調査:火柱と鉱人
「決まった様じゃな。代弁士としての手続きはワシがやっておこう。それと餞別じゃ。デュアリアを掲げなさい」
サジの言った通り、ガトレがデュアリアを掲げると、ナウアにしたのと同じ様にデュアリアの画面を突き合わせられる。デュアリアが発光し、光が消えた。
「これで階五次閲覧権限と階四次問診権限が増やされたはずじゃ。代弁士として今回の情報を得るのに必要じゃろう」
「ありがとうございます。……しかし、よろしいのですか? 特定の一人に肩入れすると、周囲からの視線が厳しくなるのではないでしょうか」
「ほっほ! 心配は無用じゃ。それに、対価はきちんと貰うつもりじゃよ。じゃが、貰うのは今ではないからのう」
対価。ガトレは、それがどのようなものであっても報いようと決心した。与えられた権限は、それほどに価値があると感じたからだ。
「それと、事前に共有された事件の情報も与えてある。後で確認すると良いじゃろう。さ、若人よ、行くが良いぞ」
「サジ様。このご恩は忘れません。ナウア、行くぞ」
「はい、ガトレ様」
ナウアが頷く。ガトレは踵を返し、先に医務室の出口へと向かっていった。
ナウアは見送ってから、サジに向き合う。
「あの、サジ様」
「なんじゃね、ナウア」
「私も、アラクモさんが罪を犯したとは思えません。…‥必ず、無実を証明します」
「……そうか。期待しておるよ」
「はい!」
サジはナウアの肩を優しく二度叩き、背中を向けたナウアを優しく送り出すのだった。
* * *
ガトレが最初に向かったのは、昨夜の事件現場であった。周囲には見張りの兵士もいたが、ガトレが代弁士である事を伝えると、訝しげな視線や疑わしげな視線を向けてきながらも了承した。
「まずは当日の状況を整理しよう。サジ卿から共有頂いた上面図はこれだ」
ガトレがデュアリアを操作すると、事件現場の上面図が表示される。そこにはガトレとナウアの移動ルート、アラクモと被害者の移動ルートも記載されていた。(※今話の後書き参照)
上から見た事件現場は、長方形の中に横向きの廊下が上下と中心に一本ずつで計三本、左右に縦向きの廊下が一本ずつ計二本で構成された空間である。
廊下で囲われた空間は中庭になっており、北側と南側で計二つの中庭が存在していた。事件現場となったのは北側である。
「決まった様じゃな。代弁士としての手続きはワシがやっておこう。それと餞別じゃ。デュアリアを掲げなさい」
サジの言った通り、ガトレがデュアリアを掲げると、ナウアにしたのと同じ様にデュアリアの画面を突き合わせられる。デュアリアが発光し、光が消えた。
「これで階五次閲覧権限と階四次問診権限が増やされたはずじゃ。代弁士として今回の情報を得るのに必要じゃろう」
「ありがとうございます。……しかし、よろしいのですか? 特定の一人に肩入れすると、周囲からの視線が厳しくなるのではないでしょうか」
「ほっほ! 心配は無用じゃ。それに、対価はきちんと貰うつもりじゃよ。じゃが、貰うのは今ではないからのう」
対価。ガトレは、それがどのようなものであっても報いようと決心した。与えられた権限は、それほどに価値があると感じたからだ。
「それと、事前に共有された事件の情報も与えてある。後で確認すると良いじゃろう。さ、若人よ、行くが良いぞ」
「サジ様。このご恩は忘れません。ナウア、行くぞ」
「はい、ガトレ様」
ナウアが頷く。ガトレは踵を返し、先に医務室の出口へと向かっていった。
ナウアは見送ってから、サジに向き合う。
「あの、サジ様」
「なんじゃね、ナウア」
「私も、アラクモさんが罪を犯したとは思えません。…‥必ず、無実を証明します」
「……そうか。期待しておるよ」
「はい!」
サジはナウアの肩を優しく二度叩き、背中を向けたナウアを優しく送り出すのだった。
* * *
ガトレが最初に向かったのは、昨夜の事件現場であった。周囲には見張りの兵士もいたが、ガトレが代弁士である事を伝えると、訝しげな視線や疑わしげな視線を向けてきながらも了承した。
「まずは当日の状況を整理しよう。サジ卿から共有頂いた上面図はこれだ」
ガトレがデュアリアを操作すると、事件現場の上面図が表示される。そこにはガトレとナウアの移動ルート、アラクモと被害者の移動ルートも記載されていた。
上から見た事件現場は、長方形の中に横向きの廊下が上下と中心に一本ずつで計三本、左右に縦向きの廊下が一本ずつ計二本で構成された空間である。
廊下で囲われた空間は中庭になっており、北側と南側で計二つの中庭が存在していた。事件現場となったのは北側である。
「昨夜の火柱は恐らく軍式魔術の一つ、対空火柱魔術だろうな。飛行系統の妖魔対策に編み出された術式で、地面に描いた魔術陣へ魔力を込めて発動することが多い魔術だ」
「通常の魔術とは違うのですね」
「魔術陣というのは基本的に、戦闘前に用意しておくものだからな。それに筆記の訓練をさせられるとはいえ、簡略化された軍式魔術でも戦闘中に速記するのは困難だ。だからこそ単発でも連射可能な魔道銃が重宝されるんだが」
救国の英雄の様に、独自に速記可能な術式を編み出す事ができれば良いが、例外でしかない。
単純な術式しか使用しない妖魔は、物量こそが最大の脅威だが、それをいとも容易く捌けてしまうのが英雄であった。
「上面図によれば、火柱は北の中庭内、西側に発生していますね。規模は一般的なヒト族なら三〜五人ほどを巻き込める程度でしょうか」
「目視した感覚でもそのくらいだったな。実際の術式を読み取れれば良かったんだが」
ガトレは火柱が立ち昇っていた場所を見下ろす。そこにあるのは魔術陣ではなく、抉れた地面であった。
「魔術陣が壊れていますね。というよりは、掘られた様な」
「恐らくだが、地面が爆発したんだ。火柱が発生した時、私は燃焼の音と破裂音、それから土が飛び散る様な音を聞いた。実際、火柱周辺に設置されている灯籠が壊れているだろう」
上面図で見て中庭の北西側にある二つの灯籠は、未だ土片が刺さって破損したままだった。現場保全のために、まだ修理もされていない様だ。
「ここで疑問になるのは、なぜ爆発と思われる術式を追加したのかという点だ。軍式魔術に爆発は組み込まれていない。被害者を焼き切りたいのなら、魔力を火力に集中させるべきで、爆発に割く魔力が無駄だろう」
「……理由がわからないというのは嫌ですね。説明できない行動を取ったから、鉱人の仕業だと言われそうです」
ガトレも懸念していたのがその点であった。しかし同時に、その懸念点こそが光明なのではないかとも考えていた。
「私の推測では、魔術陣を残したくなかったからだと考えている。実は昨日、ナウアの話を聞いて、訓練記録を確認しようと思っていたんだ。一人一人が独自に持つ魔力紋と、そこに含まれる術式があるなら、英雄の死に関わりそうな術式も存在する可能性に思い当たったからな」
未知の術式を一から探す事は難しい。しかし、未知の術式を生まれつき持っていたのなら、その困難が排除される。
訓練や試験の結果が記録されているのなら、魔力量底上げの訓練により示された魔力紋の情報を、獲得した閲覧権限で確認するつもりであった。
「魔術陣を残したくなかった理由も同じなんじゃないか? 魔術陣に含まれていない術式が発動されてしまっていた。だから魔術陣を破壊するしかなかった」
「……というよりは、魔力紋の痕跡を消したかったのではないでしょうか」
「魔力紋の痕跡……残るのか?」
「中庭はアビト族の休憩所も兼ねていたので、地面は背の低い草で覆われていました。魔力を陣の中にだけ込める程の精密性が術者になければ、漏れた魔力が周囲の草に込められ、魔力紋を残してしまう可能性があります」
精密性は、戦闘において重要な魔力の素質の一つだ。軍の中では戦闘能力について、いくつかの評価指標を用意している。
個人が保有する魔力を示す魔力総量、術式を早く描く術式描画速度、魔力の使用効率に影響する魔力操作力。
一般的に魔力総量が多い程、扱える魔力が多い事から戦闘に向いていると言われる。だが、緻密な魔力操作力で補えば、効率で上回れる事もある。
「火柱の火で草を焼いても十分なはずだが……」
そう言ってガトレが目を向けた中庭は、不自然な程に燃え広がりが少ない。せいぜいが中庭の左側半分ほどだ。鎮火するまでの時間を考慮しても、術式で範囲を絞ったとしか思えない。
「私もナウアの考えを支持しよう。となれば、犯人は魔力紋を残してしまう事を危惧している。魔力操作が得意ではない者である可能性が高いな。魔力紋と合わせて試験記録を確認するか」
「あとは、遠隔で魔術陣を発動した痕跡でもあれば、犯人を辿れそうですね」
「そこが争点になりそうだな。火柱が上がった瞬間の目撃者は、俺とナウアだったが、不自然な人影は見当たらなかった。……遠隔で発動したというのが自然ではあるが」
ガトレは遠隔で魔術を発動した、という点を疑わしく考えていた。
そもそも、遠隔で魔術陣を発動する方法など聞いた事もなければ見た事もない。その様な方法があるのなら、兵士は安全に戦う事ができるだろう。
実際、対空火柱魔術は常に術者が魔術陣の近くに控えていた。アラクモもそうだ。
英雄が死んだ時の作戦でも、アラクモがいつも通り火柱魔術陣に待機させられたと同期が話しているのを、不快な気持ちでガトレは聞いていたのだ。
嫌な事を思い出して苦虫を噛み潰した様な表情のガトレの額に、ナウアが手を添えて前髪を上げる。
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
「ああいや、なんでもない。気にしないでくれ。ただ、仮に遠隔で発動したのだとすれば、根拠を見つけるのが難しそうだと考えただけだ」
「……では、役割を分担しましょう。もしも遠隔で魔術陣を発動したのであれば、アラクモさんと被害者の方が魔術陣に近づいた瞬間を目視している必要があります。でないと、機会を逃してしまいますから」
「確かに、そうだが……」
そう言われて、ガトレは感じていた違和感の一端に気づいた。
遠隔で発動するとなれば、魔力も遠くから魔術陣に向かったと考えるのが自然だ。しかし、遠くに控えている犯人が、移動する被害者だけを燃やせるよう丁度よく調整できるものなのか?
「ガトレ様、何か考え事があるようですが、時間は迫っています。私は中庭が目視できる場所に、魔力紋の痕跡がないかを探してきますので、ガトレ様は捜査を進めてください」
「……そうだな。立ち止まって考えているだけでは何も進まない。ナウア、任せるぞ」
「はい。お任せください」
ナウアは一礼すると、駆け足気味にその場を離れた。見送ったガトレも考え込む。
「俺が調べないといけないのは……」
行動するにしても目算はつけなければいけない。
まずはこの現場の状況について。それから、アラクモ達の詳細な行動経路。そして試験結果の閲覧。
これらを裁判が始まるまでに終えないといけないのか。ナウアがいなければ手が足りていなかったな。
「早速、俺も動くか」
ガトレは確かな足取りで、現場に立ち尽くしている様に見える捜査士官へ近寄り声を掛けた。
「そこの捜査士官、少し話を聞きたい。俺はこの事件の代弁士を務める者だ」
上面図はそれっぽい感じに作ってるので、多少の正確性には目をつぶって頂けると幸いです。