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銀の盟約  作者: 朱市望
2 本編
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⑤カステル伯爵家


 夕刻に、弟のリヒターはむすっとした表情を浮かべてカステル伯爵邸へと帰還した。エーファは、と聞くのでお風呂に入って薬を塗って今は休んでいる、と答えた。ならいいけど、と弟はそっけない返事である。ちゃんと、会の途中で帰ってしまった妹を心配してくれていたようだ。

 パトリシアは弟を労りつつ、飲み物をソフィに用意してもらいながら、宝探しはどうだったのかと集まりでの様子について尋ねてみた。


「さあ? 王子殿下は中座してしまって、大人はおろおろするだけ。結局手持ち無沙汰で退屈でがっかり。お土産にお菓子はもらったけどね」


 そう、とパトリシアは返事をした。弟が手に持っていた小ぶりな包みに視線を走らせると、これは最初から最後まできっちり参加した僕のご褒美だ、と主張する。


「誰も分け前の要求はしていないでしょう。……お疲れ様、もうお湯の支度が出来ているそうよ。お父様に報告したら今日は早くおやすみなさい。きっと知らない間にも気を張って過ごしたでしょうから。きっと、最後まで頑張って立派だったと褒めて下さるはずよ」


 リヒターはしばらくの間、何とも言えない表情でこちらをしばらく見つめていた。その後で、袋の中から焼き菓子を一つ出して姉に分けてくれた。あとでパトリシアも、とっておきのお菓子を一つ分けてあげる、と約束する。



 一緒に父の私室へ赴いて、弟が簡潔に説明した。妹が帰って来た時に聞いた通り、数人ずつに分かれて王城の庭園に隠されたいくつかの品物を探し出す、という遊びをしたらしい。けれど手違いがあって宝物と組の数が合わなくなって、進行に影響が出てしまったそうだ。それで、殿下は気を悪くして中座してしまったらしい。


 パトリシアの婚約者、ルイスは王城で王太子殿下の側近くで仕事をしている。しかし仕えている相手がどのような人物なのか、詳しく聞いた事はなかったと、今頃になって気が付いた。仕事の話は機密に触れてしまうから、と当たり前の理由である。


 リヒターの説明を聞きつつ、流石に主催した会の進行が上手くいかなかったので腹を立てて出て行ったわけではないだろうと思う。体調が優れなくなってしまった、もしくは緊張していたり、当日の準備で忙しく無理をしてしまったに違いないと、パトリシアは結論づけておいた。


 招かれた子供達の中で目立った活躍や、お気に入りになれそうな言動が上手にできた子はいなかったと思う、とリヒターがぼそぼそと説明した。弟が把握しているだけでも小さな諍いが何件かあったようで、随分と気疲れしてしまったようだ。あまり楽しくはなかった様子である。


「そうか」


 父は弟からの詳細な報告を聞いたが、感想はごく短い。下がってよろしい、と言う。もう少し労ってあげて欲しかったが、弟は言われるままに従った。

 

「リヒター。今日はお疲れ様。私は、大変な中で最後までがんばったと思う」

「……ありがと。姉さんもエーファの面倒とか、とりあえず終わってほっとした? 正直、準備の方が大変だったよね。お疲れ様」


 姉弟は廊下に出て、しばらくの間無言だった。母が生きていてくれたら、もっと上手に労わりや優しい言葉を思いつくのだけれど、パトリシアにはこれが精いっぱいである。

 弟は珍しく、気が緩んでいるのもあるのかいつもより饒舌に応じてくれた。


 おやすみの挨拶をして、そのままお互い自室へと引き上げた。






 翌朝、屋敷を訪ねて来たのは、お菓子とお花を持った可愛らしい客人である。妹エーファのお見舞いに来たと挨拶と用件を告げた。付き添いの家庭教師が後ろに控えていて、昨日のお茶会で同じ組み分けとなって、王城で宝探しを途中まで一緒だったのだと説明してくれた。


「一応見つかったのですが、かなり歩き回ってもなかなか発見できなくて時間がかかってしまったのです。エーファさんが殿下を待たせてはよくないから先に行ってどうぞ、と言うので甘えてしまい……。ごめんなさい、一緒にいるべきでした。心細かったと思います」


 どうしていますか、と丁寧に尋ねられた。怪我の件は知らない様子だ。エーファがどんな状況で靴擦れを起こしたのか、詳細が判明してパトリシアは驚いた。一緒になった他の女の子達を、本人なりに気遣った結果であったらしい。


 パトリシアはそわそわしそうになるのを我慢しながら席を外して、妹のところへ向かう。のんびり起き出しているエーファの横に座った。どうなの、と訊ねたが特に体調は悪くなさそうである。


「もう痛くないよ。それにちゃんと沁みないお薬でよかった」


 エーファはここ数日の緊張からも解放されて、のんきに欠伸をしているところだった。それなら、とパトリシアは妹にこそこそと耳打ちする。


「エーファ、上手くやればお友達になってくれそうよ。昨日会った子だから、頑張って」


 昨日は無事に屋敷に戻って、靴擦れも数日で良くなりそう、わざわざ気を遣ってくれて、という話の流れに持っていくように打ち合わせをして、急いで支度させた妹を連れて客間へと戻る。二人が良い雰囲気で話し込んでいるのを見て、パトリシアはそっとその場を離れた。

 その後も、別の子が訪ねて来たり、本人は来なくても屋敷の人間を遣わせて来たり、とどうやら優しい子達と同じ組み分けだったらしい。


 可愛い客人達が帰って行った後、エーファが積極的に同年代の子と交流したい、と珍しくやる気である。パトリシアは手紙用の便箋と封筒選びを手伝い、文章の下書きもやった。今日のお礼を兼ねて後日集まる場を設けたい、と張り切るので段取りや時間帯の調整の仕方を教えておいた。


 その調子で妹の面倒を見ていると、再び屋敷に客人があった。今度は使用人用の裏口である。頭を下げたのは昨日の、ルイスの屋敷に新しく入ったという薬師である。ニナと言います、と改めて名乗った。


「昨日の件で、傷痕が残らないように薬をお持ちしました。妹君の容態は、と主人は手が離せませんが、しきりに心配していて」 

「どうもありがとう。……エーファは平気よ、ルイス様にもそう伝えてくれるかしら」

「承知いたしました。……ところで当方、女性が喜びそうな品は、なんでも取り扱っております。お肌を綺麗にするとか、虫よけに手荒れ、もちろん心が落ち着くようなお茶にお菓子に香りをお楽しみ頂くものまで」


 今日はとりあえずこれを、と薬師のニナはかごを差し出した。目に入っただけでも、石鹸や香油が入っていると思しき瓶がいくつも並んでいる。女性向け、と宣伝するだけあって、包み紙や外箱も可愛らしいあしらいがされている。彼女は自らの仕事ぶりに相当な自信があるらしい。


「そんなに大きいお店なの?」

「いえ、私の家は父が個人でやっているのを家族で手伝っているような小さなところです。ヴァンティークの令息が父の仕事ぶりを気に入って、それから他のいくつかのお店と交渉して下さって、色々な種類の商品を取り扱えるようになったのです」


 彼女はよどみなく説明してくれた。ルイスが分野の違う複数の店を繋げて、様々な商品化や薬草の確保、取引が円滑に進むように調整しているらしい。


「使い心地がお気に召しましたら、是非ともご用命くださいませ。次期侯爵様がお目を掛けてくださって、宣伝費が潤沢なのでございます。お嬢様のお友達にも、ぜひぜひ配ってください」


 今のは内緒で、とニナはにやりと悪戯っぽい魅力的な笑みを浮かべてみせた。必要以上に媚を売るような口調ではない。それでいておしつけがましいわけでもなく、実にそつのない対応である。パトリシアは好感を持った。


 帰り際に、ルイスがここへ来るにはあと数日はかかるだろう、と教えてくれた。

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