5.緊急事態
▼20XX年1月20日 07:35(現地時間) ハワイ大学天文学研究所
召集から20分。
会議室には、早朝の緊急招集だったにも関わらず、当直、早番のメンバーを中心に、多くのメンバーが集まっていた。
真っ先に着いたソフィアと公彦は、ロの字型に並べられた机の、司会者からちょうど反対側の中央に当たる位置に並んで腰かけていた。
「皆、朝早くの連絡で申し訳ない」
正面に座るチームリーダーの一人、アローンが出席者に声をかける。アローンは、ソフィアのチーム・ガンマのリーダーだ。公彦の所属は、チーム・デルタだ。
「早速だが、事態は急を要するため、簡潔に伝える。昨夜、23時過ぎに、アトラスが土星付近を通過する小惑星を探知した。その後、解析の結果、地球に向かうことが分かったため、午前1時過ぎに第一報をNASAに報告、その後、地球に向かうことが確認できたことから、C/20XXJ1と仮符号を付け、午前2時にホワイトハウスへの進言を長官に伝達、さきほど正式にアラート2が発令された」
アトラスの運用が開始されてから初のアラート2の発令だけに、会議室に小さなどよめきが起こった。
小惑星の仮名称の頭に「C」がついているが、これは「コメット」を指している。この後の観測で周期彗星と認められれば、「C」が「P」へと変更される。
地球に接近する小惑星の中で、コマやテイルを有するものが彗星だ。
コマとは、太陽から放射された熱を受け蒸発したガスや塵で、テイルとは、コマやイオンが尾のような形状が形成されたものだ。この「尾」は、彗星の代名詞、ともいえるだろう。
コマもテイルも、ある程度、太陽に近づかないと出現しない。その距離は火星のあたりからとされている。
「小惑星のデータは、あとで資料を見ておいてくれ。なお、言うまでもないが、守秘レベル1のデータだから、取り扱いは慎重に頼む」
「アローン、一ついいか?」
チーム・アルファーのサブリーダー、ジョンソンが手を挙げた。
「OK、ジョンソン」
アローンが軽く頷く。
「最接近はいつ頃になる?あと、サイズは?」
「最接近予定は30日後、サイズは18マイルだ」
「え?30日後?火星を越えている?……でも、さっきは土星って……え?」
「間違いはない。現在、土星付近を通過中で、地球への到達予定は30日後だ」
「クレージー……」
ジョンソンが絶句するが、公彦にもその気持ちは良く分かった。
頭の中で素早く計算してみるが、土星から地球まで約一カ月で到達するには、光速の0.2%の速度が必要だ。おそらく時速200万キロ程度のスピードだろう。あり得ない。
太陽系を周回する彗星は発見されたものだけで4,000個近くある。未発見のものは推定で数千万個はあると考えられている。
彗星は、太陽を中心に公転しており、近日点と遠日点はスピードがまったく異なるが、これまで観測された彗星は、地球に接近した時点で、速くても約20万キロ程度だ。200万キロものスピードは、とても信じられない。
しかも大きさが18マイル、ということは30キロのサイズだ。ちょうど、東京駅から横浜駅までを覆うサイズのものが地球に近付いている、ということだ。
公彦は手を挙げた。
「サイズが18マイルもある小惑星が、32日後に地球に接近する、ということで正しいんですね?」
アローンの言葉を、ただ復唱しただけの内容だが、それでも確認したかった。
「……ああ。付け加えると最接近時の距離は、0から100万マイル、プラマイ10%だ」
会議室内は静まり返る。
最接近時の0距離は、もちろんインパクト(衝突)を指している。最大でも100万キロだと宇宙サイズを考えればニアミスだ。
「インパクトの確率は……」
アローンは、公彦をしばらくの間、凝視した後に答えた。
「80%。プラマイは30%だ」
なぜ、アラート2がすぐに発動されたのか、公彦は理解した。
アトラスにより発見されたPHA(潜在的に危険な小惑星)は、まず連携している各国の天文台とデータを共有、検証に入る。その後、大きさや速度、軌道が確定してから、脅威度にしたがってアラートが発動される。
アトラスのアラートは5段階あり、米軍のデフコンに準拠した形だ。
アラート5が平常で、アラート1は地球に衝突が確定した段階だ。アラート2はアラート1の準備段階を指していて、衝突の可能性が非常に高いことを示している。
誤報などもあるため、通常はアラート4から段階を踏んでレベルを上げる。今回のように、いきなり、それも数時間後にいきなりアラート2が発動されたことは信じられなかった。
しかし……今回、近づいている彗星のことを考えれば、それも理解できる。万一、30キロものサイズの彗星が地球に衝突するようなことがあったならば……さらに大きな問題は速度だ。時速200万キロの彗星の衝突が、どれくらいの被害を与えるのか、ある程度、小惑星の衝突の研究を行ってきた公彦にも、すぐに想像できなかった。
「残された時間は有限だ。火球の観測は中止する。全てのリソースを今回の小惑星にあてるから、皆もそのつもりでいてくれ」
アローンの口調は淡々としながらも、苦渋に満ちていた。
公彦が、ふと隣をみるとソフィアが呆然としていた。視線が定まっていないようだ。
無理もない……
ほんの30分前、ガーデンのベンチで会話を交わしたときは日常の中にいた。
しかし……今、非日常に突然、放り込まれた。
研究者だけに、起こり得る事態を半ば第三者の目で冷静に見れているが、最悪の場合――人類は滅亡するだろう。それも、わずか一カ月後に……
アトラス(小惑星地球衝突最終警報システム)におけるアラートの体制は、Web上で見つけられず……米軍のデフコンをモデルにした創作です。
次話、「6.状況報告」来週火曜日の投稿予定です。