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銀の盟約  作者: 朱市望
2 本編
11/32

⑪パトリシアのお友達(?)


パトリシアは出先へ向かう前に、教会へ寄ってもらった。伯爵家や、婚約を結んでからはルイスの侯爵家も、この施設を支援してくれている。近隣の人々の憩いの場であり、母もここで静かな眠りについている、特別な場所でもあった。

 墓地に寄って花を手向けた後は、先日大量に制作した靴下を顔なじみの司祭へ手渡した。全員にいきわたる分のお菓子も注文して、後で届けてもらえるように手配済みの旨を伝えた。



 ちなみに、侍女のソフィもここに身を寄せていたのを、住み込みの仕事を探している女性がいると紹介されたのが出会いである。これまでも何人か、カステル家本邸や関係する施設を就業先として提供していた。


 いつからだったか、墓地の掃除をしていたソフィを見かけるようになった。彼女は童顔な上に背丈もあまり高くないので、当時はまさか年上だとは思っていなかったけれど。彼女によると教会にお世話になっているので、これくらいはと言っていた。


 本人の希望と教会からの要請を受けて、彼女を雇い入れる方針を固めた時分には、ルイスも隣国から戻って来ていた。そうなるともちろん猫さんもいて、盛んにソフィのスカートの裾あたりでふんふんと匂いを嗅いでいた。あまりにも熱心だったのが面白くて、ソフィは何か匂うのかと心配していたが、空気がやわらかくなったのを覚えている。


 パトリシアが近いうちに成人し、家の外へ出て行くようになれば、信頼できる女性の目線からの助言が欠かせない。特に母が亡くなってしまった今となっては、必要不可欠なものだった。

 ソフィ自身は教会へほとんど身一つで駆け込んだ経緯を何も語らない。しかし以前はそれなりの教育を受けていたのだろうと、パトリシアは彼女の言動の端々から推測している。

 彼女が教会に保護される際に寄進した財産のうち、父親の形見だという品を買い戻して、本人に渡してあった。きっと魔除けのために作られたであろう銀の短剣を、時折ソフィが取り出して眺めているのを、主人である自分だけが把握していた。






「今日はお花を見ながらお話でしょうかね、お嬢様」

 

 目的の屋敷へと到着し、馬車を停めただけの場所からでも、ここがよく手入れされた庭園の一画であるのが明白だった。

 ソフィは春の穏やかで美しい庭園を、嬉しそうに眺めている。休憩していて、と御者と一緒に留守に残し、パトリシアは建物の方へと向かった。

 

王都郊外には、こうした広大な庭園付きのお屋敷がいくつもある。ルイスは学校にいるので不在だけれど、侯爵邸もここからほど近い場所にあった。


 今日の集まりに招いてくれた夫妻は、母の友人である。特別親しい間柄でも、家の外という認識だ。まだ未成年の扱いとはいえ、気を引き締めなければならないだろう。

 社交界に出る前の予行演習として、親戚や姻族、もしくは親同士の交友関係を頼って、子供達は社交界へ臨む訓練を積んでおくものだ。人前に出て失礼にならないような振る舞い、顔合わせや友好関係を広げておく場でもあった。


 集まりの内容は主催者に委ねられている。教育的指導を積極的に行う場合もあれば、今日のようになんとなく集まって館の中でおしゃべりに興じる、という場合も多い。


 いつも夫婦そろって客人を歓迎してくれるのは、パトリシアの知る中でも仲の良い夫婦である。いつか自分もルイスと、このような場を設けて行くのだろう。恰幅の良い当主は釣りが趣味だそうで、とても話が合うらしい。

 しかし、珍しく今日は奥方の姿しかいなかった。


「あら、いらっしゃいパトリシア。待っていたのよ」

「ええ。いつも勉強させていただいて、助かります。少しだけ覗いたのですが、お花が素晴らしいです。ところで今日、ご主人はいらっしゃらないので?」

「そうなの、滅多に会えない友人がこちらにいると言って、出かけてしまったの。そのうち戻る予定よ。後でゆっくり、庭でお茶にしようと思っていて」


 世間話に応じていると、こちらに近づいて来る人影が視界の端に移った。来たな、とパトリシアは相手が口を開くまで気が付かないふりをしつつ、心の中でしっかりと身構えた。


「あら、ご機嫌いかが。パトリシアさん」

「そちらこそ、相変わらずのご様子ね。お元気そうで何より」


 応じたパトリシアに、ブランシュ嬢は余裕たっぷりに、洋扇子を持ち直しながら優雅な一瞥を寄越した。相手はシャリエ伯爵家の令嬢である。名前の通りの透き通るような白い肌や蜂蜜色の豊かな髪は美しく、このような場ではひと際目立つ存在だった。


 パトリシアにとっては同い年、同じ伯爵令嬢という肩書として、引き比べる対象になってしまう事が多い。

 

「婚約者殿はご健勝かしら。先日の一件で、王城は随分と混乱したとか。辞したのは責任を取らされた形だと、色々と噂が入って来ていますけれど」

「本当にそうでしょうか? 情報の精査は十二分に行いませんと。少なくとも私は、王城という特別な場で、職務を誠実にこなしている方々を笑う気にはなりませんね」 


 挨拶もそこそこにブランシュは、ルイスの王城での一件を持ち出してきた。言い負かされた状況はまずいので、反論しておく。どうせ相手もその場にいなかったのは招待客の年齢からして確定なので、伝聞でしか把握できていないのはお互い様である。弟妹からこちらが聞き取った以上の話は、あちらも知らないはずだ。

 そもそもルイス本人が口にした通り、王城への出仕には最初から期限が設けられていた。彼が口にしていた通り、時期を考慮すればそのように捉えられても仕方のない一面もあるかもしれない。


 彼女は毎回この調子であるので、必ず言い合いに発展する。それなのにすかさず寄って来るあたり、実はパトリシアが好きなのではないかと勘繰ってしまう程だ。逆に、何か彼女の気に食わない言動をしてしまっただろうかと頭を捻るけれど、特に思い当たる節もない。

 

 まあまあ、と主催が間に入るまで、パトリシア達のにらみ合いが続いた。半ば無理やり引き離されて、まだ向こうは何か言い足りない様子である。パトリシアはやれやれと、もう少し和やかにやり取りができる女の子達の方へと合流した。


「嫉妬しているのよ、あの方」

「そうなのかしら。困った人ね」


 友人達に慰められて、パトリシアは肩を竦めた。実際に引き比べられたとして、彼女に胸を張って勝てる要素はあまりないと思う。


 ブランシュのこれまでの主張をまとめると、カステル伯爵家が格上にあたるヴァンティーク侯爵家との縁談を取り付けたのは、古くからある由緒正しき家柄のおかげである、という認識らしい。つまり、パトリシアの何たるかが優れていたからではない、と言いたいのだろう。


 小物や衣装を観察する分に、趣味は合いそうな気がする。ただし、仲良くしてくれる気があるかどうかはまた別だ。


 無難な世間話に興じながら、パトリシアは考えを巡らせる。王城という場所とはいえ、あのルイスがそこまでの失態を犯すとも思えない。噂は広がっているようだが、彼の主人でもあったオレリアン殿下の意見はどうなのだろう、と思う。雇い主という立場であれば、仕えてくれた人を悪し様に貶すような者、注意くらいしてくれればいいのに、と内心では思う。



「今日は特別なお客様を紹介しようと思いまして」


 客人が揃ったらしい。主催の夫人が嬉しそうに紹介したのは、二十代半ばの若い青年が二人。集まった女の子達からは、期待や関心に満ちた歓声が上がった。

コンラッド・フェネオン侯爵で、このような場ではなにかと話題になる人物だ。眉目秀麗という言葉の似あう貴族青年である。髪を伸ばして、リボンで優雅に一つにまとめるのは古風な装いだが、彼の雰囲気には合っていた。

 もう一人も整った顔立ちで、こちらは友人らしい。軽く目線で挨拶した後は、コンラッドに注目しているのみだ。


 パトリシアにとって、成人前の少女達を集めて面倒を見てくれる家はそれなりにある中、ここは気軽な情報交換が主な場であるという認識だった。ところが最近は方針を変えてしまったのか、外部から信用のあるお客様を招いて、社交界へ出て行く際の心得などを説いてもらう機会が増えている。

 とても口には出せないが、本心としては以前のようにゆっくり交友を深める会でいて欲しかった。


「ここは、まるで王宮の庭園に匹敵する美しさですね」

  

 コンラッドは集まる視線に優雅に微笑みながら一通りの賛辞を口にした。そうして場の雰囲気を高めてから、話題を切り出した。

 かつて盛んに、新大陸を求めた船が多く出港した時代があった。フェネオン侯爵領は、現在も交易の一大拠点として栄えている場所だ。彼は自分の家がいかに国の発展に貢献してきたか、という内容について熱心に話している。外に目を向けなければ、と彼は続けた。


「悪夢などと、ありもしない怪物に慄く我が国が、他国からどのように言われているか。そうでなくても、この国は錆びついた迷信から抜け出せていない。今時、魔除けに銀の品などと……」


 彼らを囲んで、集まった少女達はうっとりとしたため息をこぼしている。一方で、パトリシアはこの話を、全く別の場所で開催された集まりでも耳にしていた。彼がもったいぶるように取り出した、持参した宝石飾りの見事なティアラを取り出すところまで同じである。

 

 結婚相手を探している、という噂は本当なのだろうか。もしそうなら、もっと成人している女性の中から吟味するべきだろう。

 こっそりと、パトリシアは輪の外の方にさりげなく移動した。自分は別の機会に鑑賞させてもらったので、他のよく見たい子に譲るべきだ。


 こちらとしては、そんな言い方をしなくてもいいのに、とも思う。パトリシアは母が残してくれた銀の髪飾りや、ルイスが以前に自分達姉弟に気を回して用意してくれたペンダントの存在がある。誰かを大事にする気持ちを特別な品に込める、という形式を古臭いと批判されたくはない。


 早いところ、庭園へ移って美しい花々を観賞する流れにならないかと窺っていたが、皆取りつかれたように彼の持ち込んだ宝飾品に引き付けられている。


「……」


 本日の特別な客人が結婚相手を探しているとしたら、ルイスがいてくれる自分に用はないはずだ。輪の外の方にいたパトリシアは、その場をこっそりと抜け出した。

 

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