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6.状況報告




▼20XX年1月20日 15:00(現地時間) アメリカ、ホワイトハウス 


いったん中断となった早朝の保障会議は、アドバイザーに出席してもらい午後から再開された。


出席メンバーは、大統領、副大統領、国務長官、国防長官のレギュラーメンバー(正規メンバー)に加えて、アメリカ航空宇宙局長官、CIA長官、FBA長官、統合参謀本部からは、陸・海・空それぞれの参謀総長が呼ばれていた。そして、アドバイザーとして、アトラスのメンバー、アローンがオンラインでの出席となった。


『アトラス、チーム・ガンマリーダーのアローンです』


シチュエーションルームの巨大モニターに映し出されたアローンの表情は固い。国家安全保障会議への出席を求められることなど、想像もしておらず、突然の招聘に驚愕したアローンだが、出席の目的は理解しており、また招聘されるに値する理由も分かっていた。とはいえ、大統領を始めとする国家を運営するメンバーに会うことは、もちろん初めての経験であり、極度の緊張状況も仕方がないことだった。


「国防長官のアダム・バジルだ。忙しい中、申し訳ない。また急な招聘に感謝する」


アローンは軽く一礼する。


「早速だが、状況を報告してくれ」


『分かりました』


そしてアローンはデブリーフィングを開始した。


『まずは、こちらをご覧ください』


巨大モニターの表示が切り替わりると、一枚の写真が表示された。


全面が黒い画面で、粗く細かな白い粒子が全体に映っている。その中央には、一際大きな白い影があった。


『今回、アトラスが捉えた映像です。場所は、土星付近で距離は80光分の位置です。中央に映るのが、小惑星、C/20XXJ1になります。光学分析によると、未発見の彗星と思われます』


その時、スコット大統領が手を挙げた。


「話の途中で済まない。専門的な話は、おいおい教えてもらうとして、最初に結論を聞いておきたい。今朝の話では「ユカタン半島の悲劇」が迫っている、とのことだったが、それは本当なのか?」


『大統領、状況は刻一刻、変化しております。ユカタン半島の悲劇が再現されるというのは間違いです』


アローンの言葉に、出席メンバーから「大した被害にはならないのか」「衝突は避けられるのか」という声が上がるが、大統領が片手を挙げて、それを静めた。


「何が間違いなのか?」


アローンの声が一瞬、躊躇したのが分かる。そして、モニターには再び、アローンの半身が映し出された。


『ユカタン半島を直撃したとする小惑星の直径は約15キロでした。衝突角度の問題もあるのですが、インパクトした場所が陸地と海の境界線だったため、津波が発生しました。1,000メートルを越えるの津波であることが確認されています』


「1,000メートル……?クレージーだ……」


誰かが発した言葉は、本人は小声でも、静寂の中で一際大きく聞こえた。


『そして……今回、地球に向かっている彗星、あえて彗星と言いますが、サイズは最低30キロを超えます。もう少し近づけば、正確なサイズも判明しますが、もしかすると50キロを越える可能性もあります』


もう誰も言葉を発しない。


『さらに特筆すべきは、その速度です。現在、時速200万キロで近づいており、これが彗星の場合、太陽に近づく――近日点に近づくと、さらに速度が上がります』


「時速200万キロ、というのはそんなに問題を大きくするのか?」


大統領が質問する。


『これまで観測されたことがある彗星の速度は早くても時速20万キロ程度です。地球にインパクトした場合、時速20万キロの彗星と200万キロの彗星では、生じるエネルギーは10倍ではありません。運動エネルギーは質量に比例し速さの2乗に比例します』


「2乗……」


『具体的な数値を示すのは、まだ早計ですが、ユカタン半島に落ちた隕石と同じ角度でインパクトした場合――一日の長さは現在の24時間から16時間程度に縮まることになるでしょう』


地球の自転に影響を与える?あまりの驚きに、全員がモニターに映るアローンを凝視していた。


『ちなみに、海上に落下した場合、正確に言えば陸地でも変わらないのですが――問題は津波の発生ではありません』


「津波ではない……?」


『ええ。地表であろうと、10,000メートルの深海であろうと、起きるのは地殻津波です。インパクトの衝撃で、その地点から地殻が剥がれ始めます。そして地球全体に広がるでしょう。この地殻がめくれていく様子を「地殻津波」と呼んでいます』


誰も、その状況が分かっていないのだろう、不思議な顔だ。


『地殻が剥がれれば、その下のマントルが一時的ですが地表に溢れます。つまり、地球は火の星となります……青い地球は姿を消します』


「その状態で人類が生き残ることは……」


『人類?もちろん人類は死に絶えます。人類だけではなく、微生物を含めて全ての生き物が死滅するでしょう。地表の温度は一時的にですが――宇宙サイズの一時的であり、実時間では一万年程度ですが――数千度まで上がることになります。最初にユカタン半島の悲劇が再現されるのが間違いだと申し上げたのは……衝突で起きうるのは人類の滅亡ではなく、地球上、全ての生命の滅亡だからです』


しばらくの間、誰も言葉を発することができなかった。


やがて……大統領が問いかける。


「地球に衝突する確率は高いのか?」


『ちょうど10分前にはじき出された最新の計算結果では……何かの外的な要因が加わらない限り、地球の公転軌道と交差するのは避けられない、との結果が出ました。確率は――90%を越えています。10%の確率で衝突しないのではありません。90%以上の確率で衝突することを示していて、もし衝突しない確率を算出するなら――1%未満です』


突然、ドンと机を叩いて、マーチン副大統領が立ち上がった。


「なぜ、30日前なんだ。なぜ、もっと早く察知できなかったんだ。アトラスは全方位を観測しているんじゃないのか!」


『基本的にアトラスが捉えるのは、広大な宇宙の中の、わずかな光の「反射」です。感度を何万倍に上げてようやく分かる光の全てを認識するのは……そうですね、例えるならハワイの上空100キロの位置から、太平洋上の水面にいる「全ての発光しているクラゲ」を捉える作業になります。アトラスの名称の中に、「最終警報システム」とあるのは、その名の通り、直前まで捉えられない小惑星を、「直前で捉える」ためのシステムだからです』


「進行方向を変えられるような方法はないのか?」


NASAのマック長官が大統領の質問に答えた。


「昨年末に、惑星防衛システムの実証実験のための探査機が打ち上げられましたが……目標となる小惑星――1,100万キロ離れたところ、分かりやすく言うと地球と月の間、約40倍ほどの位置にある小惑星ですが――到着まで10カ月以上かかります。実験結果が出るのは今年の夏ころとなります」


『現在の科学技術は、宇宙サイズの出来事に、まだ対応できるレベルではありません。今回の小惑星も、観測できているのは「現在位置」ではありません。80分前の反射した光を捉えているだけです。私たちが観測できた時点で、すでに小惑星は260万キロ近く、地球と月で言えば、その距離の7倍以上、別の位置にあるのです。つまり――宇宙サイズの事象は原則として「推測」を元に組み立てるしかないのが現状です』


「例えば、核ミサイルを何百発とぶち当てたらどうなる?」


陸上参謀総長の質問に、アローンは首を横に振った。


『残念ながら――地球の重力圏を抜けるためには、およそ時速4万キロ以上が必要になりますが、今回の彗星の速度は時速200万キロ以上です。目標物が大きいだけに正対すればぶつけることは可能ですが、ピンポイントの位置に当てられる速度差ではありません。それに現在の核爆弾の威力は知りませんが、今回の小惑星に対して、進行方向に確実に影響を与えるために必要なエネルギーは、推定で10億メガトン以上必要です』


陸上参謀長が絶句する。


過去に最も威力出した爆弾は、ロシアが実験したRDS-220水爆。通称「ツァーリ・ボンバ(爆弾の帝王)」。その威力はTNT火薬換算で50メガトン。10億メガトンの威力を出すためには、2千万発が必要になる。世界中の核爆弾、いや全ての爆弾を集めても、その威力は出せない。


「では……我々は、どうすれば良い?神に祈れば良いのか?」


立ち上がった大統領が言葉を絞り出すが、全員が黙したまま、その姿を凝視していた。



次話「7.外気圏」、金曜日の投稿予定です。

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