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15.絶望



▼20XX年2月16日 同時刻 ハワイ大学天文学研究所




公彦は、抱えていた不安が現実のものとなったことを呪っていた。


太陽系外彗星。


系外彗星とも呼ばれ、文字通り、太陽以外の恒星の周りを公転する彗星のことだ。1987年に「がか座β星」の周囲に検出されたのを最初に、これまで11個の恒星の周りで確認されている。もちろん、この太陽系外彗星が太陽系内に侵入したことが確認された例はない。


そして、スレットは、この太陽系外彗星だったのだ。


最初に抱いた違和感は、太陽系の公転軌道のパラメータは有効だったのに、銀河系の移動に関するパラメータがスレットの軌道計算に影響を与えなかったことだ。


ただ、その時は、それほど大きな違和感ではなかった。また、スレットが恒星の重力を受けて周回する彗星であることは、その軌道から確かであり、その恒星が太陽以外であるとは考えておらず、何より太陽系のパラメータで軌道のズレが完全に一致したことで、地球に近づく彗星は「太陽系の彗星」という従来の常識から逸脱はできなかった。


しかし……


重里が送ってくれた火球のデータでは、最近観測されている火球が、従来の彗星や小惑星から産み出されたダストトレイルではなく、恒星が超新星となる際に作られたという、従来の学説とは違ったエビデンス(仮説の検証結果)が示されていた。


公彦はそれを見た時、ふとスレットも、従来、観測された彗星とは隔絶された存在なのではないかと思ったのだ。


「公彦、どういうことなの?」


横にいたソフィアが青ざめながら尋ねてきた。


「昨日、重里から火球についての見解が送られてきて――」


そして、簡単にその内容を教えた。


「流星物質以外が流星現象を引き起こしたように、スレットは、従来の彗星ではないのでは、とふと思ったんだ」


「普通の彗星ではない?」


「そう。良く考えてみれば、太陽系の公転軌道のパラメータを与えて数値が変動して、銀河系の移動のパラメータでは変動が見られない、というのはおかしい」


ソフィアが首を傾げる。


「同じ位相にいて相対速度が等しい場合、位相以外からの加速や減速を体感できないことはわかるだろう?」


「ええ」


「もし太陽を周回する彗星なら、太陽系の公転軌道のパラメータは逆に影響を与えてはいけないはずなんだ」


少し考えたソフィアは「ということは……」と何かを理解した表情になった。


「そう。スレットは、太陽以外の何かの重力の影響を受けていたからこそ、太陽系公転軌道の影響を受け、そして銀河系の移動の影響を受けていないということは、スレットを周回させている恒星は銀河系のどこかにあることを示している、ということだったんだ」


そして公彦は悔しそうに顔を歪めた。


「クソッ!太陽系のパラメータを与えたことで、軌道計算のズレが解消したことで惑わされてしまった!」


己の失態が、どれだけ重大な意味合いを持つことになるのか、公彦は良く理解していた。もっとも、その失態があろうとなかろうと、スレットの実際の軌道に影響を与えることは何一つないのだが……


「……ソフィア、すぐに計算のやり直しだ。嫌な予感がする」


ソフィアも公彦が何を言いたいのかを理解した。


「わかったわ」


短く返事をすると、ソフィアは公彦の後を追った。




▼20XX年2月17日 03:50(現地時間) アメリカ、ホワイトハウス



『深夜に申し訳ありません』


午前3時に、突然の電話で起こされた大統領は、不機嫌な様子も見せずに椅子に座るとアローンの謝罪に手を上げて制した。


「構わない。緊急時に時間は関係ないからな」


もっとも、同席したマーチン副大統領は渋い顔をしている。この場には、あとはマックNASA長官の姿しかない。時間を待たずに会議(ミーティング)を行う必要があったため、ホワイトハウスに待機していたメンバーのみが集められていた。


「早速、始めてくれ」


『はい、大統領。大変、申し訳ございませんがバッドニュース(悪い知らせ)をお伝えしなければなりません』


アローンの表情は暗く、大統領も何かを察したのだろう、固い表情に変わる。


『本日の夕方――そちらでは日付が変わる直前の時刻ですが――スレットは、近日点に向けた加速が始まる予定でした』


スレットの軌道に関するスケジュール(工程)は、大統領もすでに何度か報告を受けていた。計算上の軌道を順調に進んでいるスレットは、本日の未明に加速を始めて、三日後の夜に地球を掠めるように通過していくことになると。


『しかし、観測のブランクポイント(空白地帯)から抜けてきたスレットは、一度、ロストされました』


「ロスト?見失ったのか?」


副大統領が尋ねる。


『はい。その理由は……スレットが加速を始めなかったからなのです』


「それは、何を意味することになるんだ?」


『スレットは、これまで観測されたことのないスピードで飛来してきましたが、その軌道は彗星が持つものであったため、従来の太陽系の彗星として我々は認識していました。ですが――今回、加速を始めなかったことで、計算上の近日点が誤りであることが分かったのです』


大統領は、言葉を発しない。ただ黙って、アローンの話を聞いていた。


『スレットは……太陽系の彗星ではありませんでした。太陽系外彗星だったのです』


「そんなこと、最初からわかってよさそうだが……?」


副大統領が尋ねてきた。


『それは……無理です。太陽系内を通過する小惑星、彗星は毎年、いくつも新しいものが発見されますが、いずれも、太陽の重力の影響を受ける「太陽系の星」です。過去に太陽系に属しない星が太陽系内を通過した事例は一例も発見されていません。過去の痕跡を含めて』


マックNASA長官が手を上げた。


「補足しておきますと、当初はあまりに高速だったため、太陽系外から飛来した小惑星の可能性は否定していませんでした。ですが、先程ありましたように、彗星が持つ計算上の軌道をたどっていたことから彗星と判断され、さらに、太陽系を通過する太陽系外の彗星の可能性は、今の科学の常識ではあり得ないため、最初から考えられていませんでした」


『太陽系外彗星については、スペクトルの吸収線などを元に検出されたことはありますが、観測されたことは一度もありません。それぐらい実体が不明なのです』


大統領が、低い声で問いかけた。


「では、スレットは、どこか遠くの見知らぬ恒星の重力を受けている彗星で、今回は、たまたま太陽系の中を通過しているだけだった、ということなのか?」


『はい。その認識で間違っていません。当初、計算値と実測値がずれていましたが、太陽系の公転軌道のパラメータを与えたことで、そのズレが解消してしまったことも判断を見誤らせてしまいました』


「それで、スレットが加速しないとどうなる?」


『…………』


アローンは、しばらく声を出すことができなかった。大統領も、そして副大統領もその続きを目を見開いて待っていた。例え、その内容が推測できても、先に口に出すことはできなかった。


『…………再度、軌道計算を行った結果――三日後にスレットは地球に衝突(インパクト)します』


「そ、それは、もう確実なことなのか……?」


副大統領が立ち上がる。


『残念ながら……時速200万キロを維持した状態で2月20日の23:18に地球に衝突、いえ「追突」します。場所は……ユーラシア大陸中央部です』


「……被害予想は?」


『以前、想定したものとさほど変わりません。大陸への直撃ですので、地殻津波の発生は避けられません。衝突の衝撃で岩石熱風が生じ、さらに一部でマントルも流出、24時間以内に地球全土が摂氏数万度となります。海洋も全て蒸発し、地球は原始の姿に戻ることになります』


「……回避する方法は?」


『人類の手にはあまります。もし回避できるとするなら……神の奇跡が必要でしょう』


一カ月ほど前に、同じこの場所で一度は絶望の淵に立たされ、そして数日前、その淵から救われたはずだった。


しかし……


再び、地獄の釜が蓋を開けた。その蓋は閉じるにはあまりにも重い。




▼20XX年2月17日 18:00(現地時間) 相模原宇宙物理大学



「長鍬さん!」


ドサッと何かが倒れたような音に顔を上げた研二は、パソコンをはさんだ向こうで重里が伏せていることに気がついた。


慌てて立ち上がり机を回り込んで駆け寄ると、胸に手を当てて横を向いたその顔は、すでに生気がみられない。


食事中に立ち上がり突然倒れた祖父と似た状況に、心臓が掴まれたようになる。


祖父の死因は心不全だった。


重里が、ここ数週間、ほとんど研究室にこもったままだったことを知っている研二は、顔色が悪いことが気になっていたことを思い出していた。


ようやく昨日、火球に関する計算が全て終わり、長鍬は、データを添付したエビデンスをハワイの厚木さんに送っていたはずだ。さらに、最終的なレポートがついさきほど書き終わったから、追加で厚木さんに送っておく、と言っていたばかりなのに……


デスクの電話をとり、119を押す研二の手は震えていた。




次話「16.レポート」、来週火曜日の投稿予定です。

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