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8.デブリ




▼20XX年1月25日 同時刻 宇宙ホテル「プラネット・コテージ」



「よし、レーダーテストはシングルは全てOKだな」


「ああ」


パチン、とスイッチを操作する乾いた音が船内に響く。


1番、2番のロングレンジのテストも終わった。


最後に残ったのは、全レーダー(マルチレーダー)稼働による試験だ。


送信アンテナから発せられた電波を反射、それを受信するのがパルスレーダーだが、複数のレーダーから電波を発信した場合、電波同士が干渉し合うことで偽像が現われることがある。


また、複数のターゲットが絶妙な位置関係で並んでいる場合、ターゲット間で電波が反射することで生じる多重反射による複像や、自船自体が反射物となる虚像などの問題は単独のレーダーで合っても起こりうる問題だ。


もちろん、偽像を判定するプログラムは搭載されているが、マルチレーダーシステムの試験は大切だ。


「トム、マルチレーダーシステムを起動してくれ」


「オーケー」


トムは、3番から8番のショートレンジ、そして1番、2番のロングレンジのスイッチを次々と入れ、最後に、マルチレーダーシステムの赤いボタンを押した。


各レーダーから正常に電波が発信されたのだろう、船体に軽く共振を伝えてくるのが分かる。PPIスコープと並ぶディスプレイには、全てのレーダーが問題なく稼働している表示が現われていた。


PPIスコープには、数分前にグラウンド・ベースから知らせてきた10センチサイズのデブリが右後方から接近してきているのが示されているが、十分に安全な距離を保っているから問題はない。


ディスプレイを見たメイソンが、試験が成功したことをトムに伝えようとしたとき、毎秒、ゆっくりと近づいていたデブリを示すターゲットが、唐突に消えた。


「え?」と思う間もなく、次の瞬間、メイソンは大きな衝撃を受けた――




▼20XX年1月25日 同時刻 グラウンド・ベース



ウゥゥーーン――


室内に、異常を知らせる警報音が響きわたる。



「どうなってる!!」


「わかりません!PPIスコープ、オシロスコープともに反応ありません!」


「コテージのメイン、バックアップの両システムも、信号見つかりません!」


「コテージの座標に、複数のデブリ反応が見つかりました!」



監視センターは騒然となっていた。


そしてオリバーは、呆然とその模様を眺めていた。


突然、コテージからの全ての信号が消え、近づいていたデブリと共に、レーダーのターゲット反応がロストしていた。代わりにレーダーに現われたのは、複数の大きなデブリの反応。



認めたくはないが……しかし……



オリバーの、固く握った手が震える。


状況は、どう見ても、コテージがデブリと衝突、爆散したことを示していた。


いや、ターゲット反応がロストした時、デブリとコテージは、どう見てもニアミスしてはいなかった。



おかしい……



だが、コテージの反応はすでに見つからない。複数のレーダーが全て同様の不調を起こした、などという偶然に祈りを捧げることは愚かだろう。


「メイソン……オーマイゴッド……」


オリバーは、盟友の名前を呟くと崩れ落ちた。




◆◇◆◇



▼20XX年1月28日 14:00 相模原宇宙物理大学



長鍬重里は、自身の研究室でパソコンに向かっていた。


二日前に大西洋の上空で起きた宇宙ステーションの事故は、世界的な大事件として取り扱われていた。


民生主導で10年がかりで計画された宇宙ホテルが、ようやく外気圏の軌道実験までたどりついたところに起きた事故だ。世界中の注目を浴びることになった。


コテージの軌道実験には、NASAの関係者も一部協力し、最新の設備とそして優れたスタッフが結集して行われており、まさに次世代の宇宙開発の礎となることが期待されていた。


速報のレポートを見る限り、事故直前まで大きなトラブルは起きていなかった。地上からの監視データでもそれは明らかであり、唯一、事故の原因と考えられるデブリの接近も、ニアミスほどの距離ではなかった。


しかし、オリバープラネット社が、研究機関に対して公開した事故に至るまでのレーダー記録を見る限り、デブリ以外に接近したものがないのも確かだった。


そして、モニターされていた機器の数値から、ステーションの破壊は、内部からの生じたのではなく外部からの衝撃によるものであることも分かっている。


では、何がステーションを破壊するにいたったのか?


現在、オリバープラネット社では、その原因究明に奔走している最中だったが、長鍬重里は最近、自分がデータを集めている火球との関連性を疑い始めていた。


「うーん、観測データが少なすぎる。欧州宇宙機関のデータアップはまだか?」


重里は、今日すでに五杯目を越えたコーヒーを入れに立ち上がると、カップを持ったまま、助手の田中研二に尋ねた。


研究室には、有志の持ち出しでドリップ式のコーヒーメーカーを置いていある。さすがに全自動とはいかないが、ちゃんとミル付きのものだ。もちろん、挽いたコーヒー豆は飲む回数で負担金額が分かれている。コーヒー好きの重里は、月にかかる代金の半額を負担している。


「ESA(欧州宇宙機関)は遅れているみたいですね。あ、ちょうどDLR(ドイツ航空宇宙センター)が、今、アップされましたね」


各国の宇宙観測機関が行っている観測データーは、世界21カ国が参加する「VO(Virtual Observatory)プロジェクト」により共有され、さらに北半球が中心となる13の天文台がそれらのデータを元に分析や解析を行っている。


基本的に観測データは、研究の提案者が1年~1年半の専有期間を持つが、公共性の高いデータについては、すぐに公開されることになっている。


今回は、Serious accident(重大事故)の案件として比較的スムーズに各国が協力して分析を行うこととなった。なぜなら、火急の案件に指定されたからだ。


これまでに宇宙に打ち上げられた人工物体は、通信衛星、気象衛星、宇宙探査機、宇宙ステーションなど多岐にわたり、国連宇宙部のOuter Space Object Indexというサイトに登録されている数で見ると約12,000だ。そのうち、現在、運用が行われているのが約5,000と言われている。


もちろん他にも、登録されていない極秘の軍事用衛星などもあるだろうが、いずれにしても、今回のオリバープラネット社の事故は「対岸の火事」ではない。特に、地球の周りを周回する「デブリ」が問題となりつつある昨今、いつ、自国の衛星が同様の被害を受けるか分からないからだ。


どうしても早急の原因解明が急がれていた。


それにしても……


重里は最近、宇宙の状況に異変が生じていることを強く感じていた。


今回の宇宙ステーションの事故だけでなく、先週は、インド洋で原因不明の航空機墜落事故も発生した。インド洋に沈んだブラックボックスの回収には相当な時間がかかるだろう。


火球が世界中で観測されているのもそうだ。減る傾向は全くみられず、日に日に報告される件数が増えている。


もう一つ気になるのが、先日から公彦からの連絡も途絶えていることだ。先週からは何度も火球のデータを送り、意見を求めていただけに心配だ。


もっとも、ハワイ大学天文学研究所に確認したところ、急ぎのマター(案件)が発生しただけで、不測の事故に巻き込まれているのではなさそうだが、外部との連絡が遮断されているのが、アトラスの全チームが対象であることが気にかかる。


アトラスは、事実上NASAの管理下にある以上、秘匿性が高い案件が発生すれば、日本とは違い、こうしたことが起きることがあるのは理解できる。


しかし、問題はその秘匿対象がアトラス全体、ということだ。「小惑星地球衝突最終警報システム」というアトラスの正式名称が、そこに大きな重しを与えている。まさかPHA(潜在的に危険な小惑星)が関係しているのか……?


いや。今のところVOプロジェクトに、気になるデータは上がってきていない。


しかし……


重里は、何か胸の奥に大きなしこりを感じていた。何かを見落としているような……


「長鍬さん、DLRのデータを見てもらえますか?」


そのとき、研二が重里を呼んだ。気になるデータがアップされたのだろうか……



次話「9.誤差」、今週金曜日の投稿予定です。


※すいません、次話のサブタイトルを再変更いたしました。

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