開廷:火柱と鉱人
「それではこれより、鉱人アラクモを被告人とする軍事法廷を開廷する」
アミヤによる開廷の宣言により、裁判は開始した。ガトレの裁判と同様に、裁判長はアミヤ、裁判員は各門頭の様だった。
ガトレの裁判と異なるのは、傍聴席にいるのが賓客のみではなく、第八小隊の面々がいる事、そして交報門所属の記者がいる点だ。
「リザルド法務官よ、初めに事件のあらましを説明する事」
アミヤに促され、ガトレと対極の位置に立っている蜥蜴人が頷く。昨夜、ガトレ達に聴取を行った蜥蜴人だ。
法廷で立っている者は、ガトレとナウア、そして法務官であるリザルドの3人のみ。ガトレ達からはリザルドの様子がよく見えた。
リザルドはギョロついた目を動かして手元の資料に視線を落とす。
「事件が起きたのは昨夜、十と三の日、十八時頃。軍内中央棟にある憩いの間において、突如として火柱が発生。これを陸圏管のシマバキ=ガトレ小隊兵と医圏管のシラノ=ナウア五等医圏管師が目撃。シマバキ氏は火柱の元へ向かい、シラノ氏は人手を探しに回りました。そして、シマバキ氏が火柱の元に被告人であるアラクモ氏を発見。火柱をシマバキ氏の術式と後から訪れたウラド=シズマ小隊長の魔術により消火後、火柱の発生場所から炭化した死体が見つかったものとなっております」
淡々と読み上げたリザルドは手元の資料から目を離し、アミヤに向き合うと「以上です」と述べて締め括った。
「状況がわかりやすい良き説明であった。それでは続いて、説明した状況から起こったとされる事件と、法務官としての見解を述べる事」
「はっ。炭化した死体については、焼け残ったデュアリアと集めた証言から、陸圏管第八小隊所属のロロアル=ノトスと断定。火柱により殺害されたものと考えます。よって、ただ一人その場にいた鉱人アラクモを犯人と断定し、殺人事件として起訴致します」
ガトレは朗々と述べるリザルドの様子を見て、昨夜の聴取時に感じた嫌らしい態度と今の態度は異なると感じた。恐らく、正透門頭のアミヤがいるからだろう。
「法務官の見解は了解した。続いて代弁士の見解、あるいは主張を述べる事」
アミヤがリザルドに向けた視線を切り、ガトレの方に視線を投げかける。
「是。代弁士側はこの事件の犯人がアラクモではないと主張します。よって、法務官に対し徹底抗戦の立場を取ります」
「ふむ。そうであろうな。酌量を求めぬとは潔き事。しかし、法廷を何度も開く事は出来かねる」
そう言ってアミヤが顔を向けた先には、ピューアリアがいた。手足をだらりと伸ばして、この場に似つかわしくない姿勢を取っている。
「我々も多忙な身である。英雄殺しの件とは同等に扱わない事を理解せよ。故に、此度の法廷で身の潔白を証明できねば、被告人の処刑は確定する」
「是。承知致しました。必ずやアラクモの無実を証明致します」
「よろしい。これで互いの主張は明らかとなった」
アミヤに一礼して顔を上げたガトレの視界に、ニタニタとした表情を浮かべるリザルドが映った。
その表情、すぐに青ざめさせてやるぞ。ガトレの決意が一層強まる。
「では、これより代弁士と法務官は論争を交わす事。その結果により我々が判決を下す」
「はっ。早速、法務官から証人を出廷させます。許可を」
「よろしい。許可する。代弁士は証人の発言に質疑や反論があれば唱える事を許可する」
「是。承知致しました」
早々にリザルドが証人を呼び出す事になり、ガトレは流れに従い返事を返す。横からナウアがガトレに囁いてきた。
「ガトレ様、先手を取られてしまいましたね」
「ああ。だが好都合だ。まだ私たちは事件の全貌を見通せていない。反撃しつつ、隙を見つけよう」
現状、ガトレが突かれると辛い点は、アラクモ以外に犯人となり得る人物がいた事を証明しなければならないところだ。
アラクモからも真犯人の目撃証言がなく、どの様にして魔術陣が起動されたのかも不明だ。何より証拠がない。
「証人は身分を明かす事」
アミヤの声がガトレの耳朶を打つ。
ガトレの意識が法廷にない間に、証人は既に入廷していた。現れた証人は、ガトレが中庭で出会った捜査士官、雀の鳥人であった。
「はいっ! 僕はカグヤギ=チュユン。正透門所属の捜査士官であります!」
緊張のせいか早口気味で話すチュユンの様子を見て、傍聴席には微笑する者も何名かいた。ただ一人、法務官のリザルドが浮かべたのは嘲笑であったが。
「よろしい。では、証言を続ける事」
「はいっ! まず、火柱については軍式魔術。魔術陣が使われていまチた。魔術陣の一部が描かれた土片も辺りに散らばっていまチたので、間違いないチュン」
ここまではガトレも知っている情報だった。実際に現場でも目撃した事だ。
チュユンは息を継いでから証言を続ける。
「魔術陣は地面に直接描かれたと思われまチた。そうすると草むらが邪魔ですが、十四時頃までは草むらに異常がなかった。そう聞き込みチまチたチュン。ただ、十七時の時点で異常あり。火柱が発生した付近の灯籠が壊れていたらチいです」
これは、ガトレも初めて聞く情報だった。恐らく、灯籠が事件前から壊れていた事について、ガトレが可能性を指摘した後に、チュユン側でも調べたのだろう。
「きっと、事前に灯籠を破壊。そうすれば事前に用意した魔術陣は見つからない。そんな考え。浅慮。愚蒙。無知。だけどもあとは、被害者が魔術陣に乗ったら術式を発動チただけでチュン」
「その発言、お待ち頂きたい!」
「チュアっ!?」
ガトレが証言を遮ると、チュユンはようやくガトレに気付いた様だった。代弁士というのは知っていたはずだが、アミヤばかり見ていたのだろう。
「証人はこう言いました。被告人が魔術陣を事前に用意し、灯籠も破壊したと。であれば、魔術陣は暗闇の中にあった事になる。しかし、鉱人は特徴的な鉱石体を除けばヒト族に近く、夜目が利くわけでもない。よって、夜間における魔術陣の発動は不可能であったと主張します!」
「そ、それは……」
「異議あり!」
口籠るチュユンに代わり、声を挙げたのはリザルドであった。表情には余裕を湛えている。
「代弁士は鉱人の特徴が鉱石体であると認めている。ならば、鉱人の鉱石体に魔力を込めると光を放つ事実から目を逸らしてはいけない。被告人は暗闇の中で、自身の鉱石体に魔力を込めて光源としたのだ!」
「ぐっ!」
魔術陣に魔力を込めれば光を放つ。それは、鉱人の鉱石体も同様である。また、中にはそうした特性を活かし照明として使われる鉱石もある。灯籠程には普及していないものの。
しかし、ガトレは、そうした知識を持っていた。鉱人の特性については特にだ。訓練時もそうだし、昨夜、アラクモが水振魔術を使った瞬間にも見ていたのだから。
しかし、ガトレの頭からそれが抜けていた理由は一つ。
「ですが、私とナウアは昨夜、光を目撃する事はありませんでした! ナウアが被告人の声を聞き、辺りを見渡すも暗闇であり、それは火柱が上がるまで変わりありません!」
「それを証明できようか。代弁士とその助手による目撃証言など、被告人にとって有利に取れるものになって当然だろう」
「そんな馬鹿な!」
ガトレは自身の目撃した状況から思考を進めていた。それ故に、アラクモが犯人となり得る状況証拠について検討が漏れていた。その事に、今更気付いてしまった。
「法務官の発言に理があるな。たとえ目撃者であろうと、代弁士になった時点で、全ての証言に信が問われると理解せよ」
「……是。承知致しました」
ここで不服を示すだけではどうにもならないと、ガトレは甘んじて受け入れる。別の切り口を用意しなければいけないと判断した。
「代弁士よ。他に反論や質疑はあるか?」
「是。あります。証人は魔術陣を事前に用意したと発言しましたが、そもそも被告人に魔術陣を用意する事は出来たのでしょうか」
ガトレに用意できる他の切り口がこれだった。第八小隊の動きはチュユンとナウアが聴取しており、証言として根拠になる。
「第八小隊は昨日、昼食後に訓練を行い、訓練後に夕食を摂っています。その間、アラクモは部隊員と行動を共にしています。また、倉庫へ向かう為に被害者を迎えに行った際も、同隊のドリトザ小隊兵が同行している為、一人にはなっておりません」
「チュ、チュチュン。た、確かに代弁士の言う通りでチュン」
アラクモには犯行が不可能である。現状はこの主張で防御を取るしかない。真犯人を突き止められずとも、せめて身の潔白を証明できればいい。
目を閉じてガトレの弁論を吟味していたらしいアミヤが目を開く。
「ふむ。聞いた限りでは確かに、被告人が魔術陣を用意する機会は無かった様に思われる。法務官よ。反論はあるか」
リザルド法務官は表情から余裕が失せたものの、真顔でアミヤの問い掛けを受ける。
「否。しかし、何らかの見落としがあるだけでしょう。法務官側は新たな証人を召喚します」
「よろしい。許可する」
ガトレはチュユンが肩を落とした様子で退廷していくのを見送る。
ガトレ自身、代弁士としてここに立つのは初めてだが、緊張していた事から、チュユンも経験は少ないのだろうと考えた。何とか功績を出したかっただろうなと、その点だけはガトレも同情した。
「ガトレ様、何とか法務官の主張を凌げましたね」
「そうだな。リザルド法務官も、抵抗されるとは思っていなかった様子だ」
現場の状況が状況の上、代弁士もたかだか一兵卒。一方で自身は経験豊富な法務官ともなれば、初心者に向ける態度は一つ。
「私達を舐めて掛かってるんだろう。ほら、今も舌をチロチロと出し入れしているぞ」
「ああ、蜥蜴人のあの動作は、臭いを感じる為のものらしいですよ。鼻もあるのに不思議ですよね」
「そうだったのか。……今は臭いを感じる為にやっているとも思えないがな」
リザルドは二股の舌を出し入れし、目をキョロキョロと動かしている。ガトレには、必死になって打開策を考えている様に見えた。
「まあ、そうかもしれません。この後の証言で、アラクモさんに魔術陣を描く時間は無かった事が証明されれば、犯行は不可能だって事になりますしね」
「そう単純に行けばいいがな」
二人が話している間に、傍聴席にいたドリトザが証言台に到達した。チュユン程ではないが、表情は強張り緊張した様子が見られた。
「証人の準備ができた様だな。証人よ。まずは身分を明らかにする事」
「陸圏官、第八小隊所属、ドリトザ=グレオム小隊兵であります」
「よろしい。それでは、被告人に魔術陣を用意する事が可能であったかを証言してもらおう」
アミヤに促されたドリトザが、急に両手で自身の頬を思い切り叩く。バチン!と大きな音が響いて、ドリトザは真っ直ぐに前を向いた。




