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7.外気圏



▼20XX年1月25日 11:30 宇宙ホテル「プラネット・コテージ」



パチン。


通信モジュールのスイッチを上げる。


針が右に振れ、感度が良好であることを示しているのが確認できた。


最新の科学技術で作られたステーションだが、中の機材は意外とアナログなものが多い。これは故障したときに修理がしやすいように、と考えられてのことだそうだが……


確かに、デジタル的なものは専用の器具がなければ修理は難しく正論だとは思うが、無骨な感じは数世代前の宇宙船のようで少し物足りない感じがする。


気を取り直して、メイソンは、マイクのボタンをプッシュした。


「Grund base,Planet1,We're standing by. Over?(グラウンドベース、こちらプラネット1、こちらは待機中。聞こえますか?)」


ボタンから指を離して少し待つ。わずかな時間の後、ザザザ……というノイズに混じって声が聞こえてきた。


最近は、通信の最後にOverを付けることはあまりないが、今は通信テストだから良いだろう。


『Ok,Planet1,Grund base,Reading you loud and clear. How me?(オーケー、プラネット1、こちらグラウンド・ベースだ。ちゃんと聞こえてるぞ、通信状況は良好だ)』


「Grund base,Roger(了解)」


通信テストの定型文とも言える「loud and clear」の言葉に、「ラジャー」と返信して、右の座席に座るトムと視線を交わし、互いにうなづく。


最初の試験は上手くいったようだ。



民間宇宙飛行企業の一つであるオリバープラネット社が、宇宙ホテルの開業に取り組み始めて10年の月日がたった。そして、ようやく今日、外気圏で、有人のテストコテージである「プラネット・コテージ」を軌道に乗せることに成功したのだ。


宇宙の定義は、国際航空連盟(Federation Aeronautique Internationale)が、高度100キロメートルより上と定めている。ちなみに米国空軍では80キロメートルより上を宇宙と定めていて、その境界線は曖昧と言えるだろう。


地球の大気圏は、対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に分けられ、滞在型のステーションが飛行しているのは、外気圏である高度400キロメートルのあたりだ。


現在、地球の軌道上には、国際宇宙ステーション(ISS)と、中国の「天宮」の二つのステーションが飛行中で、その他、ロシア、インド、民生の商業用のものが、10個ほど計画されている。


日本のJAXAも、日本宇宙ステーション(JSS)という小型のステーションを計画中だが、まだ構想段階で実現するには、10年単位の月日が必要になるだろう。


今回、オリバープラネット社が打ち上げたのは、実用膨張式宇宙ステーション「プラネット・コテージMO-01」。現存する三つ目の宇宙ステーションとなる。



「トム、次の試験は?」


トムがバインダーを確認しながら「レーダー関係だな」と答える。



宇宙ステーションを運用する中ではいくつものリスクがあるが、その中で比較的大きなリスクが、飛来物との衝突だ。


衛星軌道上で問題になるのは主に、宇宙から飛来するマイクロメテオロイド(微小隕石)と、軌道上に残されたロケットや衛星の破片などの人工のスペースデブリ(宇宙ゴミ)の二つだ。


基本的には、地上の基地局のレーダーが監視にあたるが、赤道上の静止衛生ではない宇宙ステーションを、24時間地上からカバーすることはできない。そこで、宇宙ステーション自体のレーダーが補完することになる。


マイクロメテオロイドは、衝突軌道に乗る確率そのものが極めて低く、また事前の察知により回避行動も容易なため、あまり気にされることはない。しかし、スペースデブリは別だ。


1センチ以下のスペースデブリの数は数千万個以上あるとされ、1~10センチのスペースデブリの数は50万個程度と考えられている。


1センチ以下のデブリは、外壁に貼られている交換可能なアルミ製のバンパで防げるため、特に対応を取ることはないが、1センチ以上のデブリは、船体にホール()を開ける恐れがある。


特に10センチ以上のデブリが万一衝突すると、モジュールの与圧が不能な状態に陥ることで、コテージの放棄を迫られることも考えられる。


もちろん、それほど大きなデブリの場合は、事前に軌道変更して衝突を回避する。しかし、全てのデブリを地上から察知することは不可能なため、コテージに搭載されたレーダーは生命線の役割を担っていた。


プラネット・コテージは円筒状で、パンパンに膨らんだ昔ながらのお手玉のような形状だ。


レーダーは、その「お手玉」の上下の四隅8か所と、船体中央部上下2か所、合計10か所にアンテナを共用したパルスレーダーが採用され、長レンジ360度、全周囲を探知できる。


「よし、じゃあトム、テストは3番からはじめるか」


「オーケー」


トムは、椅子を回転させて左のパネルに向くために、椅子を回転させると、右上の船窓から地球が見えた。


地球を約100分で一周するコテージは、昼夜の部分を一日に10回以上、繰り返して眺めることができる。ちょうど今は夜の部分で、雲がない地表は、都市の灯りが、細かな細かな網目の模様を形作っていて、まさに光の芸術だった。


煌めく地表をちらりと見上げたトムは、パネルに向くと、上の方に10つのスイッチが並んでいる中の、3番と書かれたスイッチを上げた。


1番と2番が、船体中央部にあるロングレンジ、3番から8番が船体四隅にあるショートレンジのレーダーだ。


表示器のPPIスコープには、ビームアンテナが回転しており、特にターゲットは表示されてはいないが、パルスの受信状態は良好で問題はないようだ。


「3番クリア」


「オーケー。次は4番だな」


レーダーのテストは順調に行われていた。




▼同時刻 グラウンド・ベース



『Grund base,Roger(了解だ)』


オリバーは、通信を切ると、ふぅと小さなため息をついた。


地上の監視センターは、50名ほどのスタッフが忙しく、働いていた。




プラネット・コテージのプランが立ち上がって10年が過ぎた。


途中、いろいろな挫折もあった。特に、試験打ち上げとはいえ、2度続けて失敗したときには、投資家からの突き上げも強くなり、一時は、本気でbroke(無一文)も覚悟した。


その後、なんとか外資の支援を受けることができ、ようやくここまで漕ぎ付けることができた。


CEOでもあるオリバーが、一介の通信士の業務を行っているのも、NASAでの経験、そして資格もさることながら、この成功を何よりも身近に実感したかったからだが、心地よい疲労が満足感を押し上げてくれるのが体感できた。


計器は、コテージがレーダーの試験を行っているのを表示している。今のところ、問題はない。


今回のクルーは、幼馴染で共同投資家の一人、メイソンが担当している。もちろん、彼の資質を疑うことはないし、全面的に信頼しており、作業の様子は、安心して見ていることができた。


「MD、デブリが接近中です」


「距離は?」


「300キロ。最接近まで900秒です」


チーム内で「MD(Managing Director)」と呼ばれているオリバーは、監視スタッフの言葉にレーダーを見ると、コテージの右後方から近づくターゲットが表示されていた。ターゲットアナライザーはピンクに点滅しており、コテージに接近中の移動ターゲットを示している。


もっとも、接近しているとは言え、インパクト(衝突)の危険性は少ない。少なくとも200メートル以上、離れたところを通過する位置関係が予想されていて、一般的なニアミス(100~150メートル)の範囲外だ。


とはいえ、時速2万キロを越える飛行物体同士のため、その軌道を正確に読むのは非常に難しい。また、レーダーで追い切れない極小のデブリと接触することで、軌道が変わる恐れもある。


油断は禁物だ。


ただ、今回は後方からの接近で、相対速度の関係もあり、リスクは非常に低い。システムが提示している衝突確率は100万分の1以下だ。監視センターのシステムは、1,000万分の1も1億分の1でも、「100万分の1以下」として括られるので、事実上、衝突することがない判定といえる。


「オーケー。そのままサーブ(監視)を頼む」


「ラジャー」


その後、コテージのレーダーの試験は順調に推移した。


ショートレンジの動作判定はオールグリーンで、今はロングレンジの試験が行われている。


オリバーは、黙って、その様子を眺めていた。


「MD、デブリの接近まで60秒です」


「状況は?」


「問題ありません。予定通りです」


計器が示す数値を確認すると、最接近時の予想は、250メートルと表示されている。確かに問題はない。ここまで近づけば、レーダーに捉えられないデブリが接触しても、衝突する軌道に乗ることはない。


そのまま、ロングレンジの試験状況の数値に視線を移したオリバーは、そこに表示された数値を見て思わず「何?」と声をあげた。




次話「8.デブリ」、来週火曜日の投稿予定です。

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