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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
1章:渦中の鉱人

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究謀門の人々

軍本部の中でも究謀門の区画は、研究所と工房を保持しているのが特徴である。

中では日夜、魔術の実験や兵器の開発も行われており、成功には多くの失敗がつきものだ。


「ここは……戦場か?」


それは、今まさに轟いた爆発音を耳にしたガトレの感想であった。


「作戦明けの治癒室を見ても同じ感想が出ると思いますよ」


モクモクと煙が上がる方向を一瞥しただけで、動じた様子のないナウアは淡々と言う。


「軍に属せばあるべき場所は常時戦場ということだな」


頷きつつも、ここへ来るまでに通った人圏管の事も思い出したガトレは、そう結論づけるとナウアに並んで区画の入口へと向かう。


そして進んだ先、究謀門の入り口には見張りの兵士が二人立っていた。会計門所属の財圏管だろう。ガトレが所属する陸圏管は荒っぽい印象の兵士が多いが、目の前にいる二人の所作は対照的に洗練されて見えた。


「事前に予定のない来客は要件を確認したい。英雄殺しともなれば尚更だ。理解できるな」


物々しい雰囲気を醸した犬人と猿人、二人の兵士は、魔道銃をガトレに突きつける。


「ピューアリア様に用がある。英雄殺しの件で押収された証拠品が、人圏管に返納されていないんだ。そこで受付から回収を頼まれた」

「なるほどな」


猿人が銃口を離さないまま、犬人と視線を交わす。犬人は魔装具デュアリアに触れて、何やら操作し始めた。


「用件はそれだけか?」

「いや、それともう一つ」


次はガトレがナウアに視線を流す。ナウアは頷いて質問に回答する。


「こちらにいらっしゃるフギルノ博士とお話したいのです。いらっしゃれば、ですけど」

「ああ。……確か、三日前に帰ってきてから外出はしていないはずだ。会えるだろう」

「そうですか。それは良かったです」


ナウアはほっとした様に表情を軽く緩めた。

そして、デュアリアの操作を終えたらしく、犬人が猿人の銃に手を当てて下ろさせた。


「ピューアリア様の返納が滞っている事が確認できた。全く、あの方は本当に何ともならん。エインダッハ様を見習って欲しいものだ」

「まあ、そう言うなよ。俺はあの人がいると飽きがなくて楽しいぜ? っと、失礼。ちょっと待ってろ」


猿人は押しとどめる様にガトレ達の前に掌を向けた後、区画の中へ入っていく。

それから間も無く、一人のヒト族を連れて戻ってきた。


「面倒ごとは尽きないものですね」


眠そうに目をトロンとさせたヒト族であった。欠伸をしてから頭を掻き、それから息を吐く。


「どうも。究謀門の副門頭、デリラ=ノザです。ピューアリア様の代わりに話を聞いたり取り次いだりする、まあ、調整役ですよ」

「デリラ究謀門副門頭、初めまして。私は陸圏管のシマバキ=ガトレ。こちらは医圏管のシラノ=ナウアです」


ガトレとナウアは一礼する。デリラはガトレに首を振った。


「デリラで良いですよ。それかデリラさんで。慣れないものですから。で、押収品の返納でしたっけ。俺がやっておきますよ」

「良いのですか?助かりますが、副門頭ともなれば忙しいのでは」

「さっきも言った通り調整役なんでね。雑事は俺が代わりにやっとくんですよ。たはは」


空元気の様な笑いと常に眠そうな表情から、ガトレはデリラの苦労を察し目を伏せる。


「では、申し訳ありませんがお願いします」

「はいはい。あとはフギルノ博士ですよね。俺が案内しますよ。ついてきてください」

「何から何までありがとうございます。感謝します」


ガトレは本心からそう思って言った。

デリラの応対が英雄殺しに対する態度ではなく、単なる客人として扱われている様に感じられたからだ。


ピューアリアもそうだったが、デリラも同じかもしれないな。研究以外に興味がない。

普段なら困る性質も、今のガトレにはただありがたかった。


そうして、特段の会話もなく、区画に入ってから少しばかり歩いたところで、扉のない開放的な部屋の前に着いた。


「ここです。あそこに見える梟の鳥人がフギルノ博士です。では、俺はここで失礼しますよ」

「親切にありがとうございました」


デリラはまたもや首を振り、何も言わずにその場を後にした。


「究謀門に来たのは初めてだったが、良いお方だったな」

「ええ、賢い方ですね。あの人は。雑事をこなしているだけあります」


ナウアの感想はガトレと少し異なった印象に思えたが、どこかに受け取り方の違いがあったのだろう。究謀門の副門頭であるということは、賢いというのが事実でもある。


「そうだな。それで、フギルノ博士だが、私は初対面だ。ナウアから紹介してもらっても良いだろうか」

「構いません。では、先を行きますね」


ナウアが前を歩き、ガトレは周りを見渡しながらついていく。

部屋の中は、植物や油や本の匂いが混ざり合ったような独特な空間だった。図面を広げる者、ブツブツと何事かを呟く者、見たことの無い術式を宙に描く者、興味深い存在は多く、いずれもガトレの目を惹いた。


「フギルノ博士、お久しぶりです」

「その声は、ナウアですか」


フギルノ博士はガトレ達に背を向け絵を描いていた。

モノクロだが精緻な筆致。森の中の様だが、葉の模様、小さな生き物など、ヒトの目には捉えられないような細かさで描かれている。


「相変わらず、絵を描くのがお好きなのですね」


フギルノ博士の首だけが回る。大きな黄色い目が印象的で、ニコリと笑った。


「ホホーウ。記録は重要ですよ。記憶という不確かなものを確実にする為のものですから」


首を絵の方に戻して一枚の葉を完成させると、フギルノ博士は立ち上がり、ガトレ達に身体を向けた。

フギルノの背丈はガトレ達よりも頭一つ分高かったが、あまり圧迫感を感じない。


「さて、今日はどうしました? 貴重な休日ならば、私に割くのはもったいないと思うのですよ」

「残念ながら休日ではないのです。こちらは陸圏管のシマバキ=ガトレ様。英雄殺しの嫌疑が掛けられています」

「ホホーウ。このヒト族が例の。しかし、ナウアが共にいるのなら、犯人ではないという事でしょうか」

「確証はありませんが、サジ様から助手を仰せつかいましたので、信じるに値するとは思っています」

「なるほど。……では、私も信じましょう」


フギルノ博士は首を回し、ガトレと正面から目を合わせた。


「ガトレくん。私はフギルノ。博士と呼ばれていますが、趣味でヒト族とアビト族の起源を研究している者です。本業は売れない画家ですよ」

「よろしくお願いします。フギルノ博士。……失礼ですが、趣味と本業が逆なのでは」

「ホホーウ。よく言われます。ですが、私はそうありたいのですよ」


微笑むフギルノにガトレは思わず笑みを溢した。

そうありたい。望む姿があるのは、ガトレにとっても同じ事であったからだ。


「フギルノ博士。ガトレ様は無実を証明する為に、魔術についての知識を必要としています。その中で、魔力を抑える術の話も出たのですが……その、フギルノ博士の研究と合わせて聞いた方が理解しやすいかと」

「なるほど。……異文化交流ですか。交報門が努めているとの事でしたが、まだ普及していないのですね。ホホーウ。わかりました。私からお話しましょう」


快諾してくれたフギルノに対し、ガトレはおずおずと尋ねる。


「一体、どのようなお話を伺えるのですか?」


フギルノの片目が横から閉じられた瞼によって見えなくなる。片目を瞑って一見お茶目にも見える表情のまま、フギルノは答えた。


「種族の成り立ちに関する仮説。そして婚姻魔術のお話ですよ」

「婚姻…‥魔術」


ガトレはあまり良い感想を抱いていない魔術を耳にし、苦い表情を浮かべるのだった。

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