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4.観測



▼20XX年1月20日 07:10(現地時間) ハワイ大学天文学研究所



「ハァーイ!」


厚木公彦が、後ろから突然掛けられた声に振り向くと、そこには肩まで伸びたブロンドの髪を揺らしながら駆けてくるテイラー・ソフィアの姿があった。


5月であれば紫色の藤の花に彩られた華やかなガーデンも、1月の時期はもの寂しい。特に早朝のため、人の姿もまばらなことが輪をかけているのだろう。もっとも、ここは、年中温暖なマウイ島だから、日本人であるが故の気分の問題だろう。


「ソフィ、今日はマウロナアだったんじゃ?」


公彦は、ガーデンに設けられているベンチにソフィアを誘った。今日は、早番だったが、日本人の習性か、どうしても早目に行動してしまうこともあり、まだ出勤まで、時間の余裕はある。


ハワイ大学天文学研究所では、小惑星地球衝突最終警報システム (Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System)、通称「アトラス」を運用している。


このシステムは、地球に近づく小天体の中から、衝突する可能性がある天体をインパクトの数週間~数日前に検出する、早期警告システムだ。


ハワイ諸島から160キロメートル離れた2つの観測所、ハレアカラ(ATLAS1)とマウナロア(ATLAS2)に直径50センチの f/2ライト・シュミット望遠鏡を設置、観測可能な空全体を晴れた夜に四重にカバーしながら観測している。


今後は、南半球の全天もカバーすべく、NASAからの資金援助を受けて南アフリカとチリに追加で望遠鏡を設置する予定を進めている。最終的にアトラスのフルコンセプトでは、世界に8つの望遠鏡を設置し、地球全天を24時間カバーする予定になっている。


現在、研究所では、4チームが週単位の交代制で、ハレアカラとマウナロアを担当、観測業務に当たっている。


そして、ソフィアのチームは、今週はマウロナアの観測を担当しているはずだった。公彦のチームは、その翌週を担当している。


本来のアトラスの運用は、地球に危機を及ぼすであろう飛来物の探知が目的だ。オープンにはなっていないが、その飛来物は、小惑星や隕石だけでなく、地球外生命体やUFOも含まれている。


冗談と思われることも多いが、NASA(アメリカ航空宇宙局)が想定するシナリオの中には、「宇宙怪獣」が地球を襲うものもある。


ただ、アトラスは、地球に一定距離まで接近するまで観測できない、150メートル以下の隕石、小惑星をいち早く探知、警告すること、まさしく「最終警報システム」のため、運用開始後、発見、報告した対象数は、まだ多くはない。


また、常時、観測可能な全天を監視していることから、最近、増加している火球などもデータを取っている。公彦は、そのデータ作業の補助を行う予定だった。ソフィアのチームも、現地で火球を観測する調整のため、マウロナアに向かうことになっていた。


「そう、午後から行く予定よ。そう言えば、チョウリから連絡はあったの?」


「ああ。今朝、メールが来てた。日本で昨夜、大規模な火球の流星群が観測されたそうだ」


「本当に多くなったわね、火球の報告。何かの予兆かしら……」


確かに、ここ一週間で報告された火球の報告は、世界中で千件を越えた。異常な数といってよい。そして、ほとんどの火球に共通していたのが、異常に速度が速い、ということだった。


アトラスが観測対象に含めた理由の一つだ。


一般的な流星、火球の速度は、だいたい時速15万キロ。地球の公転速度よりも速いのだが、研究者にとっては、さほど驚くべき数字ではない。


しかし、今回の火球の速度は、おそらく研究者の間でも議論になるのは間違いない、異常な速度と推定されていた。


昨夜、大学の同期で、日本で大学院の助教をしている長鍬重里からメールが来た。アトラスで観測できた火球のデータを送っておいたのだ。そこから推定された速度は……


「予兆ね……あながち考えすぎとは言えないかもしれないな。アトラスが捉えた火球の光跡と光学データの分析結果は、推定速度が秒速18万キロから28万キロの間で誤差はプラマイ2%と書いてあったかな」


「え?嘘でしょ?ほぼ光速じゃない、その速度。あり得ないわ」


「確かに……」


重里が送ってきた分析結果は二つ。


一つが速度で、一つが質量だった。


あくまで速報値と前置きはあったが、メールの文面から、重里がかなり興奮していたのが分かる。


宇宙における最大速度を持つのは「光」だ。真空で秒速29万9792.458キロ。時速に直すと約10億8,000キロだが、現在の物理学の基礎となっている一般相対性理論においては、光速の速度を出せるのは、「質量がゼロ」のものとしている。


質量があるものは、限りなく光速に近づくことはできても、光速に近づけば近づくほど、速度を出すために必要なエネルギーが大きくなるため、光速と同じ速度は出せない、とされているのだ。


欧州原子核研究機構(CERN)では、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)という装置を用いて、さまざまな実験を行っている。その実験では陽子を、最大、光速の99.9999991%まで加速させることに成功しているが、それ以上の速度は、現状、無限大のエネルギーを必要とするため、出せないことも分かっている。


流星、火球は、宇宙を飛来する物質が、大気に飛び込み、空気と衝突した際に生じる光を観測したものだ。ちなみに、大気圏内とは地上から10キロ以下で、火球、流星は、物質が大気上層部に突入すれば生じる。最大、地上から100キロ~150キロの範疇だ。


見た目から燃えている、と考えられがちだが、実際には大気の分子と衝突した運動エネルギーが熱エネルギーに変換することで、ガス化した流星本体や大気の分子が発光しているだけだ。


光は、もちろん空気の分子よりも小さい。もし、光が大気圏に突入した際に熱エネルギーを得てしまうようならば、地球は炎の惑星となっていただろう。陽子も同様だ。


つまり、火球や流星として観測できる物質は、一定の質量を持っていることが必要ということになる。


重里が興奮するのも良く分かる。今回の火球が、光の速度に近づいている、ということが証明されたなら、とんでもない発見となり得るからだ。


そして、その質量だが、光学データの波長からは、1マイクログラム以下の固体と推定された。1グラムの1千分の1の量だから、密度にもよるが、ほぼ点の大きさだろう。


本来、微小な物質は、光跡を残すほどのエネルギーを変換することはない。だが、今回は地上から容易に観測できる光跡を残すほどの速度を出していたことになる。


速度と質量、両方のデータが、それぞれを裏付ける相関関係を示しているのは非常に興味深い。



ただ――この推測結果は、今、起こり得るかもしれない危機を内在していた。重里も、そのことを注意喚起していた。



「衝突エネルギーは、どれくらいなの?」


そう、ソフィアも、そのことに気がついたようだ。


「現状は大したことない。おそらく数万ジュール程度みたいだ」


100万ジュールを熱エネルギーに換算すると、240リットルの水を1℃上昇させる程度だから、確かに大したことはないだろう。実際、全てが大気中で熱エネルギーに変換され、地上への落下報告はない。


「でも、もし質量が増加すると……仮に10グラムの物質が秒速に近い速度で突入すると、角度にもよるけど、地上に到達するんじゃないかな」


本来なら、宇宙から飛来する10グラム程度の大きさのものは大気に触れれば燃え尽きる。しかし、光速の場合、燃え尽きる前に地上に到達することになる。


月から地上まで光の速度で、わずか1.3秒ほど。150キロ程度の大気を突き抜けるのは、ほんの一瞬だ。


光速に近い速度で飛来する落下物。あまり考えたくはない。


その時、スマホがSNSの着信を知らせた。そこには、全チームのメンバーを召集する緊急メッセージが表示されていた。


「何かしら?」


「第三会議室か。広い場所を選んでるけど……ソフィア、向かおう」


二人は、ベンチから立ち上がると、早足でガーデンからミーティングルームのある建物に向かった。



次話、「5.緊急事態」金曜日の投稿予定です。

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