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嘘つきの・私の・先輩が・いうことには  作者: Han Lu
スグロマサカズ(高1・春~高2・冬) ~ sweet dreams (are made of this) ~
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#19 それを回避するただひとつの方法は

ワラムクルゥ 02

 甲高い急ブレーキの音と、ドン、という鈍い音。

 そして、猛スピードで走り去っていく車の音。 

 俺はその瞬間をこの目ではっきりと捉えることができなかった。

 もしかしたら、変わってしまった過去をもとの状態に戻すための力が強引に働いたのかもしれない。

 ポーカーフェイスはいっていた。

『ワラムクルゥ』での事象には一定の弾力性がある。だから少々出来事が変わってもどこかで修正がかかって最終的には同じ結果に落ち着いてしまうと。

 やはり修正がかかってしまったのか。

 たった数時間。

 それが、俺にできることの限界だったのか。

 頭の中でそんなことを考えながら、でも体は反射的に全速力で歩道橋の階段を駆け下りていた。

 イサミは車道に横たわっている。

 車の通る気配はない。

 俺はイサミのほうに駆け寄った。

 反射的にポケットに手を突っ込んで舌打ちする。

 そうだった。

 この時代にはまだ携帯電話すらないんだ。

「先輩!」

 振り返ると、ノリちゃんとリンコくんがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 よかった。

 ずっとついていてくれてたんだ。 

「救急車を!」

 俺は彼女たちに叫ぶ。

 ふたりは踵を返して、公衆電話に向かった。

 俺はイサミのそばにひざまずいた。

 手にかすり傷があるが、大きな外傷はない。

 胸がちゃんと上下している。

 気絶しているのか、目を閉じている。

 あたりに人影はない。

 あとはもう救急車を待つしかない。

 やはり事故は回避できなかった。

 覚悟はしていた。

 それでも、とてつもない無力感が俺を襲った。

 もっと別の方策があったんじゃないのか。何かもっと別の――。

「くそっ」

 俺は思い切り地面を殴りつけた。

 突然、イサミが目を開いた。

「先輩……」

 まるで、今、普通に眠りからさめたみたいに俺を見上げている。

「先輩、私、死ぬんでしょ」

 一瞬、体が固まった。なんと答えていいのかわからなかった。

 痛くはないのか。喋らないほうがいいんじゃないのか。

 でも、俺は答えた。

「死なない。そんなことない」

 嘘だ。

 お前はもうすぐ死ぬ。

「先輩はこうなることを知ってたんじゃないんですか」

 参ったな。やっぱりお前は鋭いよ。

 俺は覚悟を決めた。

「知ってる。俺は未来がどうなるか、知ってるんだ。

 さっきお前は、俺が何者なのかって聞いたな。

 俺はいってみればイレギュラーな存在だ。

 俺は一度、未来を経験してるんだよ。

 だから、『マスター』をやってこれた。

 タカナシがサカイユウコと付き合うことも知ってた。

 レイコさんが男に興味がないことも知ってた。

 そして、君が死なないことも知ってる」

「私が死なないのなら、どうして……」

 そうだ。イサミが死なないとわかっているのなら、どうして俺はこんなにも焦りまくっているのか。

 くそっ、なんでこいつはこんなにも冷静なんだ。

 ――その人の運命を変えるのは、その人にしかできない。

 ポーカーフェイスはいった。

 ポーカーフェイス。

 奴なら。

 俺は気づく。

 視界の端に小さな人影。

 顔を向けると、そのポーカーフェイスが歩道に立ってじっとこちらを見ている。

 それと。

 ポーカーフェイスと俺たちの間を隔てている車道の上に、女の子が落とした赤い帽子。

 何かおかしい。

 よく見ると、赤い帽子はアスファルトから数センチ上の空間に浮かんでいる。

 俺は顔を上げて、周囲を改めて見渡してみた。

 反対車線の車が止まっている。

 停車しているのではなく、走行中だった車が止まっているようだ。

 少し離れた場所でこちらに向かって歩いている親子連れも、静止画像のように固まっている。

 時間が止まっている。

 ポーカーフェイスが俺に猶予を与えてくれているのか。

 俺はイサミに語り続けた。

「人は死んだら踊り場という場所に行く。そこは一度死んだ人間が生まれ変わって次の人生を始める前に行く場所だ。俺は一度死んでそこに行って――」

「思い出した」

 イサミはうっすらと目を閉じようとしている。

「おい、イサミ。しっかりしろ」

「オオカミ……金色の眼の……」

「そうだ、そいつだ。そいつが――いや、ちょっと待て。お前、今もう踊り場に――」

「私、踊り場で……」

「待て待て待て」

 くそっ、どうなってる。俺はポーカーフェイスをにらみつけたが、奴は相変わらず無表情に俺を見返しているだけだ。

 赤い帽子は相変わらず地面から浮いたままになっている。

 時間は止まったままだ。

 これまで何度も考えて、考えに考えた挙句、俺はひとつの仮説にたどり着いていた。

 彼女が事故に遭ったとき、もしかしたら選択の余地が残されていたんじゃないのか。生と死のはざまで、どちらにも転んでしまえるような紙一重の状況だったんじゃないか。

 もしも、そういう状況に陥ったとしたら、イサミはどちらを選ぶ?

 難しい問題だ。

 イサミは別に積極的に死を望んでいるわけではない。でも、生への執着も希薄だ。だから、望めば生きられたにもかかわらず、あえてそれを望まなかったのではないのか。

 だからポーカーフェイスはいったんじゃないのか。

 ――その人の運命を変えるためには、その人の意思が変わらなければならない。運命を変えることができるのは、そうしたいと願う意思を強く持っている者だけ。

 そして、一旦死ぬことが確定してしまったら、イサミは再び生まれ変わることを望まないだろう。それは確信を持っていえた。

 それを回避する方法はただひとつ。

 イサミと交わした約束。

 この世界が生きていくのに値するような素晴らしい場所だということ。

 それを俺が証明してみせることだ。

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