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18.エピローグ




▼20XX年2月20日 18:15(現地時間) マウイ島、DTフレミング・ビーチ



公彦は、ソフィアと一緒に、ハワイ大学天文学研究所があるマウイ島の北東に位置する、DTフレミング・ビーチに来ていた。日没まで10分ぐらいだろう。雲一つない水平線は、うっすらオレンジ色に彩られている。


周囲には、幾人もの人がいた。これから通過するスレットを撮影しようとカメラを持ち、待ち構えているのだ。


波打ち際に立ち、穏やかな風に吹かれていると、ここ一か月の出来事が幻だったように思える。


「間もなくね」


「ああ」


ソフィアの言葉は簡潔だったが、多くの想いがこもっているのが分かる。スレットに振り回された日々だった。そして、何度も死の覚悟をさせられた。苦しみと喜びは表裏一体だと言われるが死と生も同じだった。死を感じて初めて本当の意味で生が分かったように思う。


『0.034度の奇蹟』


これを知る人は、今はまだ多くはない。


ホワイトハウスは、二転三転したスレットの地球への衝突に関する情報を、8日前に公表した回避の報道で留めて(とどめて)いた。そのため、スレットが、一度は確実に地球への衝突コースに乗ったこと、そしてその後、ダストトレイルという外的要因によって、本当に衝突回避に至ったことを現在知るのは、アメリカ合衆国国家安全保障会議に参加したメンバー以外では、アトラスのメンバーだけとなる。


もちろん、時間が経てば「真実」は、白日の下に晒されることは避けられないだろう。だが、それが「今」でないことは確かだ。


このビーチでスレットを見ようと集まった人々も、その真実は知らない。単に、壮大な天体ショーを観測するためにここに集まっている。三日前、地球に対して「死刑宣告」がなされたことなど知る由もない。


人々に知らされない「重大な秘密」とは、決して少なくないのだが、今回のスレットの件も、その一つに過ぎない、ということだろう。


このビーチから、スレットが確認できるのは、わずか5秒程度だ。だが、夜空を進むスレットの映像はすでに捉えられれており、今、世界中が釘づけになっている。ビーチに来る前に動画を見たが、少しぼやけ始めた核から伸びる数千万キロの長さのイオンテールが夜空に浮かぶ(さま)は、見事なパノラマを形成していた。


従来の彗星は、太陽に近づくことで、テールの形成と同時に、核を取り巻く塵やガスが直径数十万キロとなるコマも作りだすが、速度が異常に速いスレットは、作られたコマのほとんどがテールとなって流れている。そのため、テールは長さが長いだけでなく、輝度も高く、それがスレットの姿をより美しく見せていた。


最終的に、スレットのテールは2天文単位程度の長さになると推定されていた。1天文単位は、地球から太陽までの距離となる。約1億5千万キロだ。長大な長さの尾は、スレッドの通過後も、しばらくは夜空を彩ることになるだろう。


そして……


西の方角にうっすらと見えるモロカイ島から巨大な炎の球が顔を出した。


一瞬、上がった歓声も、その異様な光景にすぐに静まった。


スレットは、間違いなく大気圏内を掠めていた。炎は断熱圧縮によるものだ。熱圏は当然だが、中間圏をも越え、地上から50キロとなる成層圏内も一部、通過している。


水平線上を東へと高速で飛翔する火球。


黙示録……


公彦は、第五の御使が吹いたとされるラッパの()を聞いたように思えた。なんとか目で追える速度だが、真っ赤な球体から受ける威圧感は半端ない。


そしてその姿が東に消え去ったあと、追いかけるように空気がピリピリと振動し、轟音が辺りを包みこむ。ソニックブームだ。幸い、高高度を通過したため、衝撃波は感じないが、あと20キロほど低高度だったなら、吹き飛ばされていてもおかしくなかっただろう。


やがて――静けさを取り戻したとき……


ビーチでは、誰も動かない。公彦もソフィアも、スレットが過ぎた後の光景を、ただ眺めていた。


わずか数秒のドラマだったが……美しさは一切、伴っておらず、強烈なインパクトだけが残った。


水平線上では、太陽と一緒に、空半分を覆ったテールの残滓も海の向こうにゆっくりと沈み込もうとしている。


その風景は、それを見た皆がそれぞれに抱える、原始の恐怖を思い起こさせていた。




▼20XX年3月2日 17:00(現地時間) ホワイトハウス



執務室では、重厚なデスクの前に二人の男性が大統領の前に立っていた。


一人は大統領首席補佐官のキャロライン。激務と言われ、平均職務期間が2年と言われる首席補佐官を、女性ながらスコット大統領が就任以来、支え続けてきた。そしてもう一人は、アメリカ合衆国情報安全保障監督局(アイスー)局長のジャックだ。


「大統領、こちらになります」


ジャックが、革表紙で装丁された文章を大統領の前に置いた。


これから行おうとしている署名は、間違いなく歴史に名を残すだろう。だが、大統領は慣例に従って、何本もの署名ペンを用意することはなかった。なぜなら、立ちあうのは目の前の二人だけだからだ。彼らも、署名ペンを欲することはないはずだ。


「キャロル、ロシアと中国はどうなった?」


文章に目を通しながら、大統領はキャロラインに尋ねた。


「はい。両国とも、落下の当日に緊急事態宣言を発令しましたが、ようやく昨日から、各国の災害救助チームの被災地入りを受け入れ始めました。心配された放射線も許容範囲内のようです」


「そうか」


大統領は、スレットが飛来したときのことを思い出していた。


ロシアと中国が放ったミサイルは、スレットの地球最接近4時間前、「予定通り」スレットに着弾した。もっとも、ゾンビ星からのダストトレイルにより、スレットの軌道が僅かにずれたことで、両国のミサイルが着弾したのは、スレット本体の核ではなく、周囲を取り巻くコマだった。


コマに着弾したミサイルは、核爆弾を起動させた。その結果、コマを形成する塵の一部が、スレットを離れることになった。皮肉なことに、スレットを離れた塵は中国とロシアを目指して落下した。


両国にとって不幸だったのは、その塵が想定よりも大きかったことだろう。


従来の彗星は、固体核が(H2O)を主成分としているため、形成されるコマも、ガスと塵で、せいぜい粒子程度の大きさだ。しかし、スレットは太陽系を周回している彗星ではなく、固体核も岩石が中心だったため、塵の大きさもメートル越えのものが含まれていた。


そして、核爆発によりコマから離れた塵は、スレットが地球を通過する時間に、地表に落下した。


その多くは、断熱圧縮により地表に到達する前に燃え尽きたが、三つの大きな「欠片」が地表に到達した。


落下地点は、中国が2か所。青海省の第二の都市、海東市が1メートル、中国最大の湖、青海湖には5メートルサイズの塵が落下した。ロシアは極東のハバロフスクに10メートルの大きさの塵が落下した。


被害は甚大だった。


海東市は山の中に直径50メートルのクレーターを作っただけで済んだが、青海湖は、ほぼ中心部に落下したため、湖の6割の水が、その周囲に津波となって溢れた。死者と行方不明者はチベット自治省を含めて5万人を越えた。


そして、ロシアは最大の被災国となった。ハバロフスクの中心部からわずかに外れた位置に落下したスレットの欠片は、落下地点に直径5キロ、深さ50メートルのクレーターを形成、また20キロ圏内の建物はほぼ破壊されることとなった。人口約62万人の都市は中心部が破壊し尽くされ、推定の死傷者は最低でも20万人以上。10日たった今も、被害の全貌は分かっていない。唯一、救いだったのは、欠片が核爆発による放射能を、ほとんど纏わずに落下したことだろう。


「皮肉だな」


大統領の呟きに、キャロラインが「何がでしょうか?」と尋ねた。


「我々は、右往左往したが、結局、スレットに何の抵抗もしなかった」


確かに、アメリカはもっともスレットの情報を手にしていたが、ある意味、傍観者であり続けた。


「そして、能動的にスレットに立ち向かおうとした中国とロシアだけが、スレットから報復を受けた形だ」


「それは、偶然ではないでしょうか?スレットはもともと、チベット高原に落下する予定でした。欠片が分離すれば、当然、その周辺に落下するのが道理かと」


「そうかもしれないな。だが、分離したスレットの欠片の進行方向が、当初の地球への突入方向、そして角度とほぼ等しい、という確率はどれくらいあるのだろうか?」


「……確かに何かの因果がそこにあるのかもしれません」


キャロラインは、東洋の「因果応報」という言葉を思い浮かべていた。原因が結果を生み、そしてその結果が新たな原因となって、次の結果を生む。


ロシアと中国は、確かに、その因果応報に巻き込まれたのかもしれない。


だが……


今回、大統領の署名により、新たな因果が生まれるはずだ。それがアメリカに、いや世界に対してどのような報いを巡らせることになるのか……


それは、今の歴史を刻む人々には計り知れぬことだ。後世の歴史家たちが、その報いの評価を下すことになる。



チョウリ・レポート(C・R)



それが、新たな因果の元になるコードネームだ。


「このC・Rを封印する我々も、相応の責任は負うべきなのだろうな」


大統領は、哀しげな表情で、目の前に置かれた文章を手に取った


コードネーム、「C・R」は、アイスー(アメリカ合衆国情報安全保障監督局:ISOO)がつけたコードネームだ。


アイスーは、アメリカの機密文章を監督する機関だ。


アメリカの機密文章管理は、3段階のセキュリティレベルが設けられている。セキュリティレベル1が「秘 (Confidential)」。一般公開された場合、国家の安全に損害を与える可能性があるとされるもの。セキュリティレベル2は「極秘 (Secret)」。一般公開されると国家の安全に深刻な損害を与えるとされるものだ。機密文章として指定される大部分が、このセキュリティレベル2となる。


最後が、セキュリティレベル3、「最高機密 (Top Secret)」だ。情報の内容だけでなく、情報の収集手段が公開されても国家の安全に絶大な損害を与えるとされるもので、それがアイスーがC・Rに設けたセキュリティーレベルとなる。さらにC・Rには、特殊アクセスプログラム(SAP)の標識までついている。最低でも向こう100年間は、公開されることはない。


太陽系の一員でないスレットは、このまま地球から遠ざかる。近日点が分かれば、次の来訪時期もわかるが、それは最低でも1万年以上先になる見込みだった。脅威(スレット)は今回限りだ。


だが……


ゾンビ星からの来訪者は、今回限りではなかった。


C・Rによって、アトラスのキミヒコ・アツギたちは、ゾンビ星のダストトレイルが、地球の救世主となることを示唆した。しかし、その後、詳細な分析を進める中で、新たな事実を見つけ出していた。


その事実とは――ゾンビ星からのダストトレイルが、これから周期的に地球の公転軌道を脅かすことになることだった。


C・Rによれば、その周期は4年に一度。時期は今回と同じく1月から2月。そして、周期を重ねるごとに、その質量は増加する。


4年ごとに飛来するゾンビ星からのダストトレイルは、その速度が光速から0.00001%ずつ減速し続ける。だが、同時に重量は0.001%ずつ増加する。重里がC・Rに記した「チョウリ・フォーミュラー(計算式)」で算出した結果、50年後には、1グラムを超えるダストトレイルのシャワー(流星群)が地球の軌道を通過することが分かった。


1グラムを超えるダストトレイルの軌道が、もし地球の進行座標に完全に重なれば、地表への到達は避けられない。そして、光速のエネルギーはわずか1グラムのダストトレイルを史上最凶の「シャワー」へと変えるだろう。


しかし……チョウリ・フォーミュラーが本当に正しいのかは、これから4年ごとのダストトレイルを観測して、その答えを導き出すしかない。


だからこそ、アメリカは重里が発見したダストトレイルの周期と座標の計算式を、そのレポート(C・R)ごと封印することを決めたのだ。


目に見える恐怖は、克服することは可能だ。しかし、目に見えない恐怖は、その感情を増幅することで、より大きな恐怖へと育てることになる。


いつの時代も、人類の最大の敵は人類であることは確かだろう。


ほぼ光速で飛来するゾンビ星からのダストトレイルは、事前の観測が不可能である以上、地表への到達まで、誰もその事実を知ることができない。寝ているとき、ペットの犬と散歩中、重大なミーティング、恋人と愛を語らう最中、ありとあらゆるシーンが、その恐怖の対象だ。シェルターもそのエネルギーの被害から逃れることはできない。



『ダモクレスの剣』



ゾンビ星から来訪するダストトレイルは、『ダモクレスの剣』だ。その剣を見上げれば、その恐怖に人類が潰されかねない危険な剣だ。


だが……


見上げなければ、誰もその剣の存在に気が付くことはない。知ることが不幸なのか、それとも、知らないことが不幸なのか……


「狂騒曲か……」


「狂騒曲、ですか?」


大統領の呟きに、キャロラインが首を傾げる。


「違うな。奏でられるのは、狂騒曲ではなく狂詩曲(ラプソディ)だな」


不思議そうなキャロラインの顔を見て、大統領が少し笑った。


「いやなに、正気を装って騒ぐのに相応しいのが狂騒曲ならば、正気のまま騒ぐときに奏でられるのが狂詩曲だからな。100年後、C・Rを知った人々には、願わくばラプソディを奏でて欲しいと思っただけだ」


キャロラインは、大統領の皮肉に少しだけ微笑んで「そうですね」と答えた。


全ては、5億年前に確定したことだ。そこには因果がある。そして、その因果が生む新たな因果が何を奏でるかは……それは、その演奏で踊る(のち)の世の人たちが決めるべきことだ。


今、自分たちにできることは『ダモクレスの剣』を封印することだけだろう。


スコット大統領は、己が陥った思考に軽く苦笑いすると、「C・R」の機密文章指定に署名するため、ペンを手に取った。





読んでいただいた方、ありがとうございました。

また、ブクマ、評価いただいた方には、特に感謝いたします。

次作も、機会があれば、ご覧いただけると嬉しいです。


次の自然災害のテーマは、「プラント(植物)」の予定です。



【プラント(植物)】


ある時から、植物が新たな植物毒の生成を始めた。

アルカロイドに似たその毒は、野菜や果物にも広がり始め、動物の食性を壊し始める。

さらに、植物が作りだしたのは毒物だけではなかった。

新たな「攻撃」が人類を襲う。果たして、植物は人類を敵とみなしたのか?



9月には投稿をはじめたいと思っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] パニック小説というジャンルに最もふさわしいお話でした。 ブルブル(;´・ω・) この壮大な設定を考えられた作者様を尊敬します。 この作品を映画にして欲しいなぁ~☆彡
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