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そして、夜会の日になった。

それまでの二週間、遠乗りの後もお兄様は数日おきにコレット様の家に通っていた。

手土産に何をもっていくか、最初はヤスミンと私に相談していたけれど、ここ最近は聞かれていない。出入りの商人を呼んだりしていたから、コレット様がどういうものが好きか、お兄様にもわかってきて自分で選んでいたようだ。


実際、そのうちのいくつかは夜会の日にコレット様を飾っていた。上から髪飾り、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、ドレスに靴。はっきり言って全身。

お兄様、ウザいをとおりこしてコワい。


今回の夜会はあの人たちは来ない。そう、例の集団婚約破棄事件を起こした王太子殿下たちは謹慎中。コレット様の元婚約者ジョエル様もだ。

そうでなかったらコレット様は絶対来なかっただろうし、そうしたらお兄様との婚約をさりげなく広める機会も遅くなったに違いないから、これは運がよかった。


親しい人たちには婚約のことは直接知らせてあるけど、変な噂をする人って親しくない人だ。とんでもないことに巻き込まれて婚約破棄になったコレット様の名誉回復もしたいし、長いこと婚約をしなかったお兄様が裏でいろいろ言われていた事実無根の噂もこの機会にきっちり払拭したい。


「そうなの。お兄様がコレット様と婚約して私もうれしいわ。お兄様はずっと前からコレット様のことを……。でも、ほらコレット様は別の方とね」

私は周りに集まった令嬢たちに、思わせぶりに目をぱちぱちやってみせる。令嬢たちは感嘆の声をもらした。


令嬢たちの視線がコレット様とお兄様のほうに向く。

あの事件以来、コレット様が夜会に出るのは初めて。

本当だったら、私みたいにその件について聞き出そうとする人たちに囲まれるところだったんだろうけれど、がっちりとお兄様にエスコートされて登場し、お兄様にうれしそうに話しかけられ、しきりと世話をやかれている。

今は見事なステップでダンスに興じているが、その間もお兄様はコレット様の耳元に話しかけている様子。

どうみても婚約してるっぽいけれど、コレット様は婚約破棄したばかりなのに? あら、あそこに妹がいるから聞いてみましょう、ってなるわけで、さっきから私はさほど親しくもない同級生の子の質問に延々答え続けているわけだ。


婚約者のいる女性をずっと想い続け、ついにその恋を実らせた、という例の話は、ここでもえらく評判がいい。

同級生女子たちは一様に「まあ」とか「素敵ね……!」とかいい感じの反応をしてくれる。


ダンスを終えたお兄様がコレット様を置いて歩いていくのが見える。あ、飲み物を取りにいったのね。

あら、若い男性がコレット様に話しかけてる。手を差し伸べているから、次のダンスに誘っているのかしら。


「素敵なお話だわ。私たちの場合、なかなか難しいけれど。家のためにもなる方というのが先にありますもの」

「でも、そんな風に想ってくださる方が理想よね」

「そ、そうね」

相槌を打っているとお兄様が戻ってきた。あからさまにコレット様と若い男性の間に入っている。若い男性は心のせまいお兄様に押しのけられるようにして退場。


「アガタ様はもう?」

「はい?」

しまった、お兄様たちのことを見ていて聞き逃した。

「あ、お話がまだ?」

「いえ、その」

「そうですよね、婚約は整うまでに時間がかかりますものね」

「アガタ様もそういうお話があるのね。私もがんばらなくちゃ! 今日もどなたかいい方がいらっしゃればと思ったのですけど」

「ついつい、話しやすい女性とばかりこうして集まってしまって」

ほほほ、とみんなが笑いあう中、私も笑ったけど、内心笑えない。まったく笑えない。


学園を卒業するまでのあと2年で見つける自信がまったくない。

優良物件は買い手がたくさんいるので、当然のようにすぐ売れる。親に熱意があれば子供のころにいいのを見繕って婚約させたりもする。

うちの親も上の姉三人のときはそれなりに熱意があった。一番上の姉など6歳のときに婚約している。二番目と三番目が早い婚約を嫌がったので、その熱意は少し落ち、ヤスミンが自分で見つけてくるにいたって、私の婚約については無関心に近くなった。


ひとつには、兄の婚約がなかなか決まらなかったからというのもある。

もし、兄が生涯結婚せずに子供を残すことがなかった場合、末っ子の私は婿をとって兄の跡を継がなくてはならないからだ。婿をとるか嫁にいくか、はっきりしないままでは婚約者を探すこともできない。

もちろん、その役目はヤスミンでもよかった。おそらくヤスミンはそれも考えて、さっさと相手を見つけてきたのだろう。

つまり、跡取りの重圧から速攻逃げた。


幸い兄も婚約したし、これで私も家を出ることができる。そう考えるとこの夜会は相手を探すいい機会でもあったんだわ。正式なものではないから、パートナーなしで家族で来る私みたいな婚約前の人もいっぱいいたんだから。

あれ、でも私、今日、誰からもダンスに誘われてない……。




「当たり前でしょ」

誰からもダンスを申し込まれなかったショックは翌日になっても残り、ヤスミンに愚痴を言ったら、そう返された。

「あなた、ずっと女性の友人と一緒だったじゃないの。女性の集団の中にダンスを誘いに来る男性なんて、そうそういるものですか。ずっと壁の花でいろとは言わないけど、夜会では一人でいたほうが男性に話しかけられやすいわよ」

た、確かに。

一人でいたコレット様がダンスを申し込まれていたのを思い出す。


「それに、まだお父様もお母様もあなたの婚約には消極的だと思うわ」

「なんで? 私もそろそろ婚約しないと売れ残っちゃう」

「あと、一、二年はかかるわよ。お兄様に子供が産まれるまで跡継ぎ問題は解決しないもの」

「そっかあ……」

婿取りか否か問題は解決してないのね。

「それが解決したら、お父様かお母様が婚約者を連れてきてくれるわよ。アガタは私と違って男性の好みもぼやっとしてるし、この人が婚約者よ、って言われたら、そのまま受け入れられるでしょ」

「そ、そんなことないもん!」

「じゃ、どういう男性が好みなの?」


好み。

首をかしげてしばし考える。思いつかなかったので、反対側にかしげた。

「ほらね、好みもないんじゃない」

「違うもん! えっと、ほら、やさしい人!」

「本当、好みがぼやっとしてるわね。大抵の人間は形はどうあれ、やさしいわよ」

ぐぅ。

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