姉の章
「あー……練習とかくっそめんどくせぇ」
「それは演奏家が一番言っちゃいけないやつ」
「うるせぇ、ドラゴンもどき。騒霊だってめんどくさい時はめんどくさいのだよ」
「そんなふうに思うのならやめればいいじゃないか」
「それができてたら苦労してないんだよ」
「まったく、君のめんどくさがりは相変わらずだな」
微笑を浮かべるドラゴン、アルカディアを前に私は不機嫌な顔をして背を向ける。
「なんだ、もう帰っちゃうんだ?」
「ああ。ここに居ても無意味だし、何より待ってる子が居るからな」
それを聞いたアルカディアはまた笑った。笑ったかと思ったら………
「君…………まさか、巻き込むわけじゃあるまいね?」
急に冷静な顔をしてきた。
「………巻き込みたいわけじゃないが…知ってるだろ?私達の身体は儚いってことを。いつそうなるのか…私達にだってわからないんだ」
「仕方ないことには変わりないけれど、やっぱりそれは悲しいと思うけど」
「他人に指図される筋合いはない、これは私達の問題だ」
「そうか、それじゃあ黙ってるよ」
「そうしておいて、またねアルカディア」
そうして私は彼のもとから去った…
「叡智姉、おかえりなさーい!」
「おかえり、姉さん」
「ただいま、よしよし」
家に着くや否や、妹達…寂滅と幻が出迎えてくれる。その温もりに、私は思わず微笑する。
「ちゃんと良い子にしてたかな?」
「うん!寂滅姉と一緒に遊んでたよ!」
「そのおかげで疲れたけどね…」
「…おっと、どうやら家族の団欒にお邪魔してしまったようだね」
アルカディアであった。
「アルカディアー!ひさしぶりー!!」
「ああ、久しぶりだね。元気にしてたかな?」
「うん!そっちは?」
「僕は君ほどではないけど元気だよ。それで幻さん、ひとつ聞いてもいいかな?」
「いいよ!」
「姉妹は?」
「命!」
瞬間、アルカディアが私の胸ぐらを掴む。
「な、なんだよ」
「君さぁ……妹までシスコンにさせるつもりなのか?そんなのは君だけで十分だろ?」
「いや家族は大事じゃん?」
「いや………やめよう。どうせ君に何を言っても無駄だ。全てがシスコン思考に回帰するのだから」
「これぞ儚い者の運命ッ!」
「君はもう黙ってろ……」
「はかないもののさだめっ!」
「幻さんも真似しなくていい!!」
その光景を寂滅は見守るように笑う。
「寂滅さんも侵蝕されてないよね!?」
「ん〜、姉さんほどの考えじゃないけどやっぱり姉妹は大事だし〜」
「ヨシ!」
「くっくっく、それならばちゃんとした教育が必要みたいだな!」
「みたいだな〜!」
「えっ、わっ、やめてくすぐったいから!」
私と幻で寂滅にこちょこちょ攻撃を仕掛ける、アルカディアは遠くから呆れた顔で見守っていた。
「幻、今何歳だっけ」
「えーと、七歳!」
「ああ…七歳か…もうそんなに経ってたんだな…」
「まるで滝みたいだね〜」
「…それにしても」
今日の空は本当に真っ青で美しい。私は幻にバレないように小さな声で囁いた。
「………あと三年、か」
「幻、誕生日おめでとう」
「わーい!」
幻がケーキを目の前にして興奮している。可愛い。
「姉さん達!今日のケーキはいつもより大きいね!どうして?」
「幻が十歳になったからだよ」
「それじゃあ二十歳になったらこれよりもっと大きくなるの!?」
「まぁそういう計算になるね」
「また二十歳になるまで待とうね」
「えへへ、楽しみだな〜十年後!」
純粋無垢な笑顔を浮かべる幻に、私は何も言えずただ俯くことしかできなかった。
「………はぁ」
「ため息なんて出さないでよ、姉さんらしくない」
「まぁ……ため息も出ちゃうよ」
「…幻、喜んでたね」
「そうだね、すごく喜んでた」
「……罪悪感、凄いね」
「そうだね、今ものすごく胸が苦しい」
「幻の傍にずっと居てあげられたら良かったんだけど」
「……これが、儚い者の運命。あーあ……受け入れるだなんて嫌だな、争えるのなら争いたいよ」
「…幻はまだ中身は子供だよ。なのに…これは酷いよ……この運命に、争ってはいけないだなんて…」
「争ったらもっと酷いことになる…この時のために、彼らに任せてはいるが……やっぱり……嫌…だなぁ……」
私は涙を流す、涙のせいなのかはわからないが、自分の手が消え始めている気がする。その透明な手に涙がぽたぽたと垂れていく…
……待っていた。
屋根の上に座って、ずっと待ち続けた。
でも、二人は帰ってこなかった。
何年経っても帰ってこなかった。
きっと、もう姉さん達は帰ってこないのだ。
待ち続けても意味はない。
それでも私は待ち続ける。
『おかえりなさい』
この言葉を放つその時まで……
「今日も練習頑張っちゃうぞ!」
ひとりで楽器の練習をする……
「幻! おい起きろ!!」
夢の世界から帰ってくると、そこにいたのはエルドラドだった。
「どうしたのエルドラド。そんなに慌てて」
「異変だ。それもかなりやべぇ異変だ」
「異変って言われてもどんな異変なのかわからないよ。それに異変なら巫女の仕事でしょ?」
「その巫女もやられたんだよ!とにかく来い!」
「いや、兄さん達は行かなくても良いよ」
私達とは違う声が反響する。エルドラドの背後からアルカディアがやってきた。
「アルカディア、どうして?」
「今回の異変はレベルが違う。僕達くらいの奴らでも解決できるか危ういくらいだ。君が行っても死ぬだけだ」
「どうしてわかるの?」
「……虎が住む館に行けばわかる。そして把握するんだ、今回の敵の恐ろしさを」
「そんなに強いの?」
「…………」
アルカディアは何も言わない、無言の了承というわけか。
「…わかった、蒼虎館に行けば良いんだね」
「そういうこと、今回の異変は僕が片付けておく。…兄さん、幻さんのこと頼んだよ」
「任せとけ。………死ぬんじゃねぇぞ」
「お互いにね」
「さて………随分と僕の縄張りを荒らしてくれたね、首謀者さん?」
「………………」
「だんまりされてちゃわからないね?そうやって姿を変えても僕にはお見通しなのさ」
「………………」
どれだけ喋っても、相手は何も反応はしなかった。
「…悲劇だな」
僕だからこそ言えることだ。
「終わらせてやる。これは僕にしか出来ないこと、僕だからこそやらなきゃいけないこと。それに、兄さんや幻さんを巻き込みたくないからね。だから僕は君を止めに来たんだ」
ふっ、と思わず僕は自嘲した。
「まったく、僕がこんなことするだなんてみんな嘲笑うだろうけど…僕だってそう思うさ。でも、僕にも守りたいものができたんだ。怠惰な兄さんと、兄さんに甘えんぼな幻さん。そんな幸せな二人に亀裂なんて入れたくないんだよ。だから……」
僕は一歩踏み出す。奴と対峙する。
「本気の縄張り争いをしようか、なぁ『 』」
その言葉を発した途端、両者の身体は動き出した。
「これ……は…」
件の館はズタズタのボロボロだった。私達は中に入る、煩雑とした空間に倒れていた一人の蒼い虎に駆け寄った。
「蒼冬!大丈夫か!」
「何があったの?」
「人間…いや、人間なのかすらわからない…そんな奴に襲われて…」
「音廻ちゃんは?」
「大丈夫…私の毛皮の中で気絶してるだけだ…奴はまるで……怨念に囚われているみたいだったな…お二人方、私も音廻も大丈夫だ。早く…奴らを止めてくれ……」
「…わかった」
そうして気絶していく蒼い虎。
「……行くぞ」
「うん」
「でも、どうやって探そう?」
「怨念に囚われるって例えを出されるくらいだ、容姿は相当やばいはずだ」
奴を探している道中だった、そして見つけてしまったのだ。
「嘘…だろ?」
エルドラドは動揺を隠しきれていなかった。そこに居たのは…
血まみれ状態のアルカディアだった。