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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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渦中の鉱人

英雄殺しの裁判は、その重要性から秘密裏に行われた。裁判長と裁判員は門頭に限られ、傍聴人も貴賓な立場の者達のみであった。


その為、何者もガトレとの面会も禁止されていたが、今回のアラクモの裁判については、通常の軍法会議と同様だ。


アラクモとは裁判前の面会も可能である。本来ならば面会には許可が必要だが、ガトレは既に代弁士として承認されている為、入口も抵抗なく通された。


そしてアラクモとの対面先としてガトレが案内されたのは、部屋などという上等なものではなく、術式が描かれた柵で阻まれている牢獄の前だ。


「んー? ごはんー?」

「違うぞアラクモ。俺だ。ガトレだ」

「おー、ガトー!」


アラクモの声はいつもと変わらない。ガトレは安堵し、項垂れる様に柵に手を当てた。


「ぐっ!」


意識を奪うほどではなかったが、流れた電撃の痺れる痛みにガトレは飛び退いて顔を顰めた。


「あー、ガトー、きょーつけろー?」

「あ、ああ。お前の顔を見て油断したよ」


ガトレは右手を擦りながら苦笑を浮かべる。

これでは、昨日の法廷でピューアリア様が柵に触れた事も笑っていられないな。


「それでー、ガトーはどーしたー?」


ニコニコと無邪気な笑みを浮かべるアラクモを前にして、ガトレは確かめる様に問う。


「……アラクモ、状況は理解してるな」

「おー、アーがノトーを殺したーてなー」

「そうだ。でも、俺はアラクモが犯人ではないと信じている。お前を守る為に動くつもりだ」

「ガトーは優しーなー。アーは嬉しー」

「……俺が無実を勝ち取った時に、親友がいないんじゃ寂しいからな」


ガトレは、アラクモがこのまま犯人だと立証されたのなら、死罪と断じられてしまう事を知っている。


軍法会議においては、各国で法律が異なることから、連合軍内の規則として定められた軍法に従って判決が下される。


軍法は主に正透門のアミヤ=パルト門頭が中心となって制定が行われた事から、規則を重んじる兵にはアミヤの同調者が多い。

そして、その軍法において、仲間殺しは死罪に相当する。つまりは当然、その制度にも同調者が多いという事であり、死罪と決断されれば覆すことはできないというのがガトレの認識だ。


「アラクモ。お前の口からも当日の状況を聞きたい。捜査士官の雀人にも話はしたんだろうが、火柱が上がるまでに、おかしな事はなかったか?」

「んー、わからなー。まーくらだーたからなー」

「そうか。やっぱりアラクモから見ても暗かったんだな」

「おー、そうだなー。真ん中のろーかから中庭に出てー、その辺から暗くてなー? ノトーが手を引いてくれたのなー」


ノトーというのは被害者のノトスだろう。しかし、ノトスにとっても辺りは暗かったはずだが、道に慣れていたのだろうか。


「廊下ではなく、中庭を通ったのは何か理由があるか?」

「ノトーがそーちの方がそーこに近いからーて」

「……そんなに変わらないけどな」


ガトレが知りたかったのは、アラクモ達が中庭を通ったのは偶然だったのかという点だった。


火柱の魔術陣は急拵えではなく、事前に用意されていたのは確実だ。ならば、発動させるとしても、被害者がそこを通らなければ意味はない。


最も厄介なのは、犯人にとって被害者は誰でも良かった、という場合だが、犯人として疑われたのがアラクモである点と、そのアラクモの得意魔術が火の系統である事から、ガトレは作為的なものを感じていた。


「それにしても、アラクモはよく無傷だったな。ノトスに手を引かれていたなら、火柱とも近かっただろうに」


火柱の規模は隣り合っている人同士であれば、容易に巻き込めそうなものであった。アラクモは鉱人の為、魔力に抵抗力がある赤晶石の右腕を持っている。しかし、火柱が発生したのはアラクモの左側だ。


「ノトーが助けてくれたのなー。きゅーに突き飛ばされて、どしたー?って聞いたらボーて燃えたの!」

「突き飛ばされた?」


ノトスは魔術が発生するのを感知したという事だろうか。魔術陣に魔力が通えば、術式は魔力による光を放つ。考えられるのは、その瞬間にノトスが魔術陣に気づいたというくらいか。


「もー、びーくり! どーしよどーしよーてあわあわよ!」

「火柱が上がった後も、誰かの姿は見てないか? 声とか音でも良い。何か気づいた事はないか?」


ガトレは当日のアラクモを見ている為、あまり期待はせずに尋ねた。


「んー、足音はしたかもー? ずーとボーボー見てたから他のはわからんー」

「そうだよな。答えてくれてありがとう」


足音は恐らくガトレのものだろう。ナウアが人を呼びに行った後、ガトレはアラクモの元に走って行った。その時の音だろうとガトレは考えた。


そして、アラクモ以外の何者かがその場にいた事を証明するのは難しそうだと理解した。


犯人は本当に遠隔で魔術陣を発動したのか? 周辺を調べたナウアが、何かを見つけている事に期待するしかないか。


ガトレはナウアが来るまでに、裁判の方向性を考える事にした。


現状、真犯人を追及できる根拠はない。最も疑わしいのは虎人だが、その場にいたという証拠がない。証拠がなければ、何を語ろうが空想に過ぎない。


だとすれば、アラクモには被害者の殺害が不可能だったと否定する方向性でいくしかない。英雄殺しの際は、俺の知らない情報があった為に破綻してしまったが。


「あー、くそっ!」

「んー、ガトー、だいじょーぶ?」

「……すまない、不安にさせたな。大丈夫だ」


軍人が守るべき民を不安にさせてはいけない。

アラクモは民ではなく友だが、守るべき存在に変わりはない。ここで悩む姿を見せるわけにはいかないな。


そう考えてガトレは、自分の表情に無理して笑みを引き出した。


「アラクモ。お前は俺が守る。きっと、ここから出してやる。そしたらまた、一緒に飯でも食べよう」

「おー、いいなー。わかーた。楽しみにしてるー」


変な笑顔になっているガトレに違和感も覚えずに、アラクモは赤い腕をブンブンと振り回す。人の姿を覚えるのが苦手なアラクモだが、だからこそ雰囲気くらいは伝わったのだろう。


ガトレは踵を返し、その場から離れようとしたところで、こちらに向かってくる存在に気づいた。


「ガトレ様、お待たせしました」


目元に垂れて来た亜麻色の前髪を退けて、その存在から先に声を掛けて来る。


「ナウア。いや、丁度良かった。法廷に向かいながら話を聞く」

「わかりました。……アラクモさん」


ナウアがガトレの横に並び、アラクモに声を掛ける。


「あー、きのー聞いた声だー。ナーアだなー」

「ナウアです、アラクモさん」


声での判断だったが、ガトレは自分よりもナウアの方が先に認識される様になった事に苦笑した。


「アラクモさん。牢の中は寂しいでしょう。暗く、狭く、楽しくもありません。孤独です。ですが、私とガトレ様が必ず助けます! 待っててくださいね!」


ガトレも驚くほどの決意を露わにしたナウアに、アラクモは軽い調子で返す。


「おー、確かにここは寂しー。楽しみにまーてるー」

「はい。お任せください!」


ナウアはやり切った様な表情をガトレに向ける。


「さあ、行きましょう、ガトレ様」

「あ、ああ。……案外、情に厚いんだな」

「いえ、そういうわけでは。……ただ、アラクモさんの事を信じたいだけです。そして、救われて欲しいんです」


アラクモに見せた明るさと併せて急速に萎んでいくナウアの肩に、ガトレは手を乗せる。


「ありがとう。友を信じてくれて。まだ僅かな付き合いだが、私はナウアが助手で良かったと心の底から思う」

「……そういうのは、アラクモさんとガトレ様の無罪が決まってから言いましょう。……でないと、遺言みたいです」

「はは。それは失礼した。縁起が悪かったな」

「そうですよ」


気さくに笑うガトレと、恥ずかしさを滲ませながら薄く笑みを浮かべるナウアは、合図もないままに連れ立って、法廷への足取りを進めた。


* * *


「それでは、私が調べた範囲の事を共有します」


開廷の時間が迫っていた。第八小隊の資料を手渡し、雀の鳥人から聞いた話をかいつまんで説明したガトレに、ナウアはそう言ってから話を続ける。


「残念ながら、現場周辺で気になったものは一点だけでした。噴水の中に、発動されていない術式が描かれていたんです」

「怪しいな。何の術式だったんだ?」

「恐らく、噴水の中の水を移動させる様な魔術です。複雑な術式ではなかったので、間違いないと思います」


水を移動させる魔術。……噴水を制御する魔術の可能性もあるが、だとしたら発動はしているはずだ。使われていないのであれば、事件とは関係ないのだろうか。


「それから、第八小隊の方々に話を伺いました。被害者は訓練中に意識を失ったとの事でしたが、訓練の内容は魔道銃の射撃訓練だったと」

「射撃訓練だったのか。それで、魔力欠乏? 不自然だな」


ピューアリアの作った魔道銃は、軍の戦闘指標が低い者でも充分に戦える様に造られたものだ。魔力総量の低い者ならばとにかく、魔力総量は並より多いノトスだけが魔力欠乏を起こすものだろうか。


ナウアはガトレの疑問に頷き返した。


「私も同感です。被害者が倒れているのに最初に気づいたのは、同隊の虎人だったそうです。覚えていますか? 食堂で会ったあの虎人です」

「ああ。丁度、私も疑わしいと思っていた者だ。名前はドリトザ、魔力紋には破砕の術式を含むらしい。その資料に書いてある」

「……確認しました。それから、ドリトザは被害者を背負い、シズマの元へ。そして宿舎の部屋へ運ぶ様に指示を受けた様ですね」

「ふむ。訓練から抜けた瞬間があったという事は、その間に魔術陣を用意する事は可能だな」


軍内ではほとんどの者が、自身の所属する部門や管の職務に従事する。故に、現在のガトレとナウアの様に、自由な行動ができる者は少ない。


魔術陣がいつから中庭にあったのか。その情報が得られれば、ドリトザを追い詰める鍵になるかもしれない。ガトレはそう考えた。


「それから、被害者はアラクモさんと仲が良かった様です。小隊内では、よくアラクモさんの話し相手になっていたそうです」

「それは……悔やまれるな」


所属する小隊が異なり、存在を認知する間も無くこの世界から消えてしまった仲間。もしかしたら、アラクモを通して、良き友になれたのかもしれない。


だが、一方で、そのような人を殺した者がいる。


「被害者と不仲、あるいはアラクモと不仲な者はいたのか? やはり、ドリトザか?」

「それが……よくわからない、と」

「……その答えこそよくわからないな」

「ドリトザは被害者との仲は悪くはなかった様です。二人とも魔力総量が高い事で、小隊内では頼りにされていたそうですから」


まさしく、英雄の様な役回りだ。単純な強さは、戦場に身を置く者達を惹きつける。……たとえ、破綻した者であっても。


「一方でドリトザとアラクモさんは、親しく言葉を交わしているところは見た事がないそうですが、嫌っている様子でもないとの事で、嫌っているんじゃないか、とは思うがよくわからないといったものでした」

「……なんとも、軍人らしくない答えだな。だが、嫌っているんじゃないか、というのは、根拠があるという事じゃないのか?


ガトレが尋ねると、ナウアの表情が暗くなる。気づけば法廷が近づき、周りが窓すらない石壁に覆われていた。


「どうやら数日前から、ある噂が流れている様です。戦闘門の門頭であるコゲツ様が、鉱人を排斥したがっていると」

「そんな噂が? 私は聞いた事が……いや、牢の中にいたのだから当然か」

「私も初めて聞きましたが、フギルノ博士は知っていたのかもしれませんね。昨日、鉱人の差別について仰っていましたから」

「そうだったな。だから、鉱人を守ってやれと、そう言ったのか」


この軍の中で最も高い地位にいる者から、鉱人に対する差別が広まって行こうとしている。止めようと思って簡単に止める事はできない。だからこそ、身近な者は守れと、俺に約束させたのだ。


ガトレはフギルノとのやり取りを、改めてその様に解釈した。


「ドリトザは虎人で、鉱人の排斥が同じ虎人であるコゲツ様の思想だと知ったら、排斥を試みるのは自然かもしれません。どうやら、小隊長のシズマ様も、コゲツ様の思想に肯定的だったそうですし」

「それが今回の事件の動機かもしれないな。……あとは、どうやって魔術陣を発動させたのか。どうやって犯人だと証明するか。……もちろん、ドリトザが犯人ではない可能性もあるにはあるがな」


しかし、その可能性は低いのではないかとガトレは考えていた。

あまりにも、ドリトザが犯人として当てはまり過ぎている。魔力総量、固有術式、魔術陣を用意できる時間があった事。そして、火柱が上がった後に、現場付近にいた事。


「ですが、もう、捜査に割く時間はありませんね」


ガトレとナウアの前に、重厚な扉が立ち塞がる。平時は鍵の掛かっている扉も、今は難なく開く事だろう。


「目の前まで来てしまいました。……後悔はしていませんか?」

「ナウア。それは私の人生において、最も愚かな質問だぞ」


ガトレは自身の手を扉に添えて、力を込める。扉が少しずつ開いていく。


「友の為、そして俺の為に、真実は必ず法廷の中で見つけ出す。……後悔するとしたら、アラクモを救えなかった時だけだ」


たとえ、自身の命を失う事になったとしても。


二人を出迎えるようにして、扉は完全に開かれた。

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