調査:火柱と鉱人2
「代弁士だと? 貴様が? あの鉱人の? 馬鹿な。無理だ。有罪だ。無駄だ。チュンチュンチュン」
ガトレが話し掛けた捜査士官は、背の低い雀の鳥人であった。正透門の門頭が鳥人のアミヤである事から、その下部には鳥人が多い傾向はある。
ガトレには、目の前の鳥人が、アミヤを意識した話し方をしているように見受けられた。さながら、幼い子供が背伸びをしている様な感覚だ。
「無理かどうかはわからない。が、その判断の為にも調査の状況を教えて欲しい」
「そんなの協力する訳なかろう! 僕が小さいからって舐めてるな? これでも僕は柔術に自信があるのに!」
雀人は地に足をつけて構えを取る。ガトレはここで時間を無駄に使うわけにもいかないと割り切り、手管を変えることにした。
「断れば階四次問診権限を適用する。問診権限に逆らえば罰則があるぞ」
「チュチュチュン!? 階四次!? そんなに!? 高い位!? 協力チます!」
戦闘門であれば小隊兵長で階五次の問診権限。その上の階四次ともなれば、どの部門でもそれなりの地位にあると言える。
反対に、これだけ畏まるという事は、雀の鳥人の地位はそれほど高くはないという事にもなる。
「……助かる」
ガトレはあまり取りたくない手段を選んでしまった事と、あまりにもあからさまに変わった態度を前にして、複雑な心情を抱いた。
だが、時間がない。仕方ない事だと、すぐに切り替える。
「まずは単刀直入に、この現場に不審な点はなかったのか?」
「ないチュン。火柱は軍式魔術。被告人は無傷。得意魔術は火系統。怪しい目撃者もなチ。被告人が犯人チュン」
「なら、私にも現場を調査させてもらおう」
「構いません。僕が見張るチュン。先輩が言ってた。前に不正な代弁士がいたって」
不正な代弁士というのは知らなかったが、見張りがつくというのはガトレにとっても都合が良かった。ただでさえ英雄殺しの汚名は不利な印象に働いてしまう。何かを見つけても信用が得られない可能性がある。
ガトレが最初に確認したのは火柱が立った場所だ。
地面は抉れ、周囲には土片がばら撒かれている。一つ一つの破片には、魔力で描かれた術式の跡が残っているが、魔術が発動した事で宿した魔力を消失している為、今は輝きを失っている。
この散り散りになった破片を繋ぎ合わせれば元の魔術陣を復元できるだろうが、蜥蜴人の尾の様にはいかない。鎮火の為に発動した水降魔術によって流された破片もある事だろう。
「ん?」
「どうチまチた?」
「いや……灯籠の傷つき方が不自然だと思ったんだ」
火柱付近に設置されている二つの置き灯籠は壊れていた。
置き灯籠は石灯籠とは違い、足元を照らす目的で地面に置かれている。構造としては金属の枠で四方を固め、枠の中は硝子張り。一方のみ開ける事が出来て、中の魔術陣に魔力を込めると火が点くのだ。
そんな置き灯籠だが、外側の金属は熱で溶け、中の炎を覆う硝子部分には尖った岩が刺さり、内部の魔術陣が破損している。
しかし、最初は土片だと思っていたその岩の破片が、ガトレにはどうにも大きい様に思えた。石製の廊下側にある壁や柵には同程度の破片が刺さってはおらず、周囲に散らばる破片もより細かなものであった。
「思い返すと、昨夜は暗かった。暗過ぎたんだ」
火柱が現れる前、ナウアがアラクモの声がした様な気がすると言い、ガトレは周囲を見回した。だが、火柱が発生するまで、アラクモはガトレの視界に入らなかったのだ。
朝から夕には空に光源がある。だが、夜にはない。真っ暗闇だ。それ自体は自然の摂理。
しかし、光源はあったはずなのだ。摂理に抗った猫人から齎された灯籠が。それも、火柱が発生したすぐ近くに。……なのに暗かったという事は。
「もしかしたら、火柱の近くにあった二つの灯籠は、火柱が発生する前から壊されていたのかもしれない」
「チュチュン。小さき者はすぐ壊れる。それは悲しくも受け入れなければならない道理です」
遠い目をしながら答える小柄の鳥人に、ガトレは続ける。
「だが、火柱の影響で壊れたのではないというなら不合理だ。散らばっている破片と灯籠に刺さっている破片の大きさの差異と、灯籠が事前に壊れていた可能性、捜査士官の記録として控えてくれないか」
「わかりまチた。チュチュン。強者に弱者は従うのです」
「…………」
淡々と指示に従う雀人の様子を見て、罪悪感がガトレの胸を突いたが、一呼吸して平静になる。
「それと、アラクモ達の事件当日の動きについて詳細な情報が欲しい。事前に聞いた限りでは、小隊での訓練を行い、被害者が体調不良で自室に戻った。演習の終了後は被害者を除く小隊員で夕食。夕食後にアラクモと被害者が倉庫に向かったと聞いている」
ガトレは事情聴取の際、シズマが話した内容を大まかにまとめて伝えた。
「チュチュン。その通りです。訓練中、被害者が突然倒れた。同隊の虎人が被害者を部屋まで運んだ。そう聴取チまチた」
「突然倒れた?」
「小隊長は軽度の魔力欠乏と判断チたみたいチュン。だから宿舎に戻らせた。そう言ってまチた」
魔力総量を底上げする訓練でもない限り、魔力を酷使する様な事はないはずだ。小隊長のシズマが、軽度だと判断した事も不自然ではないだろう。
だが、医圏管師の元へ立ち寄っていないなら、診断の記録も残ってはいないか。
「その後、被害者は回復し、アラクモと倉庫へ向かったんだな?」
「正確には食事後です。被告人と同隊の虎人が被害者を迎えに。虎人は離脱。被告人と被害者の二人は食堂へ。それから倉庫です」
「ん? 被害者のところへ虎人も行ったのか?」
「チュチュン。そう言ってまチた。これも小隊長の指示らチいです」
昨夜の聴取では、シズマからその話はなかった。不要と判断したのだろうか。確かにいてもいなくても変わらないが。
「食堂に行ったというのは?」
「被告人が被害者を気遣ったらチいです。夕食を先に食べてもらおうとチたみたいです。夜に鉱人ともう一人が食堂に来た事。これは糧圏管の食堂担当者からも聞きまチた。鉱人じゃなかったら覚えてなかったかもって」
食堂は最も多くの人々が出入りする場所だ。そして、多くの者が軍服や部門に合わせた服装に身を包み姿は似通っている。
特徴的な容姿や有名人でもない限り、記憶には残り難いだろう。それだけ、軍属の鉱人が少ないという事でもある。
「ちなみに、食堂から倉庫へ向かう途中の目撃者はいないのか?」
「探チてないです。被害者が火柱で死んだのは間違いなチ。途中の情報は不要だとの判断です。それに、夜の事ですチ」
ガトレにもその判断は正しく思えた。もしも道中の目撃者がいれば、違和感が無かったか確認できればと思ったが、夜で視界が覚束ない中では、期待もできない。
「ありがとう。大体わかった。この現場について、捜査士官として何かわかった事はあるか?」
「わかった事ですか。チュッチュッチュン。ありますよ? 犯人は鉱人だって事です」
「それはもう聞いた。そこまで言うなら理由を教えてくれないか?」
「この場で確認された魔力が物語ってるチュン」
「魔力が?」
チッチッチと舌を鳴らしながら、雀の鳥人が小さな指を振る。ガトレには愛嬌しか感じられなかった。
「そもそも魔術事件は発生が少ないです。なぜなら魔力紋の痕跡で犯人を特定できるから。魔力紋は一人に一つ独自の形です」
「ああ、それは昨日知った。だが、ここには魔力紋が残っていないだろう?」
「そう思いますよね。でもピューアリア様が発明した魔力紋採取機があります。これがあれば魔力を採取チて魔力紋を復元できます。チュチュチュチュチュン」
雀の鳥人は高笑いしながら、懐から何かを取り出した。先端が尖っており、持ち手の側は膨らんでいる硝子製の道具だ。
「そんな便利なものがあるのか!?」
「数日前に英雄殺チがありました。ピューアリア様も捜査に協力。それが嫌だったって。二日前に完成チたばかりの道具でチュン!」
ガトレの脳内に、気怠げな表情で道具を作っているピューアリアの様子が浮かんだ。
「物質に当てて魔力を吸引。水の中に垂らせば魔力紋が浮かぶ優れ物。僕はこの辺りから吸引。出てきたのは鉱人と小隊長の魔力紋だった」
「それは、水降魔術を発動したのがその二人だったからだろう。焼けた死体からは魔力を採取できなかったのか?」
炎には形がないし、魔術陣も魔力を失っている。火柱魔術を発動した人物の魔力は採取が難しいだろう。であれば、せいぜいが死体に魔力が残っていないかというところだが。
「残念です。死体は触れたら崩れるくらいに黒焦げ。採取は出来ませんでチた」
死体の状況はガトレにとっても初耳だった。動物を焼く際も炭化するには、かなりの熱量を要するはずだ。魔力の防御力も働いたはずだが、火柱はそこまで威力が高かったのか?
ガトレの疑問を他所に、鳥人が羽をはためかせる。
「だけど、他の魔力がないなら鉱人が犯人チュン! 僕はピューアリア様を信じる! ……それよりも」
パタパタと浮かんだり降りたりを繰り返しながら熱弁する鳥人が、急に地に足をつけてガトレをまじまじと見上げた。
「英雄殺チ。……似てる?」
「気のせいだ。情報提供に感謝する。捜査士官なら法廷でも出番があるんじゃないか? 正々堂々と勝負しよう」
「えっ、あ、チュン。よろしくお願いチます」
英雄殺しと気づかれた事で、ガトレは早口で話を切り上げる事にした。問診権限があるとはいえ、応答に心理的な抵抗が働くと考えた為だ。
最低限の聞きたい事は聞けたと思う事にして、ガトレはその場を後にする。
次に向かうのは人圏管。試験結果の閲覧だ。
漢字部分の振り仮名を振ってないんですが、今回登場した雀の鳥人は「し」の発音が全て「チ」に置き換わります。




