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お兄様とコレット様。
お兄様とベアトリーチェ。
コレット様とベアトリーチェ。
たぶん、ここまでの会話でわかってもらえてると思うけど、ベアトリーチェは元野良の三毛猫である。
お兄様が幼少のころ、庭をうろついていたベアトリーチェをひどく気にいって家にいれたのはいいが、なかなか懐かなかったという。
私はまだ赤ん坊だったのでその辺の記憶はない。物心ついたころには既にベアトリーチェはお兄様にべったりだった。
お兄様もお兄様でベアトリーチェと一緒にいたいがために生徒会にも入らず、遊びに行くこともせず、婚約者も作らなかった。
ちなみに友人は家に呼んで遊んでいた。もちろん、ベアトリーチェも一緒にだ。
そんなベアトリーチェが老衰で死んで、お兄様はどんどん憔悴していった。
半年ほどたつと成績も持ち直し、学園も卒業することができたけれど、でも、それはお兄様が本当に立ち直ったからではない。お兄様は私たちが心配しているから表面だけ立ち直ってみせただけなのだ。
今日のお兄様は違った。ベアトリーチェがいたころの、心の底から幸せそうに笑うお兄様だった。
そして、コレット様。
これもここまでの会話でわかってもらえてると思うけど、コレット様の家は変わった髪の女の子が生まれる。領地の魔素が影響しているらしい。
茶色の髪に一房混じる黒の髪。それを揶揄して三毛猫伯爵家と呼ぶ人達がいることもあり、彼の家の人に髪色の話をしないことが貴族間の暗黙の了解となっている。
そしてたまたまコレット様はとても美しいエメラルドのような緑の目で、ベアトリーチェも同じような色の目だった。
きれいな白い肌もベアトリーチェのお腹らへんの白い毛に似ていると言えないこともない。
それから、気位高そうなのに知らない人にびくつくところとかも似てる。その癖、一度気を許すと全身で親愛の情をあらわすようなところも似てる。まあ、ベアトリーチェはお兄様以外には懐かなかったけど。
あと、どっちも美人。
たしかにコレット様とベアトリーチェは共通点が多い。
何より、どっちもお兄様の愛情を受け止められる器だ。器っていうかお兄様とわれ鍋に綴じ蓋。
お兄様は愛情深い。ってかウザい。
私たちは妹だからそこまでではないけれど、ベアトリーチェにはあふれんばかりの愛情をそそいでいた。
ベアトリーチェのほうもその愛情を当然と受け取り、なんなら足りないと言わんばかり。
彼女は学園への通学以外のすべてのお兄様の外出を認めていなかった。やむを得ない用で出かけて帰ってくるとどこかに隠れて出てこない。それを一生懸命探すお兄様。巻き込まれる家族。見つけたときは見張りに一人残してもう一人がお兄様を呼びにいく。もちろん捜査は二人一組が基本だ。
お兄様は隠れているベアトリーチェに優しく呼びかける。一時間ほど。
詳しくは知らない。見つけた時点で家族の義務はすみ、あとはお兄様とベアトリーチェの問題だからだ。
コレット様もベアトリーチェと同じくらい寂しがり屋だと思う。ちょっと確信ないけど。
というのはこれまでの婚約者がジョエル様だったからだ。
ジョエル様は興味のないものには徹底して興味がない。そして残念なことにコレット様にも興味がなかった。
幼少時に決まった政略結婚のための婚約がそのままずっと続いていて、その間、ジョエル様はコレット様がいないかのようにふるまっていた。
それでもそのまま結婚して、跡取りを作ったあとは家庭内他人として生きていくような気もしていたから、ジョエル様があんなやり方で婚約破棄をしたことは意外ではあった。
ジョエル様にそこまでさせるリリアーヌ嬢って一体? 普通の女の子っぽく見えたんだけどな。
あ、話がずれた。
そんなわけでコレット様はずっと寂しそうだった。
「コレットは執着してるだけ」とヤスミンは言う。それは正しいと思う。コレット様はジョエル様のことを愛しているわけではない気がする。
ジョエル様がコレット様に関心があればもっと違ってただろうけど。
だから、ヤスミンが言うことはわかる。
ずっと放置されてきたコレット様に、お兄様のウザい愛は深く染み込むんじゃないかって。
言わなきゃいい。
お兄様がコレット様を猫だと思ってるってことを、絶対に気づかれなければいい。