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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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友の為に

「朝、か」


ガトレは柔らかい布の上で目を覚ました。

上半身を起こす。窓から入った光を背中に浴びて、ガトレが見上げた先にはナウアがいた。


「おはようございます。ガトレ様」


光の眩しさを感じていないかの様に薄い表情を見て、ガトレは苦笑を浮かべつつ立ち上がる。


「おはよう、ナウア」


挨拶を交わすと、そのままガトレは首を曲げた。


「すまなかったな。部屋を借りてしまって」

「いえ、些細な事です。これも助手の範疇でしょう」


さして気にしていない様子のナウアに、ガトレは感謝を返さない。この恩は言葉ではなく行動で返そうと考えたのだ。


「三時間後の十二時から、アラクモさんの裁判が始まるそうですよ。容疑者から被告人に確定したみたいです」

「……そうか」


焼死体の発見後、その場で最も役職の高いシズマの指示により、ガトレ達は現場の保全と、デュアリアを通して正透門への通信を行った。


その後、簡単な事情聴取を受けた結果、容疑者としてアラクモは捕まってしまったのだった。


「心配ですね。ガトレ様は、アラクモさんが犯人だと思いますか?」

「そんなはずない!」


ガトレの叫声にナウアの肩が跳ねる。ガトレは視線を逸らして「すまない」とだけ謝罪する。


昨夜の事件後、話の整合性を確かめる為に、その場の全員が揃った状態で事情聴取が行われた。そこでガトレとナウアが聞いた、事件発生までの流れはこのようなものだった。


『第八小隊は昼食後、私の監督下で戦闘訓練を行なっていた。魔力を用いた演習だ。その際に一名、被害者であるロロアル=ノトスが体調を崩した為、自室へ戻らせている。そして、演習の終了後はノトスを除く小隊員で夕食を摂った』


ガトレはそこまで聞いた時、ナウアも夕食を摂っていないが良かったのだろうかと気になっていた。


『夕食後、アラクモに使用した器具を倉庫に片付ける様に指示。その際、ノトスと合流する様に指示した。体調の回復度合いを確かめる必要があると考えたからだ。現場付近にいたのは、片付けが完了したのかと、ノトスの様子を確認する為だった』


一連の流れについては、シズマからその様に説明された。そこからは、正透門の法務官として訪れた、背の高い蜥蜴人によって聴取が進められた。


『階三次問診権限において、陸圏管第八小隊所属、アラクモ氏とドリトザ=グレオム氏に問う。シズマ氏の話に誤りはないか』


ドリトザというのは、昼間にガトレ達が会った虎人の名前であった。


『アーはノトーとソーコに行こーとして、トチューでいきなり燃えちゃーた!』

『是。間違いありません』


ガトレはアラクモの話を聞いた蜥蜴人は、口の端を歪め、カクンカクンと頭を上下に何度か振った。


『あの、大丈夫ですか?』


そんな蜥蜴人におずおずと声を掛けたのはナウアであった。蜥蜴人は右手で自身の頭頂部を軽く叩き、引き気味に手を挙げたナウアに対し頷く。


『失礼。お気になさらず。あなたは他の方を呼んだらしいですね』

『はい。私はガトレ様……シマバキ=ガトレ小隊兵と、突然火柱が発生する瞬間を目撃しました。ガトレ小隊兵は火柱の鎮火を試みましたが、軍式魔術では不可能と判断。人手を要した為、周囲に人々がいないか呼び掛けを行いました』


ガトレ様、と呼んだ瞬間に蜥蜴人が怪訝な表情をした為、ナウアはガトレの呼称を変えた様だった。


『なるほど。火柱の近くにはアラクモ氏の他にはいなかったのですね』

『はい。少なくとも、私が見ている限りはその通りです』

『私もその認識ですが、火柱が発生した瞬間は辺りも暗く、誰かが逃げていくのを見逃した可能性もあります』


ガトレがナウアの発言に補足する。

蜥蜴人の質問は、犯人を決めつける決定的なものに思えたからだ。


『ふん。英雄殺しか。お前がやったんじゃないだろうな』

『……誓って、私は犯人ではありません。無論、英雄殺しにおいてもです』


ガトレは慣れてきた敵意に対し毅然とした態度を取る。蜥蜴人は「ふん」と鼻で笑うだけだった。


『残念だが、お前の言うとおりだな。状況からして、疑わしいのはそこの鉱人だ。容疑者として引き立てるぞ』


蜥蜴人が右手でアラクモの右腕を掴み持ち上げる。


『おー』


アラクモは事態への理解が追いついていないのか、楽しそうな声を浮かべた。


『アラクモは犯人ではありません!』


何度も頭を上下に振る蜥蜴人の勢いに負けないような声をガトレがぶつける。蜥蜴人は頭を止めると、垂れていた頭を緩慢に持ち上げた。


『ならばお前が犯人か? 他に犯人たり得る者はいなかった。複雑な問題ではない』


それだけ言うと、蜥蜴人は有無を言わさずにアラクモを連れて行く。ガトレ達は見送るしかなかった。


昨夜の光景を思い返したガトレは、唇をキュッと結ぶ。


「私にはつかなかったが、アラクモには代弁士がつくはずだ。役目を果たしてくれると信じよう」


代弁士とは、被告人に代わり無実を証明する役割を持つ存在である。国の責任に関わる大きな事件ともなれば、軍外部から被告人の出身国が選定した代弁士が、被告人の味方をすることもある。


しかし、ガトレの場合は、被告人と被害者が同国出身のヒト族であり、英雄を殺した容疑を掛けられた者を守ろうと考える者もいなかった。


「代弁士……。本当に頼りになるのでしょうか」

「何か思うところがあるのか?」

「……いえ、別に。気にしないでください」


ナウアの様子には違和感があったが、ガトレはいつも通り、話さないのであれば聞く必要のない事だと判断した。


「私も気掛かりではあるが、英雄殺しの解決にも期限がある。まずは、ナウアが法廷議事録を閲覧できる様に、サジ卿から許可を頂こう」

「そうですね。そうしましょう」


ナウアからデュアリアで連絡を取り、二人は衛生門へ向かう事にした。


* * *


二人が訪れたのは、昨日と同じ医務室であった。人員は変わらなかったが、病床は全て空いていた。


「やあ若人や。調査の進捗はどうじゃね」

「良好とは言えません。ご期待に応えられず申し訳ありません」

「そうじゃろうな。くれぐれも、伸ばした寿命を無駄にせぬ様にな」


サジが顎の髭を撫でつける。含みのある発言に思えたが、ガトレはあえて無視する事にした。


「サジ卿、本日はお願いがあって参りました。英雄殺しの法定議事録をナウアが閲覧できる様に、閲覧許可を頂けないでしょうか」

「おお、おお。そうか。お主に与えられた権限では不足じゃったのか。お安いご用じゃよ」


サジは細くしわがれた指で覚束なくデュアリアに触れた後に、ナウアに向けてデュアリアを掲げる。

ナウアは自身のデュアリアの画面を、サジのデュアリアの画面に触れさせた。


途端にデュアリアの画面が光を放ち、二台のデュアリアの隙間から漏れるが、すぐに収束した。


「これで完了じゃが、慣れんのう。完全に耄碌してしまう前に、早う後進に道を譲らんとなあ」

「サジ様、ありがとうございます。まだまだ生きてくださいね」

「まあ、求められているうちは頑張ろうと思うておるよ」


大袈裟に肩を落とすサジにガトレは軽く吹き出したが、ついでに思い出した事を尋ねる。


「そういえば、サジ卿は私の裁判に出席されていましたが、今日、鉱人の裁判が行われるのはご存知でしょうか」

「ああ、知っておるよ。ワシも衛生門の代表として出るしのう」

「そうですか。……あの、被告人の鉱人に代弁士はつくのでしょうか」


ガトレの気掛かりはその点であった。

アラクモが無実だと信じているが、アラクモが自ら無実を証明できるとは思えない。


そうなると代弁士が必要となるが、アラクモの出身地、恐らく鉱人の出身国では対応できないだろう。だとすれば、代弁士から売り込みを掛けてくるかどうかだ。


「代弁士か。いるという話は聞いておらんな。検死結果について問い合わせも来ておらん。それに、そもそも……」

「そもそも、なんですか?」

「……裁判までが早過ぎるじゃろう。事件が起きたのは昨夜、裁判は今日の昼。出身国への連絡すらも終えているのかどうか」


思い返せば、ガトレの裁判が起きるまでには三日程を要した。英雄の死に関わるものだった為とも考えられるが、これくらいが通常なのかもしれない。


「裁判の判断はアミヤ卿がされたのですか?」

「そうじゃな。アミヤは犯人が決まりきってるならと即断。コゲツは戦闘門で起きた事件じゃからとカッカして賛成しておった。リンとピューアリアは興味なし。エインダッハは鉱人の国ならと妥協じゃ」

「そんな……」


ガトレ自身、昨日の調査中に鉱人差別的な思想を聞く事は何度かあった。しかし、あまりにも味方が少ない。


上層部がこれでは……。


「被告人の鉱人は同じ陸圏管だったのう。もしや友人だったか?」

「はい。訓練兵時代からの友人です。だから、俺には、あ、私にはわかるんです。アラクモは仲間を殺す様なやつじゃない」

「……ふむ。気の毒じゃが、無実の証明は難しいじゃろうな。鉱人は理論立てて説得をするのが苦手じゃろうて」


サジの意見にガトレも同感であった。

自ら英雄殺しの法廷で無実の証明を試みた際も満足のいく話はできていなかったのに、アラクモに同じ事が出来るとは思えなかった。


「ガトレ様」


頭の中に二つの選択肢が漂い顔を俯かせたガトレの肩を、ナウアがポンと叩く。


「私はガトレ様の助手です。あなたの死が確定するまでは、あなたの全ての行動と思考を尊重します」


ナウアの表明は、ガトレの意思を確定させた。

そもそもが迷うまでもない問題だったのだ。そう気づくのには十分であった。


「ナウア……俺はアラクモの代弁士を務める。軍人として、友として、俺は命を賭けるぞ」

「……その言葉を待っていたわけではありません。ですが、全力で協力致します」


眉を下げて微笑んだナウアに、ガトレは歯を剥いて応える。

サジは髭を撫でながら、そんな二人に安穏とした笑みを向けていた。

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