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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人
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火柱と鉱人

訓練の時間は終わり、宿舎に戻った兵士が多い時間帯の為か、軍部内の人通りは疎になっていた。


空を満たしていた光も落ちさり、涼やかさを伴う影が世界を覆う。抵抗する様にして石畳や人々を仄明るく照らす石灯籠は、内部の魔術陣に絶え間なく注がれる魔力を浴びて爛々と火を焚き続ける。


「初めて軍に来た時は、夜も明るいというのが不思議なものだったよ」


噂話の気配が消えた廊下を歩くガトレとナウア。ガトレは視線を石灯籠に、言葉はナウアに投げかけた。


「私もです。猫人の国から齎された技術だそうですよ。ある絵描きが集中している間に夜になり、絵が見えなくなってしまうのが嫌で作り出したとか」

「流石はピューアリア殿を輩出した猫人だな」

「ですが、この灯籠が完成した代わりに、絵は描きかけのまま未完に終わったとか。描くのに飽きたそうです」

「……ピューアリア殿はまさに代表的な猫人だな」


今日一日でピューアリアへの愚痴や不満も聞いたが、一方で認めている声がある事も確かである。

ガトレも法廷での言動に問題はあると感じたが、推察力は感じ取ってもいた。


「いっそ、ピューアリア殿が本気で捜査してくれれば助かるんだが」

「途中で飽きてしまいそうですね。……ん」


ガトレも同意したくなる感想を返したナウアが突然、立ち止まり耳を澄ました。


「どうかしたか?」

「いえ、アラクモさんの声が聞こえた気が」

「この時間なら宿舎にいるはずだが」


言いつつガトレは辺りを見回そうとした。

石灯籠が点々とあるとはいえ、朝や昼の様な明るさが保たれているわけではない。

ガトレはそれでも、灯籠の近くにアラクモがいれば気づけるつもりだったが、周囲をさっと見まわした限りでは見当たらなかった。


本当に近くにいるとすれば、灯籠の灯りが届かない範囲にいるのだろうとガトレは考えた。


「アラクモが気になるなら──」


ゴォウ! バァン! パラパラパラ……。


──探して一声掛けようか、と続くはずだったガトレの言葉が大きな音で消え失せる。ガトレはすぐさま音が響いた方向に向いた。


ガトレ達が歩く廊下の両横には中庭が設置されていた。片側には噴水もあり、昼間の休憩時間には、寝転がって日向ぼっこをしているアビトを目にすることもある穏やかな空間だ。


そこに、大きな火柱が立ち昇っていた。噴水が無い方の庭。位置的には噴水とは対角線上である。


「わー!わー!たーへん!」

「アラクモ!?」


とぐろを巻いた炎が轟音を立て燃える。その傍らに、ガトレの見知った顔がいた。先ほどまでは闇に隠れていたアラクモは、炎に照らされる事でガトレの視界に現れたようだ。


「ガトレ様!火を止めましょう!」

「あ、ああ!」


まさか、アラクモがやったのか?

ガトレの脳裏を過った可能性は混乱を生じさせたが、ナウアの声で無事に正気を取り戻す。


炎に有効なのは水だが、簡略化された軍式魔術の中には、水系統の攻撃魔術が存在しなかった。

せいぜいが飲み水を用意する為のもので、それではこの炎に太刀打ちできない。


「ナウア! 軍式魔術には有効な術式の記憶がない! 一から描き出す必要があるぞ!」

「それは……では、私は人手を集めます! その間、被害が広まらない様になんとか抑えてください!」

「ああ、わかった!」


ナウアが走っていくと、ガトレも火柱と鉱人の元へ走り寄っていく。


「アラクモ! 無事か!?」

「ガトー! たーへん! 止めないと! どうしよ!」

「わかってる。俺が術式を描くから、完成したら魔力を込めてくれるか?」

「わかーたー!」


ガトレは術式を真似させるのではなく、自身が2回描く方が早いと判断した。今は何よりも手間取る時間が惜しい。


火柱に近づいた為に熱気を感じるものの、身体に触れた火の粉がその身を焼く事はない。魔力でできた炎だからこそ、魔力に防がれているのだ。

しかし、この火柱の中に入ればその限りではない。


息を呑み、乾いた目を一度瞬かせると、ガトレは指に魔力を込めて術式を勢いよく空中に描き出した。

水、多くの、集める、上昇、上昇距離、前進、移動距離、分散、落ちる。


術式の誤字は許されない。崩れてしまえば魔術が成立しなくなってしまう。


火柱に近づいたお陰で距離は稼いだ。移動分の魔力は浮くだろう。術式を描くところから始めた為、どちらかといえば時間との勝負だが。


「よし! アラクモ! 魔力を込めろ!」

「わかーた!」


ガトレが術式を描き終える。完成したのは、晴天が続いた際に使われる魔術を改良したものだ。


ガトレはその場から離れ、もう一度同じ術式を描き始める。一方でアラクモは術式に魔力を込め始めた。鉱石体の右腕にも魔力が通い、赤い光を放っていた。


魔術の出来を伺いつつ、術式を描きながらガトレは火柱を確認する。そこで、違和感を覚えた。

火はまだ弱まっていない。……だが、拡大もしていない?


ガトレには、火柱が強まりも弱まりもしないまま、その場に留まっているように見えた。


軍式魔術か? だとすれば、先日の作戦でも使われた対空火柱魔術だが、どうしてこんなところで……。


疑問を覚えるガトレの横で、いつの間にか大きな水の塊が出来上がっていた。プルプルと流動する球体はゆっくりと上昇していく。速さの術式も必要だったかとガトレはほぞを噛んだ。


「ガトレ様! 呼んできました!」


ナウアが連れてきたのは全部で5名の兵士だった。その中には食堂で話をした、アラクモと同じ小隊の虎人もいる。


「私は第八小隊兵長のシズマだ。なぜ火柱が上がっている。簡潔に状況を説明せよ」


ナウアより一歩前に出た兵士が鼻を鳴らしながら尋ねる。

居丈高な態度は不満だったが、ガトレは振り向かずに術式を描き進めながら答える。


「原因は不明。火柱を止める為に術式を描いております。一つ目は既に起動し、二つ目はただいま描き終わりました」

「理解した。ならば二つ目は私が起動しよう。下がれ」


ガトレはシズマに場を明け渡す。術式を描き終えた事で、そこでようやくシズマの姿を見た。


シズマは、雄々しい毛並みのたてがみが顔を覆っている獅子人であった。体躯もガトレより一回り大きいが、その目には獰猛さではなく落ち着きを浮かべている。


その場に雨が降る。正確には、アラクモの魔力で発動したガトレの術式による、水降魔術だ。

豪雨とまではいかないが、宙に溜まった水はしとしとと降り、少しずつ炎を弱めている。


その間、シズマは左手をガトレが描いた術式に当て、右手で何らかの術式を描き出していた。そして、ガトレの二つ目の術式が起動すると同時に、シズマが右手で描いた術式が完成したらしく、右手にも魔力を込め始めた。


雨の勢いが強まる。一分もその場にいれば全身がずぶ濡れになるには十分な空間で、ガトレはシズマが右手に大剣を持っていることに気づいた。


それも、ただの剣ではない。水でできた大剣だ。


「はああああ!」


シズマが大剣を両手で持ち、雨に濡れた体で火柱に突撃する。そのまま、両手を持ち上げて大きく振りかぶった大剣で、火柱を斜めに切り裂く。


斜めに割れた火柱は雨に打たれ消え去る。代わりに蒸発した水分が湯気となって立ち昇っていく。


残ったのは標的が消え、目的を失いながらも落ちることしかできない水の塊。それだけであった。……そのはずであった。


「す、すげえ……」

「これ……は」


残響の様に誰かから漏れた感嘆の声。続いたのは呆気に取られたような獅子人の声。そして最後に。


「どうして死体があるんですか!?」


理解しきれない状況に対する驚愕。それを誤魔化す様な怒声が、雨音を掻き消すように響き渡った。


何事もなかったかのように消え去った火柱が、置き土産の様にして残した存在。ヒトの形をしていたという事だけが辛うじてわかる黒焦げの死体。


雨が止んでも、ただそれだけが、その場に残っていた。

*この作品のジャンルはファンタジーです。

(が、一部ミステリアスな表情を見せる事もあります)


*推理要素が出てきたので、一章完結付近でジャンルを推理に変えました。(2024/10/8)

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