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「薔薇はやめておいたら、お兄様」

「どうしてだ? 二人の思い出の花だろう」


むせかえるような香りの薔薇の庭園にいたお兄様とコレット様を思い出す。たしかに見た目はロマンチックだったけど。


「今のコレット様にはお兄様との出会いよりも婚約破棄された晩に咲いていた花って印象のほうが強いと思うわ。時間をおいて、お兄様とのことのほうが印象深くなってから薔薇を贈ったほうがいいわよ」

「そうか……。ジョエルの」

「お兄様?」

「いや、今の彼女には僕よりジョエルのほうが大きい存在なんだな」

「そりゃ、小さいころからの婚約者だったんだし」

「僕だって、彼女とは小さいころからずっと一緒だった」


たしかにコレット様とお兄様は小さいころから知り合いではあるが、そんなに接点はない。もちろん、これはベアトリーチェのことだろう。

生まれ変わり設定の無理がすごい。

お兄様に気づいてほしい、でも、気づいたらお兄様の心が壊れてしまうかも。

頭の中で高速で返事の最適解を探す。


「すぐにお兄様のほうが大きい存在に戻るわよ」

お兄様は目を見開き、そして照れくさげに笑った。

「そうか。うん、そうだよな」


そんな兄をヤスミンとお母様はうれしそうに見守っている。お母様の目にはきらりと光るものが。

お父様とお母様には、コレット様ベアトリーチェ生まれ変わり説は話していない。もし話していたら、お母様の涙は悲嘆のそれだったことだろう。


ヤスミンの入れ知恵で、お兄様は前からコレット様が好きだった、とだけ両親に話した。

「あなたが今まで縁談を断り続けていたのは猫のせいだと思っていたわ。好きな子が友人の婚約者で、それでも諦めきれなかったからだなんて」

お母様は感動し、お父様は「さっそく今日、内々に話をしてこよう」と仕事に出かけていった。コレット様のお父様を王宮でつかまえるつもりらしい。


コレット様のお父様が縁談を断ることはないはずだ。婚約破棄、しかもあんな騒ぎになってはコレット様に今後いい縁談は難しいはず。優良物件のお兄様からの申し込みは歓迎されるだろう。

父親同士の話がすんだところで、お兄様は花を持ってコレット様に婚約を申し込みに行く。もちろん、それも断られることはない。そこまでくればコレット様の意思は重要視されない。


もちろん、令嬢によってはもっとうまく立ち回る。たとえば自分で婚約したい男性を見つけてきて、遠回しかつはっきりと両親に彼および彼の家と縁を結ぶことがどれだけいいことかプレゼンしたヤスミンのように。


最低男との婚約を継続していたコレット様に、そんなテクニックがないのは一目瞭然。

よって、現在の課題はお兄様がコレット様に会いにいくときに着ていく服、持っていく花、申し込みの言葉、となるが、服はお母様とヤスミンが早々に選び出している。


襟と袖に銀糸の縫い取りのある白のスーツにエメラルドグリーンのネクタイ。婚約申し込みに白のスーツと相手の目の色は定番だけど、お兄様の髪と目にも似合っている。

お兄様の髪と目は薄い茶色、光が当たると、きらきらと光る。私から見れば普通の金髪より意外性があって素敵だと思う。お母様と同じその色はお兄様とヤスミンだけ受けついだ。私とお姉様たちはお父様似の濃い茶色。ちょっとつまんない。


持っていく花はトルコキキョウにした。一家に一冊、花言葉辞典でトルコキキョウの花言葉が「永遠の愛」であったからだ。

色ごとの花言葉にならないよう、何色か取り混ぜないと。薄いピンク、薄い緑、白あたりをバランスよく、かな。


申し込みの言葉はお兄様本人が考えることになっているが、ヤスミンが色々とお兄様の頭につっこんでいた。

曰く、コレット様の前の婚約のこととかベアトリーチェのこととかは言わない、前から好きだったけどコレット様の立場を考えて声をかけられなかったことを言うこと、無理せずゆっくり仲を深めていこうと言うと安心するはず、云々。


「クロード、了解とれたぞ。明日行ってこい」

肩にあるマントの留め具をはずしながら、お父様が部屋に入ってきた。侍従にマントを渡すとネクタイをゆるめながらお母様の隣に座る。

「ありがとうございます」と落ち着いて返事をするも、お兄様は喜びを隠せていない。


明日というのは急だが、ちょうど卒業した今、お兄様の仕事が始まるまで一か月弱あるし、早く婚約すれば二人の時間に充てられる。

コレット様は本来なら、前の婚約の花嫁修業とか、結婚式の準備とか、そういうもののためにあったであろう時間。

ちょっとしみじみした。でも、大丈夫、それ、お兄様との結婚にそのまんまスライドできるし。


「はっきりは言わないが、ジェロームも前の婚約者に不満だったようだしな。今度は娘を大事にする男じゃないとって言うから、それは問題ないって返しておいたぞ」

ジェローム、ええっと、コレット様のお父様よね。お父様は同級生を名前で呼ぶから時々誰のことを言ってるのかわからないときがある。

ということは、コレット様のお父様とうちのお父様はもともと同級生で仲良しなのね。それは悪くないかも。


「あと、お前がいい年まで婚約者がいなかったのはどうしてかって聞かれたから、コレット嬢がずっと好きだったんだが婚約者がいたから、って言っておいた。あいつ、言葉に詰まってな、それならさっさと婚約破棄させておけばって口をすべらせてた」

言えない、絶対言えない、本当は猫のせいですなんて。


「実際、あいつも何度かコレット嬢に婚約破棄について話したみたいなんだが、彼女がどうしてもしたくないって言って、破棄できなかったらしいんだよな」

お兄様の頬がぴくりと動いた。

猫だと思ってる癖に嫉妬する権利なんかあるんだろうか。


「お兄様」ヤスミンがしんみりした声で言う。「コレットを幸せにしてくださいね」

そう、コレット様は婚約破棄をつきつけられたばかりのかわいそうな方。

嫉妬にまみれていたお兄様もはっとなり、強くうなずく。

お母様は感極まって涙をぽろぽろとこぼし、お父様はその肩をそっとささえた。

なんかもう、ヤスミンには一生勝てる気がしない。

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