雪山でオノマトペ
わくわくしながら待った今日の日が遂にやってきた。
今日は付き合いはじめたばかりの彼女と、初めてのデート。
僕はバイト代をぜんぶ注ぎ込んで買ったお洒落なスキーウェアに身を包み、精一杯カッコよく余裕のあるふりをして、彼女をゲレンデに誘い出した。
「あたしスキー初めてなの。教えてね?」
「うん、任せてよ。俺もたいして上手くはないけどさ」
どどーん
ふふふ。スキー教室に5年通っててよかった。大したことないと断っといて、彼女の前で華麗な滑りを見せるんだ。きっと彼女、僕への想いがリフトに乗って、高いとこまで登っていくぞ?
「きゃあっ! 止まらないっ! 止まるのはどうすればいいのー!?」
「落ち着いて! ボーゲンをハの字型にして!」
ががーん
「わかんないっ! ボーゲンて何!?」
「板の前をくっつけるみたいにするんだっ! まだスピードは乗ってないぞっ! 乗ってしまう前に……」
しまった……。止まり方だけは教えておくんだった。自分の華麗な滑りを見せることばっかり考えてて、彼女に基本的なことを教えるのをすっかり忘れていたぞっ!
ど、ど、ど、ずががーんっ
うるさいな。さっきから何の音だよ。恋人たちが楽しくスキーをしてる後ろで……
「うわわーーっ! 止まらない! スピード乗ってきた! たたた助けてくれーーっ!」
「A子ちゃん!」
ずどどがががーんっ!
ま……、まさかこの音……。雪山でこんな音がするってことは……雪崩? 雪崩が起こってるのか!? 大変だ! 僕だけでも逃げないと……。違うっ! A子ちゃんを助けて、華麗にいいところを見せて、彼女の心にダイヤモンド・ダストを刻むんだっ!
ぼーん!
ぼーん? ぼーんって音がしたのか、今? 爆弾が弾むような音だったぞ? 雪崩でぼーんって音、するか?
その時、山より大きなオッサンが立ち上がった。山の神だとすぐわかった。
「男よ。貴様、我が娘の何じゃ?」
そう言われて初めて知った。
「A子ちゃんて、山の神の娘だったの?」
「うん。テヘペロー」
そういえばずっと白い着物一枚の姿で寒くないのかなって不思議だった。
「なのにスキーが滑れないって……」
「エヘ! ペロペロー」
「しかし……じゃあ、さっきからの怪音は、山の神が発してたのか」
「ううん。あれ、あたしの心臓の音ー」
「壮大だな!」
山で怪音を耳にしたら、近くで山の神の娘がスキーをしてると思ったほうがいいと、僕は初めて知ったのだった。