#4 俺を悩ませる問題は
ワラムクルゥ 02
一年三組の教室の入り口で、俺は、はたと困った。
自分の席がどこかわからない。
「おっす、スグロ」
誰かに肩をぽん、と叩かれた。
振り向くと、懐かしい顔がそこにあった。中学も同じだったタカナシだ。こいつとは今でも交流が続いているからすぐにわかった。当たり前だけど、若い。
「おっす。あのさ、俺の席、どこだっけ」
タカナシは、あきれ顔でいった。
「おいおい、大丈夫か。どうせまた『ヤンリク』最後まで聴いて寝ぼけてんだろ」
俺は久しぶりに耳にしたラジオの深夜番組の懐かしさにくらくらしながら、彼のおかげで自分の席にたどり着くことができた。
そのあとは、大きな問題もなく、クラスに溶け込むことができた。みんないろんな中学から集まってきたわけだから、特に話を合わせる必要もない。同じ中学出身の奴はおぼろげに顔を憶えていたから、出欠確認のときに名前をチェックした。
三十五年ぶりの高校の授業を受けながら、俺は現状の整理とこれからの対策をせっせとノートに書きとめていた。
最大のポイントは、過去の出来事――俺にとっては既に起こってしまった出来事だが、この世界ではこれから起こる出来事――を変えることができるのかどうかという点だ。
SF小説の世界では、一度起こってしまった出来事は決して変えることができないという解釈と、別の時間線に分岐することで過去の出来事を変えることができるという解釈、おおざっぱにいうとこの二種類が採用される場合が多い。
この世界では、果たしてどちらの原則が適応されているのか。それとも、まったく別のルールが存在しているのか。そんな俺の思考を緊張感のかけらもない声がさえぎった。
「なぁ、スグロォ、部活の届け、いつ出す?」
いつの間にか授業が終わっていて、タカナシが声をかけてきた。
「ああ、もう少し考えてからにする」
俺はとりあえず当たり障りのない答えをしておいた。
「なんだよ、サッカー部、入るんだろ」
そうだ。過去の俺は、高校もサッカー部に入った。結局、二年の夏で辞めてしまったが、一年のこのときはタカナシと一緒に入部届けを出したはずだ。でも……。
「いや。実は、迷ってるんだ」
タカナシ、約束を破って申し訳ないが、過去の出来事を変えることができるかどうか、まずはこれで試させてもらう。
「おいおい、マジかよ」
「たぶん、俺は別の部に入る。でも、お前は続けろ。お前の才能は本物だ。俺が保証する」
タカナシは大学でもサッカーを続け、優秀なMFとして活躍した。そして、大学卒業後間もなく発足した日本プロサッカーリーグのとあるチームに就職した。選手としてではなく、広報としてだが。今はジュニアサッカーチームの監督もつとめている。
「わ、わかった……。まあ、お前のことだから、なんか考えがあってのことだろ」
俺の真剣さに圧倒されたのか、タカナシはあっさりと俺の意思を受け入れた。
「すまん」
「心配すんな、誰に止められても、俺はサッカー続けっからさ」
俺は右手を掲げ、タカナシはそれにハイタッチした。ものわかりのいい奴でよかった。
翌日、入部届けが受理されて、俺は正式にSF研究部の部員となった。
SF研究部を選んだのは、ふたつの理由がある。
ひとつは、俺が読んだ時間移動を題材にした小説の多くが、一九八五年のこの時期にはまだ刊行されていないということに気付いたからだ。『リプレイ』も、『Y』も、『スキップ』も、まだ世に出ていない。グレッグ・イーガンなんてまだ影も形もない。もちろんこれら以外にも時間移動を扱った小説はごまんとある。こういった小説から何かのヒントをもらおうと思っていたのだ。しかし、一人でカバーするには限界がある。そこで、部の資産と予算を拝借しようと考えたのだ。
もうひとつは、元の時間線の俺も高二の夏からSF研究部に所属していたからだ。部員のほぼ全員が幽霊部員というとんでもない部だったが、おもしろい先輩がひとりいた。彼女なら、俺の力になってくれそうな気がした。
ともかく、一年生からSF研究部に入部したことで、ささやかながら過去の出来事が明らかにひとつ、変わった。俺は過去の出来事を変えることができた。
しかし、安心はできない。この程度で本当に過去の出来事を変えることができたといえるのか。
細かなことをいえば、時間移動してからの俺の行動や言動は、元の時間線の行動とは明らかに異なっているはずだ。ただし、そんな些細な違いは、俺のその後の人生にはなんの影響も及ぼさないだろう。
問題は、例えば、誰かの生死に関わるような、大きな出来事を改変することができるのかどうか、だ。かといって、誰かを殺すわけにもいかない。
さらに問題があった。もしも大きな出来事を改変することができなかったら、どうやってイサミの事故を回避するのか。その難問を解決しなければならなかった。
時間移動における過去改変についての問題は俺の頭を悩ませ続け、答えが出ないまま一ヶ月が過ぎた。




