#6 やっぱり見抜かれてた私の気持ちは
ワラムクルゥ 02
スグロ先輩にそういわれてみると、ミチルの漫画はやっぱりすごかったんだと、改めて思うことができた。それはいいんだけど――。
「あの、先輩、ミチルのすごさはわかりました。それで、その内容なんですけど、クラスで通ると思いますか。明日みんなに見せるんですけど」
先輩は腕を組んで考え込んだ。
「三十年後であれば、まったくなんの問題もなく受け入れられると思うが、残念ながら今の時代だと微妙だな。特に、教師と男子生徒たちの反応が気になる」
やっぱり、そうだよね。
「私もそう思ってました」
「ゲイなんて別に珍しくもなんともないんだけどね。だって、アンディ・ウォーホールもエルトン・ジョンもフレディ・マーキュリーもジョージ・マイケルも、みんなゲイじゃないか」
「ウォーホールって、あのCMの?」
「そう」
知らなかった。え? ジョージ・マイケル?
「ちょっと待って。ジョージ・マイケルって、ワム! のジョージ・マイケル?」
「うん」
「えええええ! マジですか? ていうか、なんでそんなこと知ってるんですか」
「なんでって、それぐらい、ググ――」
「ぐぐ?」
先輩にしては珍しく、しまったという顔をして慌てて付け加えた。
「いや。なんでもない。まあ、それは噂だから、忘れて。とにかく、クラスで反対されたら説得するしかないな」
「なんかいい方法はないんですか」
「そうだな……。君たちのクラス、男子生徒は何人?」
「二十人です」
「女子は」
「十八人」
「ふむ。じゃあ、多数決は絶対に避けること」
「あとは?」
「そうだな……どういうことになるにせよ、このミチルちゃんの漫画は大事にとっておいたほうがいい」
「それだけ?」
「それだけ」
「ちょっと、先輩、まじめに考えてくださいよ」
「うーん。でも僕はほら、恋愛が専門だから。そうだ、レイコさんに相談してみたら?」
「今日、レイコ先輩は……図書のほうですか?」
「いや、今日は昼からお休み。大学の下見だってさ」
「そうなんですか」
そうか、もう大学入試の準備か。そのとき、急にイサミが立ち上がった。
「私、今日用事あるから、先に帰るね」
ちらっと、イサミは私に意味ありげな視線を投げかけて、部室を出て行った。私は何もイサミには聞いていない。ということはたぶん、イサミはわざと私とスグロ先輩をふたりだけにしたんだ。困ったな。私はまだ先輩に相談するつもりはないんだけど。
イサミが出て行くと、スグロ先輩はコーヒーメーカーでコーヒーを作り始めた。
「レイコさんは、東京の大学を受けるそうだ」
私に背中を向けて、スグロ先輩が話し始めた。
「あの人のことだから、たぶん受かるだろう」
「東京……遠いですね」
「遠いね」
スグロ先輩はいつもの紙コップにふたり分のコーヒーを注いで、ひとつを私のテーブルの前に置いた。
「ありがとうございます」
私たちはここのぬるくて苦いコーヒーの味にすっかり慣れてしまっていた。
「あの、さっきの、ミチルの漫画に関係することなんですけど」
「うん」
「例えば……例えばですよ、もしも誰かに、同性が好きになったからどうしたらいいかって相談を受けたら、先輩はどう答えます?」
コーヒーを一口飲んで、先輩はいった。
「それだけだと漠然としすぎていてなんともいえないな。誰かそういう人がいるの?」
「いえ、例えばの話です」
「じゃあ、仮定の話として聞くけど、その人は女性?」
「そうです」
「じゃあ、仮定の話として君がその女性としよう。君はある女性のことが好きだ。仮定の話としてね。それで、君が好きなその人は、君の気持ちを知っている?」
私はちょっと考えた。レイコ先輩は私のことをどう思っているんだろう。今までちゃんと考えたことがなかった。でも、私がこんなふうにレイコ先輩のことを想っているなんてたぶん知らないだろう。
「知りません。たぶん」
スグロ先輩はじっと私を見つめている。
待てよ。もしかしたら、スグロ先輩は私のレイコ先輩への気持ちに気付いてる? もしかしたら、イサミがスグロ先輩に話した? いや、それはない。イサミはそんなことはしない。でも、スグロ先輩のことだ。私の気持ちなんてとっくの昔に見抜いているのかもしれない。というか、私ってもしかして、わかりやすい? そういえば、イサミもちょっと気が付いていたような感じだったし。ということは、もしかして、レイコ先輩も私の気持ちに気が付いている? 私の頭の中にはたくさんの『もしかして』がグルグルと渦巻いていた。そんな私にスグロ先輩がいった。
「おそらく君は、難しい問題だと思っているだろう。もしも相手に自分の気持ちを伝えたら、そこでこれまでの普通の友人関係が終わってしまうかもしれない。でも、相手に自分の気持ちを伝えなければ、相手の気持ちもわからないし、一歩も先には進めない。ジレンマだ。しかも、同性同士だからリスクは異性の場合よりもはるかに高い。たぶんそう思っているはずだ」
私は思わずうなずいてしまった。それはまさに私がいつも考えていることだった。
「でも、本当にそうなんだろうか」
「どういうことですか」
「仮に、相手にそんな気持ちがなかったら、本当にそこでそれまでの友人関係がすっぱりと終わってしまうのだろうか。僕は同性異性関係なく、誰かのことを好きになったということは、好きになられた相手もその人のことを好きになる可能性があるんじゃないかと思うんだ。僕は仮定の話として、君にひとつ聞きたいことがある。その相手の女性は、もしもそういうことを打ち明けられたら、すぐさま君のことを嫌いになったり、避けたりしたりするような人なんだろうか」
わからない。でも、やっぱり普通の、異性同士の場合とは違う。
「それは……普通はやっぱり、びっくりしますよね。それで、普通はやっぱり、距離を置こうとするんじゃないでしょうか。そりゃあ、表面上はこれまで通りに接してくれるかもしれませんよ。でも、これまでと同じようにはいかないと思います。普通は」
「だから、君はその人に自分の気持ちは打ち明けない。普通は」
私はうなずいた。
「もし、その人が、遠くへ行ってしまうとしても?」
はっ、と私は顔を上げた。スグロ先輩は両手をじゃんけんのチョキのかたちにして、ちょきん、と指を閉じた。
「ショートカット」
「はい?」
「リンコくんには特別に、通常の手続きを省略してあげる。君の相談を受けよう。というか、もう受けてるんだけど」
やっぱり。スグロ先輩は気付いていたんだ。
「あの……いつから?」
「君に初めて会ってすぐ。だって、リンコくん、わかりやすいから」
そうか。私ってわかりやすいのか。ということは……。
「も、もしかして……」
スグロ先輩は首を振った。
「わからない。レイコさんとそういう話をしたことがないからね」
「でも、スグロ先輩が『マスター』だっていうこと、レイコ先輩は知ってるんですよね」
「もちろん。だって、図書室で依頼主と会うときに手伝ってもらってるじゃない」
「そうでした」
「でも、依頼の内容はレイコさんに話したことはないんだ」
それは私たちも同じだった。ノリちゃんの一件以降、スグロ先輩は私の知る限り、少なくとも三件の依頼を受けているけど、依頼主や依頼内容は私たちには一切話さなかった。
「レイコ先輩から相談を受けたことは……」
いってしまってから、私は気がついた。仮にレイコ先輩から相談を受けたことがあったとしても、スグロ先輩は私にそのことをいわないだろう。だから、この質問は成立しない。
「普通はその質問には答えられないけど、特別に答えよう。相談を受けたことはないよ」
私はほっとため息を付いた。
「さて」
先輩は人差し指を立てて、いった。
「最初にいっておく。世の中に全く同じ恋愛は存在しない――」




