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次のチャンスは二週間後の夜会、そう思ってたんだけど、お兄様もお兄様なりに思うところはあったようで、今、私たちは馬に乗っている。
お兄様がコレット様を遠乗りに誘ったのだ。
たぶん私が、コレット様は乗馬が好き、と言ったからだと思う。
私とヤスミンまでついてきているのは、コレット様に泣きつかれたからだ。二人っきりだと何をされるかわからないという不安が身についちゃってるけど、お兄様はここから挽回できるのかしら。
森の中の道、私とヤスミンはお兄様とコレット様からやや距離をおいて、後ろのほうにいる。
私たちはドレスの乗馬服で横掛けの鞍だが、コレット様はジョッパーズの乗馬服でまたがっており、さすがはお好きなだけのことはあるという感じだ。
ここからだと声が小さく話の内容まではわからないが、お兄様はにこやかにコレット様に話しかけている。最初はちらちらと後ろの私たちにすがるような視線をよこしていたコレット様も、だんだんお兄様のほうを見ながら馬を歩ませるようになってきていた。なんといってもお兄様は女性との会話が得意と言ってもいいくらいなのだ。いくらコレット様でもお兄様が本気になれば。
と思っていたら。
「私、少し走ってきますわ!」
ひらけたところに出たとたん、コレット様が逃げた。
置き去りにされたお兄様を見ると、もっのすごく悪い顔だった。舌先で上唇をさっと舐める。うわ、引くわ。獲物を見つけた顔だよね? それ?
足で軽く脇腹をはたかれたお兄様の馬はコレット様の後を追う。二人ともすごい速さで小さくなっていった。
「ヤスミン」
「ん?」
「どうしたものかしら」
「そうねえ、コレットも馬鹿よね。そりゃ逃げたら追われるわよ。でも、大丈夫よ、目的地は決まってるし、お弁当も荷物もこっちにあるんだから」
お兄様の侍従もコレット様と私たちの侍女も馬で続いてきている。お弁当や敷布は彼らの馬に乗せて運んでいるのだ。
私もヤスミンも乗馬はそんなに得意なほうではなく、横乗りで馬を全力疾走させる気はまったくなかった。
だから、目的地の湖のほとりにたどりついたのは大分あと。お兄様とコレット様はそこで待っていた。
私たちがついたとき、お兄様は地面にあぐらをかいて座り、コレット様を膝に乗せていた。
コレット様の髪に顔をうずめたまま、こちらに向かって手を振るお兄様に私もヤスミンも固まったが、もちろん、お兄様は頓着しない。
侍女に手を借りて馬から降りたヤスミンはいつもどおりのレディの微笑みだが、これまたいつもどおりイラついたときの癖で扇子を持った指に力が入っている。
「お兄様、コレットを離してくださいな」
私たちが来たとき、一度は立ち上がろうとしたコレット様をお兄様はがっちりホールドしていた。ヤスミンに言われてしぶしぶその手を離すとコレット様は飛び跳ねるように立ち上がった。顔がものすごく赤い。
「お兄様、レディを膝に乗せるものではありませんわ。猫ではないのですから」
お兄様は口を開いてまた閉じた。猫だって言おうとして、コレット様の前でそれを言うのがはばかられたのかもしれない。ということは、コレット様本人にお前は猫だ、と言うのはおかしいという認識が芽生えたってこと?
「仕方ないだろう。レディを地面に直に座らせるわけにはいかないじゃないか」
「あの、私、ハンカチを」
「コレット、君のハンカチを汚すにはおよばないと言っただろう」
だったら、お兄様のハンカチを汚せばよかったのに。
そう思ったけど、お兄様がコレット様に向ける顔があまりにも幸せそうで、言うのはあきらめた。
仕方ない。そもそも二人きりになったらこうなるってわかってたのに、走り出したコレット様の失策だ。二人で話すのに耐えられなくて走り出したのかもしれないが、結果、より一層二人だけの世界になってしまったわけだ。
そんなことをしている間に、優秀な侍従と侍女たちはさっさと敷布を広げ、お弁当を出していた。
その後は普通に会話をしながら昼食をとり、帰りはコレット様も逃げることはなかった。逃げてもろくなことにならないということが理解できたんだと思う。