたも知っているはずですよ。あるいは意図的に隠しているのですか?」

「…‥なんのことだ?」


ガトレにはリザルドがとぼけているのか、本当に記憶にないのかの判断はつかなかったが、どちらにせよ好機と見た。


「私が今日、チュユン捜査士官から聞いた話によれば、アラクモと被害者は昨日、食事を摂っていたそうですよ。それも、二人が合流した後にです」

「なんだと?」

「糧圏管の担当者が覚えていたと言っていました。なんなら、チュユン捜査士官に確認の上、担当者を証人として召喚して頂いても構いません。十七時付近の目撃証言が得られれば、被告人に灯籠の破壊は不可能だったと証明されるはずですから」

「ぬ、ぐぬぬぬぬぅ!」


リザルドの顔が赤く染まっていく。それはガトレが昨日見た火柱の様であった。

そして頭頂部まで赤く染まり上がると、ドン!と力強く机を叩いた。


「チュユン捜査士官!」

「チュ! はいっ!」

「何故その話をしなかった!」

「チュ、チまチた! ですが取るに足らないと……」

「口答えをするな! すぐに目撃者を証人として呼んでこい!」

「チュチュッ! はいぃ!」


チュチュチュチュチュ!と鳴き声を上げながらチュユン捜査士官が法廷を出ていく。鳥人らしく、パタパタと羽をばたつかせて飛んで行ってしまった。


「ふぅ、ふぅ……」


俄かにざわつき始めた法廷で、激昂したリザルドは、肩を上下させて呼吸を荒くしていた。

ガトレはなんとか一つ壁を乗り越えたと嘆息を吐く。


「ガトレ様、流石でした。英雄殺しの裁判を乗り越えただけありますね」

「いや、ナウアのお陰だ。チュユンの話を思い出せて良かった」


時系列を見て初めに抱いた違和感は、食堂に向かった十六と三十の時から、事件が発生した十八時まで、時間が空いている事だった。


アラクモが被害者と合流した後に魔術陣を描き始めたと考えれば、その違和感は解消されてしまうが、ガトレはアラクモを信じていた。


そこで空白の時間に何があったのかと考えたところで、ガトレはチュユンから聞いた話を思い出せたのだった。


「ぐぅ、ぐぅ、ぐぅおおお!!」


突然響いた声にガトレが警戒する。その出元はリザルドであった。


「お、おい! 一体何を」


リザルドは凄まじい速度で何らかの術式を描き出す。誰も止められず、衆人環視の中で描き上がった術式に、リザルドが魔力を込めた。


「グアアアア!」


魔術が発動した途端、リザルドの尻尾が切断され、苦悶の叫び声が上がる。


「なっ、ナウア! 治療を!」


尋常でない事態だと感じ取り、ガトレは咄嗟にナウアに指示を出した。


「え、あ、え、いや、あの、私は」


しかし、ナウアは急に口籠もり、身体を震わせて一歩ずつ退いていく。


「ナウア……?」


不審と心配が混じった思いを乗せて、ガトレは一歩と右手をナウアに伸ばす。


「不要だ!」


そこへ、リザルドの声が挟まった。ガトレが振り向くと、リザルドの尻尾が切れ目から生え始めている。


「心配は…ふぅ…無用だ。蜥蜴人の尻尾は魔力で再生する。尻尾に限り、再生能力はヒト族よりも早いのだ」

「そ、そうなのか。……しかし、何故そんな事を」


先程まで真っ赤になっていた表情からも赤みが消え、むしろ青ざめても見えるリザルドにガトレが問う。


「冷静になる為だ。自然界の蜥蜴は、心労を抱えると自ら尻尾を切るらしい。蜥蜴人も同じだ。こうすると、痛みで覚醒できる。それに、心労が切った尻尾に全て移ったような気になるのだ」

「それは、思い込みの気もするが……いや、わかった」


ガトレはその迫力に何も言えなかった。実際、リザルドの話し方は落ち着きを取り戻している上に、顔色も自然になってきているのが拍車を掛けた。


「法廷の皆様にはお詫び申し上げる。大変失礼致した。どうか気を取り直して頂きたい」


リザルドは周りを見まわしながらそう言うが、誰も何も言わなかった。正確には、言えなかったのだろう。


代わりに、法廷を代表するかの様に、アミヤが口を開く。


「リザルド法務官が正気であるのなら何も言うまい。ただし、法廷において無断で魔術を使用する事は悪しき事。故にくれぐれも自重する事」

「はっ! 以降、注意致します」


一波乱はあったものの、法廷が平常になり、ガトレはようやく意識をナウアに向けられるようになった。


「ナウア、さっきはすまなかった。少し、態度が威圧的だったかもしれないな。次からは気をつける」

「あ……いえ、その、気にしないでください。悪いのは私ですから」


ナウアは、似つかわしくない誤魔化すような笑みを浮かべた。


「いや、本当に嫌ならそう言って良いんだぞ。私は上官でもなんでもないんだ。逆らったところで罰は下らない」

「いえ、違います。そういうのではないんです。……あの、この事は機会があれば話しますから。今はどうか、アラクモさんの裁判に集中してください」

「……わかった」


ガトレには機会を設けてまで話す様なものには思えなかったが、ナウアの触れてほしくなさそうな雰囲気を察して追及はしなかった。


コンコン!


急に木槌の音が響く。法廷の全ての視線が裁判長であるアミヤの方へ向いた。


「新しい証人が来るまで、法廷を止めるのも良からぬ事。代弁士よ。このまま被告人に犯罪が不可能だったと証明した後、この事件が未解決に終わると困るのだ」

「……それは、理解しております」

「よろしい。捜査士官が再捜査の上、犯人を見つけられたなら喜ばしい。だが、ほとんどの情報が出揃っている法廷で答えが出なければ、犯人に至らない可能性も高い」


ガトレには、アミヤが言おうとしている事がわかっていた。それこそが、光明の先にある見えない道だ。


「故に、貴殿の能力を評価した上で問おう。この事件の犯人が誰か、見当はついているか?」

「……是。恐れながら申し上げます」


ここからだ。

踏み出せばもう、進むしかない。真実を貫くまで、突き進むしかないのだ。

一度放たれた弾丸は止まらない。戻る事はない。ガトレはその事を嫌というほどにわかっている。

それでも、放つしかない。


「代弁士側は、陸圏管第八小隊所属、ドリトザ=グレオム氏が真犯人だと主張します」


今ここに、引鉄は引かれた。


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